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短期集中アルバイト! -1





2月のとある水曜日。

目覚ましが鳴る5分前、涼介は目を覚ました。
瞼に眠気というものは残っておらず、寝起きなのにスッキリした顔をしている。
いかに質の良い睡眠を取ったかが伺えるけれど、涼介の眠りはいつもこんな感じだ。どんな疲労も一度眠ってしまえばある程度回復してしまう。たとえ睡眠時間が少なくても、だ。
史浩に言わせれば「羨ましい限り」だそうだが、涼介本人は「人並みに疲れていることをアピールできないのは残念」だと思っている。
スッキリした顔とは裏腹に、頭の中はぼんやりしているのだ。
(講義は10時からだったな・・・やれやれ、今日は久々にゆっくりできるぜ)
今日一日の予定を立てながらベッドを降り、厚手の遮光カーテンを開けた。
暗かった室内に朝の日差しが注がれ、涼介はその刺すような眩しさに目を細める。
寒い、真冬の朝。
(おや?)
ふと、ガレージに目が止まった。
寒さに弱いはずの啓介が体を丸めながらFDに乗り込むところだった。
(出かけるのか? この寒い中?)
部屋の中にいても窓ガラスから伝わる冷気で頬が引き締まるくらいだ。
それなのに、こんな早朝から出かけるなんて珍しい。朝帰りすることの多い弟ではあるが、寒さも早起きも苦手なはずだ。
(緒美にでも呼び出されたのかもな・・・)
自由奔放な啓介は、弱みでも握られているのか従姉妹の緒美の我が儘には渋々と従っている。
もしかしたらまた何かパシリでもさせられたのではないか、そう涼介は考えた。
(・・・ま、オレにいは関係ないことだ)
啓介が朝っぱらから何をしようがそんなことはどうでもいい。
やっかい事だけは持ち込んでくれるなよ、走り去るFDのテールにそう話しかけつつ窓辺から離れた。
(さて、と)
締め切りまではまだ時間があるけれど、暇なときに少しでも進めておきたい。
涼介はレポートの続きに取り掛かるべくPCの電源を入れた。



         ◆ ◆ ◆



(・・・・・・疲れたな)
1時間ほどPCに向かっていた涼介だったが、集中力の低下を感じ、PCの電源を落とした。
こういうときに粘っても無駄な悪あがきでしかない。さっさと諦めて他のことに取りかかった方がはるかに効率がいいものだ。
(のども渇いたし、啓介が居ない間に新聞でも読んでしまおう)
涼介は朝食を採るために階下にあるキッチンに向かった。

「おはようございます」

キッチンに一歩踏み入れると。
真っ先に目に飛び込んできたのは、鮮やかなライムグリーンのエプロンをまとった少年の笑顔だった。

(・・・まぼろし、か?)

早朝からレポートなんかやっていたせいで幻覚を見ているのかと涼介は何度も瞬きをしたけれど、その姿は消えることなく目の前に立っている。
「涼介さんは朝メシ食べますか?」
そう言って笑う、フライパン片手にほんのりと頬を赤らめているのはあの秋名のハチロク・・・藤原拓海だった。
(どうしてここにいるんだ?)
涼介は無言のまま食い入るように見つめた。
正面から視線を感じても拓海は怯まない。それどころか手にしていたフライパンをコンロの上に置くと
「あのー、寝惚けてるんですか?」
と言いながら涼介のすぐ目の前に歩み寄ってきた。
(どうしてそんなに怖いもの知らずなんだ)
自分が他人からどう思われているかある程度知っている涼介は、拓海の度胸に舌を巻いた。何も言い返せずに、自分より5歳年下の少年の顔を眺めることしかできない。
そんな涼介を余所に、ふと、拓海が小さく笑った。
「寝癖、ついてますよ」
伸びてきた手がこめかみに触れて、突然のことに何の準備もなかった涼介の心臓は大きく高鳴った。
「涼介さんでも朝は寝癖ついてたりするんですねー」
くすくすと、目を細めて笑う拓海は本当に楽しそうだ。
(藤原・・・おまえって奴は!!)
手はすぐに離れてしまったけれど、それでも軽く5秒は髪に触れていただろう。
(・・・やばいぜ)
片想いの相手にそんなことをされては鉄の心臓もグニャグニャになってしまうものだ。
感動のあまり顔が赤くなってはいないだろうか。
挙動不審に見えないだろうか。
精一杯の虚勢で動揺を隠しながら、涼介はチラリとダイニングテーブルに視線を泳がせた。この至近距離で拓海を見るなんて心臓に悪すぎる。
「涼介さん? あ、メシ、朝メシ食べますよね?」
涼介の視線を追ったのだろう、拓海の話題は朝食に移った。
「あ? ああ、食べるけど」
「これ、オレが作ったんですよー」
白い皿には焼きたてのトーストと形の整ったベーコンエッグがきれいに盛りつけられている。
昇る湯気が食欲をそそる。
(藤原の作ったメシ・・・)
あまりの出来事にめまいがする。
想いを寄せる相手が自分の家の台所にいて、朝メシを作っていただなんて。
(夢、じゃねぇよな)
離れていく拓海の背中を眺め、涼介は自分の頬を抓ってみた。
痛覚はある。
視覚、聴覚、嗅覚、これらも全て正常に働いている。
何度疑おうともこれは紛れもない現実だ。藤原拓海はここにいて、当然のように世話を焼いてくれている。
しかし。
一体どうして?
涼介には拓海が家にいる理由に心当たりがなかった。
(質問した方がいいのだろうか・・・)
そう思って口を開きかけたが、下手に拓海の機嫌を損ねてしまったら一大事だ。せっかくいい感じで時間を共有できているのにそれを壊しかねない行動をするべきではない。
疑問を無理矢理しまいこんで、涼介は椅子に腰を下ろした。
(美味そうだな)
たかがトーストだけれど、拓海が焼いたのなら別物だ。
(・・・いただきます)
涼介はワクワクしながらトーストに手を伸ばした。
しかしその途端、「待って下さい!」と拓海に制されてしまった。
「藤原?」
涼介は慌ててトーストを皿に戻した。
「これ、啓介さんのだから」
「・・・は?」
「啓介さん、お腹空かして待ってるんです。早く作れって急かされてるし、だから涼介さんはもう少し待ってて下さいね。トースト何枚ですか?2枚くらい食べます?」
(なんだ、啓介もいるのか・・・いつのまに帰ってきたんだ?)
未練タラタラにトーストを眺めながら、涼介はため息を吐いた。
レポートに集中してたせいでFDの帰宅にも気付かなかったのだろう。
(・・・そうか)
もしかしたらその時に拓海を連れてきたのかもしれない。
(いきさつはどうであれそれはありがたい。だが、啓介のくせに藤原の作った朝メシをオレより先に食べるだなんて・・・・・・悔しすぎるぜ)
こんなことならレポートなんかやらずにリビングでくつろいでいれば良かった。
自分の行動を後悔しながら、涼介は拓海の質問に答える。
「・・・1枚・・・かな」
「卵は何個ですか?」
「あー・・・1個」
「じゃあ出来たら呼びますね。あ、新聞はリビングに置いてありますから」
かいがいしく世話を焼く拓海の勢いに悔しさはどこかへ消え去ってしまい、涼介はまた別の感動を覚えた。
(どうしてこんなに手慣れているんだ・・・!)
まるで主婦のようではないか。
啓介さえ居なければ、この空間は自分と拓海の新婚生活そのものだ。
勿体ないからビデオ録画しておきたい。いつまでもこの至福の時を堪能していたい。
そんなふうに脳内がトリップしていると
「あ、啓介さんに朝メシ出来たって伝えてもらえます? 冷めちゃうと不味くなるからって、お願いします」
そう言って拓海は涼介を廊下へ押しやった。
「藤原?」
「急いで下さいね」
もしかしたら拓海は近くにいて欲しくないのかもしれない。
忙しいから邪魔しないでくれと、背中が語っているように見えなくもない。
(離れたらいなくなっちまいそうだな・・・)
不安を感じつつも涼介は拓海の言いつけ通り啓介を捜すことにした。


                                                          つづく





早乙女さんからの 11111キリリクです。
どうして拓海は高橋家で朝ご飯作っているんでしょうか?


2005.07.02
                                                                 back