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星空の下で-2
「ほら、乗れよ」
躊躇する拓海に、涼介はわざわざ車を降り愛車のドアを開け、乗るように促した。まるでホストのようなその姿に、拓海は真っ赤になってしまう。どうしてか、涼介の顔を正視することが出来ない。
「じゃあ、失礼します」
初めて乗る涼介のRX−7は、なんだか良い香りがした。池谷や健二の車とは違う、優しい匂いだ。
「夕飯、まだだろ?」
ステアリングを握る涼介に 近場に食べるところはないか? と聞かれて、拓海は池谷達と行ったことのあるファミレスを紹介した。
・・・金持ちなのにファミレスで良かったのか?
到着直前になってそう思ったけれど拓海には他の店は分からないし、自分で支払える程度の店もここしか分からない。ラーメン屋なら気楽だけれど、涼介を連れていくなんてなんて滅相もない。
「ここなら啓介と来たことあるよ」
駐車場に車を滑り込ませた時 秋名に遠征に来たときに、な。 と涼介が笑ったので、拓海はホッとした。
淡いラベンダー色のシャツを羽織る涼介は涼しげで格好いい。
大学生といってもやっぱり大人だな・・・
いくら制服といっても自分のよれよれの夏服ワイシャツでは並んで歩いても気後れを感じてしまう。
・・・やべぇ、やっぱ断れば良かった・・・
一緒にいることが嬉しいけれど同時に恥ずかしくもある。
ファミレスへの外階段を昇りながら、前を歩く涼介から逃げたくなった。
家が大病院でその跡取りで医大生で、おまけに「赤城の白い彗星」と呼ばれる公道のカリスマ。そんな肩書きが頭をよぎって正直雲上人のように思っていたけれど、以外にも涼介という人間は接しやすい。
ファミレスでご飯を食べるときも、涼介は終始穏やかだった。話す内容は拓海にもわかる程度の車の話や、伊香保温泉のこと。お勧めの饅頭屋のことなんかだ。
「今度ゆっくり温泉に入ってみたいな」
口数が少ない上に口下手な拓海にとって、高橋涼介と二人きりで、しかも向かい合って食べるという状況は余計にその口を重たくさせたが、涼介は話を運ぶのが上手だった。
せわしなく喋るスピードスターズの面々とは違い、ゆっくりと落ち着いた話しぶりは貫禄さえ感じる。こんな人が医者になったら随分繁盛するだろうな、と拓海は思う。病院が多少遠くても具合が悪かったら通い詰めてしまうだろう。
けれど、その端正な顔を直視することが出来なくて、話をしながらも自然と俯いてしまう。
・・・オレ、態度悪いかな
目を逸らしてばかりでは失礼だし、だからといって涼介を見つめるのは心臓に悪い。ドキドキが止まらない。窓際の席だからと階下に見える市道に視線を落としては、涼介に気付かれないように小さく息を吐く。
「藤原は無口なんだな」
綺麗な顔が楽しそうに微笑んだ。
峠では見ることの無かった、高橋涼介のくつろいだ笑顔。
その顔を直視してしまい、拓海は口の中のオムライスを喉に詰まらせそうになった。
「大丈夫か?」
「はっ、はいっ」
結露したグラスを手に取り慌てて水で流し込む。みっともないところを見せてしまった。咽せかえって真っ赤になった顔を上げると、不意に涼介の手が伸びて来た。
「ほら、ご飯粒付いてる」
長くて形の良い指が、ごく当たり前のように口元の米粒をさらっていった。
「す・・・スミマセン・・・っ」
拓海の顔が更に赤くなる。
・・・今、指が触ったよなっ・・・
涼介の指の感触がかすかに頬に残っている。触れた温もりはきっと間違いじゃない。
それだけでドキドキしているのに目の前の涼介はそのご飯粒を躊躇することなく自分の口に入れてしまった。
「・・・・・・っ!」
大人なのにどうしてこんなことするんだ!?
拓海は混乱する。
「このオムライス、以外に上手いんだな。ちょっともらうぜ?」
パニックに陥っている拓海を後目に、涼介は何事もなかったような涼しい顔で拓海の皿からオムライスを一匙掬った。
お・・・俺のスプーンっ・・・
自分のスプーンではなく拓海のスプーンを使う涼介に、拓海の頭は更に混乱する。
「気にするな」
呆気にとられて微動だにしない拓海を後目に、自分がオーダーした鉄火丼のみそ汁を口に運ぶ。お椀をトレイに戻した涼介はバツが悪そうに小さく笑った。
「悪いな、つい・・・。藤原といるとどうも気が弛むみたいだ。こういうの、啓介といるときの癖みたいなものだから」
「あっ・・・はいっ・・・」
・・・そうか、オレは啓介さんと同じように弟みたいだって思われてるんだ・・・
拓海はなんとなく寂しいような悲しいような感情を胸に抱いた。
ファミレスでの食事後、涼介は拓海を家まで送り届けた。
涼介の今日の目的は「藤原拓海と話すこと」だったのだから、それは達成されたのだ。秋名湖でもう少し話そうかとも考えたが、予想以上に緊張している拓海が可哀想でそれは却下した。
「あの・・・今日はごちそうさまでした」
助手席でシートベルトを外した拓海は、相変わらず頬を染めていた。ファミレスを出てからしばらくの間、拓海は自分の食べた分くらい払うと言い張った。『夕食に誘ったのは自分だから』とどうにか納得させたが、問題が片付いた後も気にしていたようだ。
啓介とは大違いだな・・・
だからなのか、同性なのにとても可愛らしく感じる。好感が持てると言うべきだろうが、何故か可愛いと言いたくなる。
「また、会ってくれないか?」
涼介の言葉に拓海は遠慮がちに僅かに頷いた。そしてドアを開き、そっと降りた。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
涼介は名残惜しくもFCを発進させた。いつまでも自分を見送る少年の姿がバックミラーから消えるまで、ずっと見つめていた。
つづく
ファーストコンタクトはこんなもんかな。
ファミレスに涼介がいたらつい目で追っちゃうよな・・・。
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