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短期集中アルバイト! −2






「おはよーアニキ」

リビングに向かうと、ソファに寝転がって朝のワイドショーを眺めていた啓介が、やはり眠そうな挨拶で出迎えた。
「今起きたんだ? 珍しいな、朝寝坊かよ」
「一年中朝寝坊のお前に言われたかねぇ。起きてからずっとレポートやってたんだよ」
「げぇっ、朝からレポート!!」
「ったく、お前こそ今日はやけに早いじゃないか。ああ・・・藤原を迎えに行ったのか?」
「当たり」
「で、どうして藤原がウチにいるんだ?」
「さてね」
簡素な返答をする啓介はニヤニヤと笑みを浮かべて涼介を見ている。
どうしてそんなに探るような目で自分を見てくるのかわからないが、啓介の表情はすごく楽しそうだ。
(オレの顔のどこが可笑しいんだ? オレが藤原にときめいているのが顔に出ているのか?)
ポーカーフェイスを装っているつもりだが本心を隠し切れていないのかもしれない。
(啓介の奴、こういったことに関しては変に勘がいいからな・・・)
本心を知られたくない涼介は無理矢理表情を険しくする。そして、再度質問することにした。
「啓介、ちゃんと答えろよ」
「実は藤原は・・・・・・」
と言いかけたところで
「あっ! ちょっとタンマ! 話ならもうちょっと待ってくれ!!」
と啓介は大声を上げた。
突然の弟の行動に涼介は呆気にとられて「なんだ?」と訊ねるのがやっとだった。
「どうしたんだ?」
「占い終わってからにして」
「占い?」
「この番組の占い、結構当たるって評判なんだ♪」
啓介の視線はテレビに釘付けになっている。振り返って見ると、ワイドショーはいつの間にか占いコーナーに変わっていた。
『・・・のあなた、今日の運勢は大吉です! 慣れない出来事に戸惑いを感じても安心してチャレンジして下さい! きっといい結果が待っていますよ。 ラッキーカラーは若草色、方角は・・・』
(ったく、占いなんて子供騙しに真剣になるなんて・・・)
啓介は食い入るようにテレビ画面を見つめていて、まるで涼介の質問など忘れてしまったかのようだ。
こんな弟の姿は見慣れているが、あまりにも子供じみていてため息が出てしまう。
(当たるって言ったって所詮占いだろ。たまには当たることもあるだろうが・・・)
全国にどれだけの視聴者がいると思っているのか。その中の数人でも当たれば”この占いは当たる”になってしまうのではないか。
当たる確率なんて誰も知らない。不確かなものだ。
(うるせぇな)
占いの類は全く信じていない涼介にとって、朝の忙しい時間に流れる無責任な占いと甲高い声は勘に障るだけだ。それが会話の場で流れているとあっては邪魔でしかない。
涼介は啓介の手からリモコンを取り上げるとテレビの電源を切った。
「あーっ! 次オレの番だったのに!!」
「占いなんてくだらねぇもの信じるな」
「いいじゃんか別に、オレの勝手だろー」
口を尖らせる啓介に役目を終えたリモコンを放り投げ、涼介は隣にドカリと腰を下ろした。
「それより、質問に答えろよ」
「ああー、藤原がウチにいる理由ねぇ」
「どうしてあいつがここにいるんだ。しかもこんな朝早くにメシまで作ってるなんておかしいじゃないか」
邪険な言い方になってしまったけれど、それは決して拓海の来訪が嫌だという訳ではなく、啓介に対するカモフラージュ・・・いわゆる照れ隠しのようなものだった。男である自分が拓海の来訪を心の底から喜んでいるだなんて知られたくないからだ。
「バイトだよ、バイト」
(バイト?)
思いもしなかった単語の登場に、涼介の高性能・高回転な頭脳は一瞬フリーズした。
「あいつさ、月曜からウチでバイトしてんだぜ。えーっと、期限は一週間だから今日は水曜で・・・月火水だから3日目か。 でさ、朝メシ作ってるあいつ、すっげぇ手際よかったろ? オレマジでビックリしたもんなー。男のくせにすげぇよなぁ」
(月曜からだと? そんなの初耳だぜ)
さぞかし驚いた顔をしたのだろう。啓介はニヤニヤしながら兄の表情を見ていた。
「アニキ昨日の夜まで大学に缶詰だったもんなー、やっぱ教えとくべきだった?」
「家のことなんだから当前だろ。どうして連絡くらいよこさなかったんだ」
「だってさ、アニキ忙しいじゃん。メール送ると迷惑だって怒るじゃんか」
「お前のメールは”腹減った””カネがない””赤城で待ってる”ばかりだろ! ・・・・・・こういった場合は別だろうが」
「なに? 怒ったわけ?」
「怒ったんじゃない。呆れたんだ!」
どういうわけかニヤニヤしている弟の頭を小突き、涼介は気を取り直して話を続けた。
「・・・で、藤原は長谷川さんの代役なんだな?」
「お、さすがアニキ! 説明する前に話わかっちゃったのかよ!」
「・・・メシ作るようなバイト、家政婦以外該当しねぇだろ。で、長谷川さんは1週間の休みってわけか」
「その通り」
(・・・そのうち2日も無駄にしちまったってわけか)
藤原拓海と顔を合わせる機会なんて滅多にない。
しかも堂々と、同じ屋根の下で過ごせるという好条件がこの先二度と巡ってくるとは思えない。
(勿体ない・・・・・・!)
月・火と実習のために大学に泊まり込んでいた自分に腹が立つ。
何が何でも帰ってくるべきだった。
(啓介だってそんな大事なことどうして黙っていたんだ・・・!)
そう文句を言ってやりたいが、それは八つ当たりなのでどうにか堪える。
確かに拓海が家政婦として家に来ることになっても、大学に籠もりっ放しの自分にはあまり関係ないことなのかもしれない。小さい頃から世話を焼いてくれている長谷川でさえ滅多に顔を合わせないのだ。
(それにしても・・・)
「だからといってどうして藤原なんだ?」
涼介の言葉に、啓介は意外そうな顔をした。
「なんで? 藤原だと都合悪いのか?」
変な質問をしただろうか、涼介は声のトーンを少し落とした。
「・・・いや、別にそういうんじゃないんだが」
「だよな、アニキって藤原が好きなんだもんな。嬉しくてたまんねーよなっ」
「は?」
「しらを切ろうとしたって無駄だぜ。アニキは絶対藤原のことが好きなはずだ」
「な、何を言ってるんだ啓介っ! オレは別にそんなことは・・・」
「おおー! アニキが動揺してる!! すっげ、珍し〜〜♪」
「啓介!」
茶化す啓介をぶん殴ろうとしたけれど、ひょいっと軽くかわされてしまった。
「今更恥ずかしがるなよアニキ! 携帯で藤原の写真隠し撮りしてるくせにさ!」
「な」
完全に頭が真っ白になり、その直後、頭がカッと熱くなるのがわかった。
涼介は椅子から立ち上がると啓介を怒鳴りつけた。
「どうしてそれを知ってるんだ!! お前まさか携帯見たのか!?」
「アニキが画像チェックしてるときにたまたま見えちゃったんだよ! 隙だらけなんだよアニキはさ!」
「見えちゃった、じゃねぇよ! 覗いたんだろ! オレに隙があるんじゃねぇ、お前が油断ならねぇんだ!」
「うわ! アニキマジで怒んなって! 藤原が!!」
「藤原がどうしたって言うんだ!」
「う、うしろ・・・」
少し引きつったような笑顔の啓介がリビングのドアを指さしている。
その指につられて振り返ると、開いたドアの隙間から拓海が顔を覗かせていた。
「あのぉー、啓介さん、メシ冷えちゃうんですけど・・・」
「ああ、わりぃ。すぐ行くよ」
チラリ、と涼介を見た拓海の唇は少し尖っている。「啓介さんを呼んで来てって頼んだのに」と恨めしく思っているのだろうか。
(もしかして”役立たず”とでも思われたのか? それとも会話の内容を聞かれてしまったのだろうか・・・) 
そんな不安が胸を過ぎったが、拓海はすぐに表情を笑顔に変えて「涼介さんのご飯はあとちょっとで支度できます」と言ってくれた。
(・・・聞かれてなかったのか)
ホッと胸を撫で下ろす涼介をよそに、啓介は立ち上がる。
「じゃあお先」
「・・・藤原に変なこと言うんじゃねぇぞ」
「言わねぇけどさ、アニキ、今のうちにパジャマ着替えておけば?」
「!」
ニヤっと笑って啓介は涼介の前を通り過ぎていった。
(なんてことだ・・・!)
寝癖もそのまま、おまけにパジャマのままだったとは。
大人のくせにだらしがないと拓海に思われなかっただろうか。
猛烈な気恥ずかしさを感じ、涼介は着替えるためにいそいそとリビングを出たのだった。




気を利かせているつもりなのか、それとも涼介の怒りから逃げようとしたのか、朝食を済ませた啓介は「しばらく寝るから好きにやって」と一言残し、ゴミ溜めのような自室に引っ込んでしまった。
理由はどうあれ涼介としてはありがたい、非常に嬉しいシチュエーションだ。
一目惚れしてからずっと、密かに想い続けていた相手と二人きり。
藤原拓海と、二人きり。
しかも今口に運んでいる物は拓海の手作りの朝食だ。
(マジかよ・・・)
あまりに嬉しいことが続くので、何か裏でもあるんじゃないかと思ってしまう。
「どうかしたんですか?」
拓海は涼介の正面の席に座り、心配そうな顔をしていた。
「あの、もしかして卵嫌いだったんですか?」
「いや? そんなことはないぜ」
「だって、涼介さんすごく気難しい顔してるし・・・しょっぱかったかなって心配で・・・」
実は洋風な朝メシを作ったのは初めてなんです、ウチは朝昼晩って三食和食だから。そう小さな声で恥ずかしそうに付け足す拓海はそこはかとなく可愛かった。
クラクラする。
あまりの衝撃映像に鼻血を噴きそうだった。
「美味しいよ」
もてる限りの自制心を働かせて涼介は爽やかな笑顔を浮かべた。
「本当ですか?」
「うん、塩加減もちょうど良いよ」
拓海の両目がパッと輝く。
「じゃあオレ、合格ですか?」
「合格?」
「さっき、啓介さんが、涼介さんがOKしないとバイトの話はなかったことにするって言ってたから」
「なんだ、あいつそんなこと言ったのか。藤原なら多少メシが不味くても大歓迎だぜ。こんなに美味いんじゃ、バイト代も追加したいくらいだな」
「・・・あ、ありがとうございます///」
顔を真っ赤にして拓海は嬉しそうに笑った。
(あいかわらず面白い反応をする奴だな・・・)
トーストを口に運びながら涼介は拓海を観察する。
もうすぐ高校を卒業するような男が、人に褒められてこんなに顔を赤くするものだろうか。
純情な少年と言うべき、むしろ女みたいだと言うべきか。
(男のくせにやけに可愛いし、やけに色っぽいし・・・)
拓海は赤い顔のまま、暖めた牛乳を飲んでいる。
口からマグカップを離したとき、赤い唇が目に付いた。付着した牛乳の白さが際立つ。
その赤と白のコントラストに心臓が大きく高鳴った。
(バカか! ただの牛乳じゃねぇか!)
生唾を嚥下する音が大きく響いた気がしたが、拓海は気付かないようだ。
涼介は後ろめたく感じながら新たな話題を提供することにした。
「ところでGSのバイトはどうしたんだ?」
拓海がGSでバイトをしているのは知っている。
「あ、あっちは休みをもらいました。まるまる1週間、こっちを優先したくって」
「そうか、休んだのか。しかしそんなに休んで大丈夫なのか? クビにされたりはしないのか?」
大丈夫です、と拓海は笑った。
「池谷先輩もイツキもいるし、最近新しく女の子も入ったし。それにあそこ、結構ヒマなんです。忙しいのは通勤時間くらいで、それ以外は喋ったりすることも多いし。オレがいなくたって平気ですよ」
「そうか、それなら安心だな」
(嫌々バイトをしているんじゃなくて良かったぜ)
と涼介はホッとした。啓介のことだから脅迫紛いなことをしたのではないかとほんの少し心配していたのだ。
「よろしくお願いしますね、涼介さん」
拓海はにっこりと笑った。
涼介がトーストを取り落とすくらいの威力がある笑顔だった。


                                                          つづく








「どうして拓海は高橋家で朝ご飯作っているのでしょうか?」
って、答えは既にタイトルで書いてありましたね・・・。

涼介がおかしくってスミマセン・・・;;


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