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星空の下で−6
「着いたぜ」
涼介の声に拓海は目を開いた。瞼が重い。どうやらPAを出てしばらくして眠ってしまったようだ。
眠い目を擦りながらFCから降り、改めて周囲を観察すると、FCはガレージに駐車されていた。隣には派手なリアスポの黄色い車。存在感のあるその色を見て、ようやくここが啓介の家でもあることに気が付いた。
自分達と同じように、啓介も外出できずに家にいるのだろうか。
(すげぇ雨・・・)
雨足はPAにいたときよりも強くなっているようだ。おまけにガレージから玄関まで結構な距離がある。こんな時は広い家は不便だなと拓海は思う。自分の家なら、青空駐車で車は濡れるけど玄関まで走ればあっと言う間だ。傘を開くのはかえって手間がかかるだけなのだ。
「入れよ」
差し出された濃紺の傘に遠慮がちに入れてもらう。涼介と相合い傘なんて、こんなチャンスはこの先ないかもしれない。
(玄関が遠くて良かったのかも)
涼介の傘は決して小さくはないけれど、男二人が入るには狭く、時折触れる肩に神経が集中してしまう。ドキドキしながら涼介の表情を伺うけれど、別に意識している様子ではない。
(オレだけ舞い上がっちゃってさ・・・なんか情けないよな・・・)
拓海は視線を巡らせる。
家の外観の観察はままならなかったけれど、とてつもなく広いことだけは分かった。ガレージ以外にも駐車スペースがあるし、庭も広い。手入れの行き届いた庭にはひょっとしたら池なんかもあるのかもしれない。この広い敷地に藤原豆腐店が何軒建てられるのだろうか。
「天気予報は大ハズレだな」
涼介は傘立てに傘を入れると、玄関ドアに手を掛けた。
「・・・すげぇ」
「何が凄いんだ?」
開けられた玄関ドアから覗く床は大理石だろうか。思わず漏らしてしまった声に、涼介は振り返った。
湿気を吸った黒髪が妙に艶っぽく思えて、拓海は目を伏せる。
「え、だって、こんな広くて豪華な家にお邪魔するの初めてで・・・」
「藤原らしい感想だな。ほら、入って」
フ と涼介は笑って、拓海の背を押した。
(うわ・・・)
涼介の手が触れた部分が瞬間的に熱くなる。もしかしたら顔まで赤くなってしまったかもしれない。彷徨った視線がふと、床に止まった。
踵の潰れたスニーカーがバラバラに脱ぎ捨ててある。涼介に訊ねなくても持ち主は分かった。
(二人きりってわけじゃないんだ・・・)
何を期待していたのか自分でも分からないけれど、残念なような良かったような、複雑な気分になった。
(すげぇ・・・オレ今、涼介さんちにいるんだ・・・なんか夢みたいだ・・・)
リビングに通された拓海は緊張してソファに座っていた。履き慣れないスリッパが少しもどかしい。
憧れの涼介と再会できたことだけでも嬉しいのに、食事を重ね、挙げ句の果てに家にまで来てしまった。あの日、涼介がスタンドを訪れてから、急速に距離が近くなったように思える。
(そう思ってるのはオレだけかもしれないけどさ・・・)
昨夜はあまり眠れなかった。
今までは涼介が突然現れて誘ってくれていたから、心構えは必要はなかった。けれど今回は前もって会う約束をした。そうなると涼介が迎えに来る時間までずっと、涼介のことしか考えられなくなってしまったのだ。着ていく服、腕時計、財布・・・目覚まし時計はしっかりセットしただろうか・・・万全な準備をしたつもりでも落ち着かない。その繰り返しの果て、眠りに落ちたのは父親が豆腐の配達に出掛けた頃だった。
(あ・・・なんかいい匂いがする・・・)
匂いの元が何なのか視線を泳がせるけれど、拓海には分からない。キョロキョロ観察ばかりしているのも恥ずかしく思えて、溜め息と共にうつむいた時だった。
「あれ、藤原じゃん」
「うわっ!」
突然の声に振り返ると、風呂上がりらしい啓介が立っていた。バスタオルで拭いている割には髪から水滴が滴り落ちている。
「なに驚いてんだよ。ここオレんちだぜ」
Tシャツの肩が濡れているのもお構いなしに、啓介は近寄って来る。そして拓海の隣に どっかり と腰を下ろした。啓介との付き合いは殆どないけれど、遠慮のなさがかえって親しみやすく感じた。
「あの、いきなり声かけないで下さい、ビックリするじゃないですか・・・」
「・・・ひょっとして緊張してんのか? 兄貴を負かした秋名のハチロクのくせに?」
拓海の顔を覗き込む啓介は神妙な顔つきだった。
(オレ、涼介さんに勝ったなんて思ってねぇし・・・)
FCとのバトルのことを蒸し返されるのだろうか。身構える拓海の心配を余所に、啓介の眼差しは急に優しいものへと変わった。まるでネコのように、イタズラっぽい笑顔。
啓介は手を伸ばすと拓海の頭を乱暴に撫で回す。
「可愛いなぁ、おまえ」
「は? 何言ってるんですか」
「可愛いもんに可愛いって言ったらいけないのかよ」
啓介より年下の自分が言うのも変だけれど、あまりに無邪気で憎めない性格だと思う。涼介と顔の作りは似ているけれど、性格だけで考えたら兄弟とは思えない。
「オレは正直に言ってるだけだぜ」
「そんなこと言われたって・・・嬉しくありませんよ」
同性の自分にこうも平然と言っているのだから、普段の啓介は相当なタラシなのだろう。好きになった相手には容赦なく口説いていそうだ。
(やっぱ涼介さんと似てるかも・・・)
二人きりの時に度々耳にする思わせぶりなセリフ、ドキリとする仕草。あれが無意識だとしたら、かなりの女たらしだと思う。啓介とはタイプは違うけど、血は争えない。
(涼介さんって・・・誰にでも、ああなのかな・・・)
拓海の目の前にあるグラスは涼介が用意したものだ。鮮やかなオレンジ色が氷に揺らめいている。結露しているグラスのために敷かれたコースターは若葉色で、液体の色との組み合わせがまるでヒマワリのように綺麗だ。
「ところで藤原、ジュースちょうだい」
ぼんやり眺めていたグラスが視界から消えた。拓海が何か言うよりも早く、オレンジジュースは半分近くまで減ってしまった。これがイツキだったら怒るけれど、ゴクゴクと音をたてて飲み満足そうにグラスを置く啓介を見ていたら、そんな気は起きなかった。
「あ〜美味ぇ」
「・・・やっぱり兄弟ですね」
「ん?なにが?」
「だって涼介さんもオレのメシ摘んだりジュース飲んだりしてたから」
「アニキが?」
啓介があまりにも意外そうな顔をしたので、拓海は自分の記憶を確認する。
「涼介さん・・・啓介さんに対する癖みたいなのだからって言ってましたけど・・・」
「オレに?」
ますます顔をしかめる啓介の顔を見ていると、あの時の記憶があやふやなものになってしまう。
でも、確かに、涼介はオムライスを摘んだ時にそれらしきことを言ったのだ。しかも、口元の食べこぼしまで・・・。
涼介の指の感触まで思い出し、自然と顔が赤くなる。
(あんなの、ただの あや だってっ)
拓海はブンブンと首を振った。
そんな拓海のおかしな様子を気に止めず、啓介はしかめっ面をしている。
「あの・・・啓介さん?」
「いや・・・ああ・・・まぁ、そんなときもあるかな・・・」
肯定したものの、啓介は不自然なくらい視線を泳がせている。どこか腑に落ちない感じがするけれど、啓介はバスタオルで髪を拭きながら話しを続けた。
「で、おまえ何でウチにいるわけ? アニキと来たんだよな?」
「え?ええ、まぁ。あ、涼介さんは『見せたいものがある』ってどっかに・・・」
虚をついた質問に、答える声が上擦ってしまった。
何も疚しいことなんかないはずなのに後ろめたく思うのは、自分が涼介に対して特別な感情を抱いているからだろうか。
(特別なって・・・なんだよ・・・)
自分で自分にツッコミを入れるけれど、拓海にはその感情の正体が分からない。
「オレのいない間になに仲良くなってんだよ。おまえアニキのファンだったのか?」
「別に涼介さんと仲良くなろうだなんて・・・ただ、涼介さんが時々ご飯食べに連れてってくれて・・・それもここ最近のことだし」
「ふーん・・・アニキがメシねぇ・・・。なるほど、そういうわけか・・・」
啓介は一人で納得して黙り込んでしまった。
何か気になることでもあるのだろうか、考え事をしているようだ。
啓介が黙ってしまうと拓海にはどうしていいか分からない。自分から話すようなこともないし、啓介が喜ぶような車の話題も浮かばない。
男二人が座るソファを中心に、リビングは妙な静けさに包まれてしまった。
つづく
啓介途中出場です。かなり出張ってしまいましたね。
そろそろ進展があると思われます・・・。
2004.08.28
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