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すぐそこにあるヒミツ (後編)
「啓介が写真を?」
撤収作業が終わり解散を待つだけになった頃、ようやく拓海は涼介と二人きりになることが出来た。
あんな写真を撮られてしまってはどこかで涼介と待ち合わせをするのは危険すぎる。だから、今のうちに写真のことを相談してしまおう。
「そうか・・・」
たどたどしい拓海の説明を聞き終えた涼介は、ほんの少しだけ顔を顰めた。
「ケンタの情報網は役に立つが、まさかそんな写真まで撮っていたとはな・・・オレとしたことが全く気付かなかったぜ」
「でもあの時は道路に車なんて停まってなかったですよ。運転してたオレが気付かないのに、涼介さんが気付かないのは当然だと思います。あの人、どこに隠れていたんだろ」
「ケンタは探偵職に向いているのかもしれないな」
はは、と涼介は感心したように笑った。拓海は思わずムッとする。
「なに呑気に笑ってるんですか! もっと真剣に考えて下さいよっ」
「考えてるよ」
「ホントに?」
疑いの眼差しを向けられて、涼介はわざとらしく肩を竦めた。
「お前、結構言うようになったよな。初めの頃はもっとか弱い感じがしたのに」
「あ・・・スミマセン・・・」
出張ってしまった自分が恥ずかしいのか一瞬にして小さくなってしまった拓海の肩を、大きな手がポンと叩く。
「まぁいいさ。それだけオレに打ち解けてくれたってことだろうからな。そういうのは大歓迎だぜ」
ニヤリと微笑む端正な顔。たったそれだけで拓海は言葉を失ってしまう。頭の中の心配事さえ忘れてしまいそうだった。
「え・・・と」
真っ赤な顔をして口をパクパクさせている拓海を満足そうに眺めた涼介は、不意に首を廻した。
冷ややかな切れ長の目が捕らえたのは、円陣を組んで話し込んでいる男達の姿。
「話を戻そうか」
拓海も思い出したように頷いた。
「まず、ケンタがお前を尾けたのは事実だと言っていいだろうな。ただ、常習性はないと思う。以前から尾行されていたとしたら俺達の関係はとっくにバレているからな。たまたまだと思うぜ」
「はぁ」
「そして尾行されていたと思われる時間だが、ホテルの出口の写真だけを見せてきたということは、ホテルに入る少し前あたりから尾けられていたということになる。オレ達がメシ喰ってるところを見ていたのなら、お前とホテルに入った相手はオレだとケンタにバレているはずだからな。それでも、あの写真はケンタにとって偶然の賜物だったって言えるだろうな」
涼介の説明に拓海は小首を傾げた。
「偶然の賜物?」
わからないのか?と涼介は、可笑しそうに笑った。
「おそらくケンタは渋川のどこかを走っている途中、偶然ハチロクを見かけたんだろう。そして何気に尾行を始めたら、驚いたことにホテルに入ってしまった。これはスクープだと興奮状態のケンタは誰かに報告した」
「報告って、誰に?」
「俺が思うには、その写真を撮るに至っては依頼者が存在したと思うんだ」
「・・・どういうことですか?」
拓海の顔が僅かに険しくなった。
「ハチロクがホテルを出るまでケンタが待つと思うか?あいつは気が短いからな、一カ所で長時間ジッとしているのは苦手なはずなんだ。ケンタの単独行動だとしたら駐車場に停まっているハチロクの写真だけを撮って早々に帰っただろう。だけどあいつはオレ達が帰るまで待っていた。ということは”お前が運転していて尚かつ場所もわかるような写真を撮ってこい”という指示があったと推測できるんだ」
「そう・・・なんですか・・・?」
「そもそもケンタにはお前を妬む理由はあっても、尾け回す理由はないだろうからな。あるとしたら”依頼者のため”だろうな。そいつはおそらく、お前にホテルに行くような相手がいると知ってとんでもなく驚いただろうぜ」
依頼者がいるなんてただ事ではないと思うけれど、涼介はあまり気にしていないようだ。むしろ楽しそうにしているのは気のせいだろうか。
「・・・涼介さんはその人に心当たりあるんですか?」
「ああ」
さらりと涼介は頷いた。心当たりがあるというよりは既に確定しているといった感じだ。
「一体誰なんですか? オレの知ってる人ですか?」
「お前が知る必要はないよ」
「でもオレ、一発殴ってやりたいんですけど!」
気が治まらない、拓海はそう呟いて口を尖らせる。その形の良い小さな頭を涼介の手が優しく叩いた。
「そいつにはそのうちオレが仕返ししてやるよ。だから心配するな」
「・・・そうですか」
出来ることなら思いっきり殴り飛ばしてやりたいと思う。でも、涼介が仕返しするというのならそっちの方がダメージが大きいはずだ。
涼介が一体どんな手を使って仕返しするのか想像もつかない。けれど、犯人が多大な精神的ダメージを受けることは間違いないだろう。
気の毒に。
拓海は犯人に対して少しだけ同情した。
「それにしてもケンタには困ったもんだな」
遠くに停まるS14の脇で持ち主は啓介にいびられていた。あんなに邪険にされても啓介にまとわりついて、へこたれないと言うかバカというか、傍目で見る分には面白い存在なんだけれど。
「涼介さん」
「なんだ」
「写ってたのは運転席側からだったから良かったですけど、また誰かに見られたら困るし、しばらくホテルとか行かないっこしませんか?」
啓介に写真を見せられてから拓海なりに考えたこと。
そのセリフに涼介は思いっきり不満そうな顔をした。
「うやむやになるまで我慢しろって言うのか? お前だって我慢できないだろ」
「オレは我慢できます!全然平気です!そんなことより、これからもっとみんなにバレないように気を付けないと」
「オレは別にバレてもかまわないんだが・・・」
拓海の力のこもった言葉は、一番の原因でもある涼介には届かないようだ。
がっくりと力が抜けるのを堪え、拓海は涼介を見上げた。
「無責任なこと言わないで下さいよ。はじめに恋愛するなって言ったのは涼介さんでしょ」
「アレ、みんなの前で撤回しようか。そうすれば堂々とお前とイチャイチャできるからな」
「・・・そんなのイヤですよ・・・」
撤回したとしても、啓介達の前でイチャつきたくなんかない。
(涼介さんってもっとクールだと思ってたんだけどな・・・)
涼介という人間が解らなくなってきた拓海だった。
同時刻、涼介達と離れた場所で、まとわりつくケンタを適当にあしらいながら啓介はタバコを吹かしていた。
(藤原って敏感そうだよな・・・)
頭の中で半裸の拓海が涙を浮かべて自分を見ていた。
史浩達がすぐ近くにいるけれど、それぞれ好き勝手に喋っているので啓介の妄想に気付く者は一人もいない。
(好きでもない女と平気でホテル行くなんて思ってもみなかったぜ。でもまぁ、若いからそういうのも有りだよな)
数年前の自分を思い出してみれば、確かにそんな時期もあったと頷ける。
気持ち良いことを追求するためなら好きでもない女を抱く。これは大概の男だったら機会があったら実行することだ。拓海がセックスに興味があってそういう相手を作ったと言うのならごく当たり前のことだと思う。
(藤原は気持ち良いことが好きなんだな・・・それもまたポイント高いぜ。ますますオレの好みだよなぁ)
無愛想で少しボケてはいるけれど、怒った顔も笑顔も無茶苦茶可愛くて堪らない。
そのうえエッチが好きだと言うのなら、尚更自分好みだ。大歓迎だ。
(ナイスだ藤原!)
実は啓介は拓海にベタ惚れだった。
(さっきのケンタを睨んだ顔、マジで可愛かったよなー。アニキの邪魔が入らなかったら今頃ホテルへの誘いにOKもらえてたかもしれないのに・・・)
(この際アニキに隠れて告っちゃおーかな。藤原は男だから”女”を作る訳じゃねぇし、バレたとしてもやることちゃんとやってりゃ文句は言われねぇかもしれないし・・・)
啓介の心配は一段階先まで飛んでいた。”振られる”という単語は啓介の頭の中に存在しないらしい。
(よし、思い立ったら即実行だ。さっそく作戦会議でも開くとするか)
ニヤニヤする顔を何度か叩くと、啓介はタバコを地面に押し付けて揉み消した。
「おい、お前ら、ちょっとオレの話を聞け」という強引なセリフに始まった啓介の演説を、その場にいたDの面々は素直に傍聴していた。
自分には好きな人間がいること。
涼介の戒厳令を破って告白してしまいたいと考えていること。
啓介は自分の想いを熱く語った。
「・・・っていうわけだ」
話を聞いていた男達の表情が最後には険しく変わっていたことなど、啓介は少しも気に留めなかった。
「何だって?」
「涼介さんに隠れて恋人を作る?」
駐車場の隅っこに円陣を作る男達はしゃがんだ姿勢のまま発言者に詰め寄った。
「啓介・・・」
「あん?」
胃がきりきり痛むイヤ〜な感覚に顔を顰めつつ、史浩は啓介の平然とした顔を見上げた。
「お前はいきなり何を言い出すんだ。作るなとは言わないけどオレ達を巻き込むのは勘弁してくれ。涼介に睨まれたらあとが怖いんだからな」
何を思い出したのか史浩は身震いしていた。
「だからさ、バレないために協力してもらいたいんだって」
「ああ、なるほど。口裏合わせとかそういうことですか。それだったら別に構いませんよ」
松本の言葉に啓介はにっこりと微笑んだ。
「オレはそんなの反対です! 啓介さんに女なんていらねぇっす!」
「お前は黙ってオレの言うこと聞いてりゃいいんだよ。じゃなきゃ出入り禁止にするぞ!」
「う」
尊敬する啓介に一瞬で撃沈されたケンタは呆気なくコンクリートに崩れ落ちる。
その様子を哀れに思いつつ、史浩は話を元に戻した。
「口裏合わせって言ったって涼介にバレたらオレ達だってただじゃ済まないんだぞ。松本もメガネもイヤだと思うだろ?」
「いえ、オレは気にしませんけど」
「そうなのか?」
「要はバレなきゃいいんでしょう」
「松本は相変わらず図太いな。さすがだぜ」
「オレも啓介さんの頼みだったら断れませんよ」
「松本に続いてメガネもOKっと。ほら史浩、とっとと覚悟決めてくれよ」
啓介は自信満面な顔をしていた。
こういうときの嬉々とした啓介に何を言っても通用しないということは、過去の経験から立証済みだった。
痛む胃を押さえつつ、史浩は力無く呟く。
「こうなるとオレとケンタが反対したって無駄だなぁ・・・あれ、そういえば藤原はいいのか?」
しかし後半の言葉は啓介達の耳に届かなかったようだ。
「よし!環境はバッチリ整ったぜ!!頼むぜ、松本、メガネ!」
「了解」
と男3人は立ち上がり元気に盛り上がってしまっている。
「やれやれ・・・」
拓海がこの作戦に参加したとしても、ぼんやりした拓海のことだからうっかり口を滑らせてしまうことも有り得る。だからこのメンバーに入っていないのだろう。
史浩は一人そう納得した。
「で、相手にはいつ告白するつもりなんだ?」
「あ〜ドキドキするなぁ〜。長いこと好きだったからもう半分付き合ってるような気分だけどさ、いざとなるとすっげぇ緊張するぜ。告るなんて初めてだしな」
またも史浩の質問は届いていないらしい。
思い立ったら即行動。真っ直ぐで手加減を知らない啓介だが、こんなに緊張しているのは珍しい。
「・・・こんな啓介は初めて見るな。これで涼介にバレないように出来るのか?」
「まぁ、かなり本気なようですから、その辺は上手くやるんじゃないですか」
こういうときの松本はかなりブラックだ。
史浩はキリキリと痛む胃を押さえつつ、深い溜め息を吐いた。
「ところで啓介。お前がそんなに惚れ込むなんて一体どんな娘なんだ?協力してやるんだから教えてくれたっていいだろ」
「ん? ああ、あいつのこと?」
やっと史浩の声に耳を傾ける気になったらしい。
振り返った啓介の目はキラキラと輝いている。片想いの時間が長かったせいか、夢を見ているような眼差しだ。
「もうすっげぇ可愛いぜ。短気だし意地っ張りだし鈍感だし、からかうと平気で蹴りとか入れてくるけどさ、笑うと無茶苦茶可愛いんだぜvv」
啓介に蹴り・・・一同が生唾を飲み込んだ。啓介のやんちゃ時代を知る史浩なんかは顔面蒼白だった。
「へぇ、それはまた随分男勝りだな・・・」
「怖い系の人ですか・・・?」
「オレは一度会ってみたいと思いますけどね」
それぞれの感想を耳にした啓介はニタリとネコのように笑った。
「聞いて驚け! なんと、お前等はそいつにもう何回も会ってるんだぜ!」
「そうなのか!?」
「いつの間に・・・」
「・・・・・・っ!!」
啓介の発言に地面に崩れ落ちていたケンタがもの凄い勢いで飛び起きる。
「で、誰なんだ?」
史浩を中心に、一同耳を澄まして啓介の口元に注目した。
薄く形の良い唇が二イッっと笑った。
「だってオレが好きなの、藤原だもん」
「!!」(×4)
「可愛いだろー、藤原は」
瞬時にして一同全員が石化状態となった。
うわー、言っちゃった、恥ずかしいぜ! と柄にもなく顔を赤くして、啓介は一人身悶えしていた。
数日後。
遠征を来週に控え、赤城山頂は緊張した空気が流れていた。
大学の課題のせいで涼介は徹夜続きらしく、どことなくピリピリしている。それを感じ取ってメンバー達はいつも以上に自分の仕事に精を出していた。張りつめた状況下、先日の啓介の告白を気にしている余裕なんて無かった。
しかし、拓海は微妙な空気の変化を敏感に感じ取っていた。
「松本さん、なんかみんなが余所余所しいんですけど、オレ、なんかしたのかな?」
「え」
ハチロクの下から顔を出した松本は、突然の拓海の言葉に一瞬固まった。
「心当たり、あるんでしょ」
寝転がっている松本の顔を覗き込んでくる大きな目は心なしか覇気がないように見える。
ガラガラガラ!と威勢良く台車を滑らせて、松本は立ち上がった。
「藤原の気のせいじゃないのか?」
「気のせいなんかじゃありませんよ。だって啓介さんの腰巾着がいつも以上にオレのこと睨んでるし、史浩さんもメガネさんもなんか変ですって。・・・オレ、すげぇ居づらいですよ・・・」
シュンと肩を落とした拓海は結構まいっているらしく元気がない。もともとが華奢な体型だけに、普段より小さくなられてしまうと見ている方が辛い気持ちになってしまう。
(藤原は何も悪くないんだよな・・・)
気の毒に思ってもどうしようもできない。
啓介の気持ちを知ってしまったために、みんな無意識に拓海を意識してしまっているのだ。
他の話題でも提供して、拓海の機嫌を直さないと。
そう思った矢先、拓海がポツリと漏らした。
「もしかして、アレ見たんですか」
「アレって何?」
「写真です」
「写真? ・・・何のことだかわからないよ?」
「・・・・・・」
「藤原?」
松本の表情をしばらく伺っていた拓海は、彼が嘘を言っていないと信じることにしたようだ。
「それならいいです」
と松本に背を向けると、整備を終えたばかりのハチロクにさっさと乗り込んでしまった。
「写真がどうかしたのか?」
「いえ、別に何でもないです。忘れて下さい。じゃあオレ、走ってきますね!」
訳が分からないと首を傾げる松本を残し、拓海はあっと言う間に闇に消えていった。
その1時間後の休憩時間。
拓海の態度が気になった松本はそのことを啓介に報告した。
「写真のことを気にしてた?」
啓介は意外そうな顔をして、またも遠くで一人ボーっとしている拓海を見た。
写真を見せたあの日、涼介の前で平然としていた拓海が、未だに写真のことを気にしているとは思いもしなかったからだ。
「知られたくないことでもあるんですかね。何か隠してるように思えたんですけど・・・ところで写真って何のことですか?」
「んー、まぁ・・・ケンタが撮ってきた写真のことなんだけどさ、内容は秘密にしといてやらないと流石に可哀想だからな。お前にも他の奴らにもは教えてやんねぇ」
その言葉に松本は失笑した。
「啓介さんって以外と紳士的なんですね」
「愛があるからな」
啓介がカッコつけたのも束の間、そのすぐ後ろから「これです」とケンタの腕が伸びた。
その手には開いた携帯が握られている。
「バカ!なに見せてんだよ!」
携帯を奪おうとする啓介をかわし、ケンタは松本に携帯を放り投げた。
宙に舞った携帯は松本の手の中に吸い込まれるように落ちた。
「あ!コラ、松本、見るんじゃねぇ!」
「これは・・・ホテル・・・ですか?」
啓介の声を無視して画面を見つめた松本は、驚きの声を上げた。
「何驚いてるんだ?」
「オレにも見せて下さいよ」
それまで啓介達のやり取りを遠巻きに眺めていた史浩とメガネが、松本の手にある携帯を見ようと近寄ってきた。
「お前らまで・・・」
啓介はガックリと肩を落とす。
これで拓海がラブホテルに行っていたことが公になってしまった。
「あいつにも彼女がいたんだ。へぇ・・・」
「彼女がいるんじゃ啓介さんが告白したってどうしようもないじゃないですか」
「そーっすよ! 藤原なんてさっさと忘れて次の恋を捜しましょーよ!」
写真をまじまじと眺めていた彼らは好き放題に感想を述べ始める。
「彼女なんかじゃねぇって、藤原が言ってた!だから大丈夫だ!問題ねぇ!」
「お前に怒られるのがイヤで嘘ついたのかもしれないだろ」
「もしくは涼介さんにバレるかもしれないって警戒したとか」
「あ、俺もその意見に同感です」
「啓介さんは藤原に弄ばれてるんですよー!」
「うるせえ、外野ども!」
啓介はフン!と鼻息も荒く男達に背を向ける。
外野達のいい加減な言葉にこれ以上付き合っていられなかった。啓介としては口裏合わせを頼んだだけなのだ。告白前からこんな状態では、拓海と付き合い出したらどうなってしまうのだろう。
(えーと、肝心の藤原は・・・と)
啓介は視線を動かして拓海の姿を捜した。
しかし拓海は先程いた場所ではなく、機材車の横で涼介と立ち話しをしていた。
(いつのまに・・・)
啓介は恨めしそうに拓海と話す兄を眺める。
休憩時間、拓海は一人でぼんやり過ごすことが多い。その方が疲れが取れるからだと生意気なことを言っていた。涼介はリーダーだから、拓海は邪険に追い払えないのだろう。
告白するなら解散後だ。
(今日、だな)
啓介はそう心に決めた。悪い虫を追い払うためにも、早いうちに告白してしまいたい。
(さーて、あとは藤原の心をグッと掴むようなセリフを決めなくちゃな)
どうやって声を掛け、どんな言葉で拓海の心をゲットすべきか。
啓介は頭の中でシュミレーションを開始した。
「それにしても、涼介に知られないようにしないと藤原が大変だな」
史浩は新たな問題に頭を抱えつつ、松本に携帯を渡した。
「そうですね。とりあえず俺達が黙っていればなんの問題もないでしょう。大丈夫ですよ」
松本はそう言いながらケンタの携帯を弄り始めた。
表示されるいくつもの画像。
「あれ? もしかしてこれ、何枚も撮ったのかな? 同じような写真がいっぱいだ」
「ああ、そうですよ。啓介さんに転送したのは一番写りが良いやつですよ。豆腐店って入ってるからバッチリわかるでしょ」
携帯の持ち主であるケンタは得意げに答えた。
「どれ。オレにも見せてみろ」
松本に並んで史浩とメガネも再び携帯を見ようと集まった。
駐車場出口を左折したハチロクが闇夜に消えるまで、数枚に渡って撮影されていた。問題の写真以外のどれもが手ブレを起こしている。
「まぁ、そうだな。これが一番写りが良いけど・・・おいこれ、ちょっと見ろよ」
ある一枚の写真に史浩の目が驚いたように見開いた。
続いて松本とメガネも驚きの表情を浮かべる。
「これは・・・」
「どうしたんすか?」
食い入るように携帯を見ている年輩者達にケンタは不思議そうな眼差しを向けた。
「ケンタお前・・・これ、気付かなかったのか?」
史浩はそう言って携帯を持ち主に渡した。
表示されていたのは二枚目の画像。
「助手席に誰かいるのがわかるだろ」
画像はぼやけていてはっきり確認できないけれど、助手席に人影が写っていた。
「うわー、オレ全然気付かなかったっすよ。でも、こんなぶれた写真じゃあ失敗もいいところですよね。啓介さんに見せられたもんじゃないし」
「そりゃ”この写りじゃ使えねぇ”って言われるだけだよな」
そう言って笑う史浩だったが、神妙な顔つきの松本に気が付いて声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「助手席の人影、男に見えませんでしたか・・・?」
「男だって?」
言われてもう一度全員で携帯を覗く。密着しても全員で見れるわけがないので、携帯は円を描いた男達の手から手へ渡り歩いた。
「あ〜・・・なんとなく、言われてみれば見えなくもないな」
拓海に比べて座高が高いその人物は、ステアリングを握る拓海の顔を覗き込んでいるらしい。
「髪が短くて、随分背が高い感じですね」
「男みたいな女なんじゃないっすか?」
「もうちょっと明るかったら顔が見えたかもしれないけど・・・惜しいな」
「おいおい、本気で男だと思ってるのか? こんな写りじゃわからないだろ。髪の短い女の子がシートに正座してたかもしれないじゃないか」
松本とメガネの分析に史浩は反論した。
「そうですよ。いくら藤原でも男となんてありえないっすよ」
男が男とホテルに行くなんて有り得ない。一般的な考えにケンタも覗く。
しかし松本は何かを思い出そうとしているかのように目を閉じて考え込んでいた。
「この人、どこかで見たことあるような気がするんですよね・・・」
「そうか? こんなぼやけてちゃ顔の作りなんてわかんないぞ」
「何かこう、伝わってくるものがあるんですよ・・・誰かに似てるんですよ、俺の知ってる人に」
松本につられて一同が腕組みをして考え出した頃、
「なになに、何盛り上がってんの? また携帯で遊んでんのか?」
と現実世界に戻って来た啓介が携帯を覗き込んできた。告白プランを練っていたために、近くにいながら彼らの会話を一切聞いていなかったのだ。
「うわ!啓介さんは見ちゃだめっす!!」
男だったらマジでマズイだろ!と思ったケンタが慌てて携帯を閉じるけれど
「なんだよ、ダメって言われたら余計に見たくなるだろ。ケンタ、頼むから貸してくれよ」
と優しい声で言われてしまえば、啓介に逆らうことは出来なかった。
おとなしく携帯を開いて啓介に差し出す。
「やめろ啓介!見ちゃ駄目だ!」
史浩の訴えも届かず、啓介は煌々と表示されている写真を見てしまった。
「あちゃー・・・」
一同が心配そうに見守る中、啓介は画面を覗き込んだままフツウに感想を漏らした。
「ん? 藤原とアニキがどうしたっていうんだよ」
”アニキ”だって!?
史浩達は驚きのあまり石のように固まってしまった。
どうしてそんな態度を見せるのか訳がわからない啓介は訝しそうにそれぞれの顔を見渡した。
「別にハチロクの助手席にアニキが乗っててもおかしくねぇだろ、なんだよお前ら、顔が引きつってるぞ」
史浩は痛みが増した胃を抑え、あっけらかんとしている啓介に言った。
「啓介、お前今までの話聞いてたのか?」
「いや、なんも聞いてねぇよ。だって藤原のこと考えてたから」
恋する青年啓介以外の男達は視線を交差させる。
「・・・・・・どうする?」
それから間もなくして。
「ふじわらぁ!」
赤城山頂に、啓介の悲しげな声が響いた。
機材車の脇にしゃがみ込んでいた拓海は、尻に付いた埃を払いながら立ち上がった。
「なんすか」
拓海を発見した啓介がもの凄い勢いで走り寄って来た。どういうわけか「お前今一人なのか?」と周囲を気にしている。
「一人ですけど?」
拓海がそう答えると、啓介はホッと胸を撫で下ろし、間髪入れずに拓海の肩を掴んだ。
「藤原!おまえってヤツは!!」
激しく揺さぶられて頭がカクカクと前後に揺れる。
尋常ではない様子に拓海は力の限り抵抗し、啓介の手を振り払った。
「一体どうしたっていうんですか!言いたいことがあるならはっきり言って下さいよ。そんな息切らしてたら何言ってるかわかりませんって」
折角の休憩時間を邪魔された上に訳の分からないことをされ、拓海はかなり機嫌が悪くなってしまったようだ。
いつも眠そうな目が据わっている。
(人の気も知らないで・・・!)
啓介は顔を赤くして年下のエースを睨み付けた。
しかし、正面から睨まれても拓海は怯まなかった。鬱陶しそうに見返してくるだけだ。
その態度が小憎らしくて堪らない。啓介はプルプルと肩を震わせた。
(落ち着け)
心の中で何度も自分に言い聞かせる。
気持ちが落ち着いたところでゴホンと咳払いをして、啓介は
「お前、アニキとホテル行ったのか?」
と直球を投げつけた。
「は?」
拓海は目をパチクリさせて啓介を見上げた。
「ケンタが撮った写真に写ってたんだよ。ハチロクの助手席にアニキが!アニキが写ってたわけ!ラブホから出てきたあの写真にだ!」
「え・・・」
拓海の表情がみるみるうちに変化していく。
これはバレた。完璧にバレた。
拓海は無言だったけれど、顔は素直に物語っていた。言い訳も何も浮かばないらしく、ただ困ったように視線が泳いでいる。
(マジかよ!)
嘘であって欲しいと思った。けれど、こんな顔をされてしまっては完全に肯定されたと言っていいだろう。
啓介はガックリと肩を落とした。
「うわ、なんだそりゃって・・・オレもうショックで立ち直れない・・・」
「すみません・・・」
「だからお前、女はいねぇって言ったのか・・・」
力のない啓介の呟きに、拓海は申し訳なさそうに頷いた。
「アニキとは本気で付き合ってんのか?」
「・・・はい」
「どっちが先に告ったんだ?」
「・・・涼介さんです」
「そうなの!? うわ〜、オレ二重でショック!」
啓介は頭を抱えてうずくまってしまった。
「ごめんなさい!」
拓海は慌てて啓介に頭を下げる。啓介の大事な兄が男と付き合ってるなんて、申し訳なく思ったからだ。
「すみません啓介さん!多分オレが涼介さんをホモにしちゃったんです!!」
拓海の謝罪に
「オレはホモなんかじゃないぞ」
と冷ややかな声が答えた。啓介のものとは違う、低く落ち着いた声。
「涼介さん!」
機材車の影から現れた涼介は呆れ顔だった。
「アニキ・・・」
情けない顔をした弟と困ったように立ち竦む拓海。対照的な二人を交互に見比べて、涼介は「なるほど」と呟いた。
「俺達の秘密を知ってしまったんだな、啓介・・・」
「すみません、バレちゃいました」
「藤原、お前が謝る事じゃないよ。いつかはバレることなんだ」
「開き直ってんじゃねぇよ、アニキ。どういうことか説明してもらおうじゃねぇか」
ふらりと啓介は立ち上がった。
形のいい吊り目が涼介を睨み付けている。
拓海だったら竦んでしまっただろう視線を全く気にすることなく、涼介はいつもと変わらない落ち着いた声で話し始めた。
「オレだって随分悩んだんだぜ。あんなこと言っておきながら自分だけ恋愛しようだなんて、お前に悪いと思ったさ。・・・だが、活動終了まで待っていられなかった。あまりにも藤原が好きで、黙っていられなかったんだよ。オレは本気で藤原が好きなんだ」
「本気だったら約束破ってもいいって言うのかよ」
「それが人を好きになるってことだろう。それに、Dの活動に影響はなかったんだからいいじゃないか」
一歩も引かない涼介に、啓介は言葉を捜す少しの間合いを置いて、答えた。
「・・・そうかもしれないけどさ、オレだってずっと我慢してたんだぜ。ひでぇよ・・・」
拗ねて口を尖らせる啓介。
涼介はフッと解れたような笑みを浮かべ、力の抜けた弟の肩に手を置いた。
そして、元気付けるかのようにポンポンと叩く。
「なんだ、お前にも好きなヤツがいたのか。それは悪いことをしたな。お詫びにこれから告白して来てくれても構わないぜ。活動に影響がない程度の付き合いならオレも応援してやるからさ。・・・ま、振られなければの話だが」
その時涼介の唇が意地の悪い笑みを浮かべていたけれど、啓介は気付かない。
「頑張れよ」
涼介の表情に気付かなくても、言葉によるダメージは大きかった。
啓介は兄の励ましにも何も答えることが出来ず、拓海をジッと見たまま立ち竦んでいる。
「啓介、オレは一生藤原を大事にしていこうと思っている。ま、つまりはオレの生涯の伴侶としてってことだ。勿論、祝福してくれるよな」
「涼介さん、それプロポーズですか・・・?」
無言の啓介の代わりに拓海が呟いた。
「プロポーズは二人きりのときに言ってやるよ。啓介に聞かせるのは勿体ない」
「そう・・・ですか・・・」
桜色に頬を染めた拓海は、涼介に抱き寄せられて嬉しそうに微笑んだ。
おとなしく涼介の胸に頬を預けている拓海。
嫌がる素振りなんて少しも見られない。
(ありえねぇ・・・こんなの藤原じゃねぇよ・・・って、やっぱ可愛いよなー。畜生、アニキが羨ましいぜ・・・)
交際宣言したのを良いことに、涼介と拓海は啓介の目の前でイチャつき始めてしまった。まるでお互いしか見えていないようだ。
(む・・・むかつくぜ!)
啓介はわなわなと拳を震わせた。
拓海が好きで溜まらなかったのに告白を躊躇していた。それは兄のためだったからだ。
それなのに。
涼介が自ら決まりを破って拓海を手に入れていたなんて、怒っても悔しさばかりが心に積もる。
どうして兄の言うことに素直に従ってしまったのか。
”人を好きになるんだったら約束を破るくらいどうってことはない”という涼介の言葉はごもっともだ。
恋愛において遠慮は無用なのだと、こんなことになって初めて知った。
「ちくしょー!!アニキと藤原のバカー!!(オレは諦めねぇからな!!)」
啓介は顔を真っ赤にして、その場を走り去って行った。
「なぁ、こういう場合追いかけるべきだと思うか?」
「そうですねぇ、でも、慰めるにも言葉が見付かりませんよ」
「そっとしておくのが一番じゃないですか?」
「さすがにオレも近寄れねぇっす・・・」
照明が届かない場所で一部始終覗き見していた男達は、闇に消えた啓介に心底同情したのだった。
おわり
リク内容は「秘密にしていた二人の関係がばれて・・・」でしたが、ばれる前の部分で盛り上がってしまいました。
涼介の居ないところでこそこそやるDの皆さんを書くのはとても楽しかったです。
Dの皆さんは拓海と啓介の両方を大事にしていて良いですよね!ナイスメンバーだと思います。
涼介の人選は見事ですvv さすがは拓海想いの弟思いvv
芽美さん、リクエストありがとうございましたvv 気に入っていただけましたか?
2005.03.06
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