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星空の下で−後日談






秋名湖畔の寂れたベンチに、二人は並んで座っていた。交わす言葉も少なく、湖面に映った月光の揺らめきを眺めている。
普通のカップルだったら会話を急かしたりするのだろうけれど、拓海と過ごすのどかな時間は少しも苦にならなかった。むしろ癒されている自分がいる。レポートや講義で疲れた時も、拓海と一緒にいるだけで清々しい気分になれた。こんな付き合いは初めてで、ここ最近楽しくて仕方ない。
・・・藤原もそう思ってれていると嬉しいんだが・・・
涼介は隣に座る拓海の横顔に視線を向けた。
「あ・・・」
どうやら拓海も涼介に視線を移したところだったようだ。
「あの、寒くないですか?」
「ああ」
言われてみれば確かに肌寒い。
拓海を初めて誘ったのは、新学期が始まってすぐの残暑が厳しい時期だった。今ではすっかり秋の気配に包まれ、鈴虫の音色を運ぶ風は少し冷たい。
ひょっとして、拓海は寒いと感じていたのだろうか。
「湖からの風って結構寒いから、涼介さん風邪ひいちゃうかも・・・。あ、オレは慣れてるから全然平気なんですけどね」
問い掛ける前に自分から答える拓海の可愛さに、涼介は苦笑した。
自分は拓海と同じように深夜出歩いていることが多いし、真冬の峠に比べたらこれくらいどうって事はない。だから平気だと言いたいけれど、拓海に心配されるのは心地よかった。
否定せずに、手を伸ばす。
「じゃあ暖めてもらおうかな」
「えっ」
涼介に触れられることに慣れていない拓海は、突然のスキンシップに身体を強張らせた。それを無視して身体を更に引き寄せる。拓海は涼介に体重を預けるような格好になった。
「暖かいな」
人肌がこんなにも暖かく安心できるものだと、拓海と付き合うようになって初めて知った。それは拓海も感じていることで、だから大人しくされるがままになっている。
「藤原は男同士って事に抵抗はないのか?」
唐突に、ずっと気になっていた疑問を投げかけてみる。拓海は不思議そうな顔をして、涼介を見上げた。
「・・・無いって言ったら嘘になるけど・・・でも、自分の気持ちは誤魔化せないし・・・。涼介さんが他の誰かと付き合うんだったら、オレ、もう二度と涼介さんに会うことなんか出来ないと思います」
ゆっくりと言葉を選びながら答えてくれた拓海が愛おしく、その言葉が嬉しくて、肩にまわした手に思わず力が加わる。
自分以外の人間に笑いかける拓海を想像すると胸が痛い。もしかしたら嫉妬に駆られて何かとんでもないことをしでかすかもしれない。そうなる前に姿を消した方が拓海のためだとも思うだろう。最悪、公道最速理論も諦めて、走り屋の世界から逃げ出してしまうかもしれない。
・・・オレはつくづく運が良いな・・・
よく両想いになれたものだと思う。車以外に接点はないし、数々の障害があるのだから恋人になる確率はかなり低かったはずだ。拓海があの時告白してくれなかったらどうなっていただろうか。
・・・そういえば。
涼介は自分の記憶を辿ってみる。
・・・やっぱり、そうだよな・・・
肩がガックリ落ちるような感覚。拓海から肝心なことを聞いていなかった。
「藤原はオレのこと好き?」
「?」
何故いきなりそんなことを言い出すのだろう。自分を見上げる拓海の目がそう語っている。
「言っておくが、オレはまだ肝心な一言を聞いていないんだぜ」
「えっ・・・オレ、言ってなかったっけ・・・?」
「はぐらかさないで、はっきりとその口でちゃんと答えてくれよ」
あの告白の日、拓海から『好き』と言われなかった。遠回しの告白であって、直接的なものではない。
その後のデートは恋人として会えるだけで充分幸せだったから、特に気にしてはいなかった。自分の落ち度かもしれないけれど ”キスをしたから両想い” などという曖昧な流れでは納得できないし、この先に進めない。
「藤原」
真剣な涼介の眼差しに、観念した拓海はポツリと呟いた。
「・・・・好きです」
「聞こえない」
「涼介さんが好きです」
「本気で?」
「本気で涼介さんのことが好きです!」
何度も言わせようとする涼介に、拓海は半ばヤケになって答えた。付き合いだした当初は真面目に答えることが多かった拓海も、最近は抵抗してみせたりする。どうやら涼介が意外にしつこい人間であると気付いてきたようだ。
「何回も言わせないで下さい!!」
「オレが嬉しいんだからいいじゃないか」
涼介は拓海の頭を引き寄せ、嬉しさのあまりだらしなく弛んだ顔を埋めた。



桟橋に繋がれたスワンボートが他人事のようにゆらゆらと揺れている。ボートがぶつかり合う音が鈍く響いていて、それを聞いているとどういう訳か心が和む。
「藤原はオレと付き合うようになって後悔したことはないか?」
拓海の前髪を指で弄びながら涼介は訊いた。
付き合い始めてまだ数週間。関係はキス止まりだし、後悔するような出来事はないに等しい。けれど、告白前から抱き続けている悩みは一向に消えることなく、涼介の心に巣くっていた。
「涼介さんは後悔してるんですか?」
「いや・・・ただお前が将来オレを責めるんじゃないかと思うと・・・正直怖いな」
困ったように答える涼介に拓海はふわふわと笑い返した。
「オレが涼介さんを責めるなんて、そんなバカなことあるわけないじゃないですか」
「今そう思ってても、先は分からないだろ」
オレは真剣に言ってるんだ と涼介は拓海のおでこを指で弾く。
「だって、そんなの涼介さん一人の問題じゃないでしょ。合意の上で付き合ってるんだから、オレにも責任はありますよ?」
「しかしオレは年上で」
「歳は関係ないと思います」
「オレはお前のオヤジさんに一生頭が上がらない」
「じゃあオレは涼介さんのお父さんとお母さんと、啓介さんと・・・うーん、とにかくたくさんの人に恨まれちゃいますね」
「・・・・・・」
あっさりと涼介を言い負かした拓海は、神妙な顔をして呻っている。史浩さんにバレたら白い目で見られそうだよな・・・などとぼそぼそ呟く様子は、高校生らしく微笑ましい。
・・・可愛い・・・
腕の中にある存在が何よりも大事だ。絶対に傷付けたくない。
だからこそ現実と向き合っていかなければならないし、拓海を受け止められる大きな人間でいなければと思う。
周囲に知れたらどんなことになるか、ある程度のことは想像がつく。啓介が敵に回ることはないだろうけれど、頭の固い連中を収めることが果たして出来るだろうか。
・・・いや、オレのことはどうでもいいんだ・・・
むしろ拓海の方が気掛かりだ。
拓海の言葉は頼もしい。けれど、あの渋い豆腐屋の親父さんを傷付けるようなことはしたくない。
・・・拓海はオヤジさんと二人きりだというのに・・・
「オレのことは心配しないで下さい」
涼介の心を酌み取ったかのように、不意に拓海は言った。
「ね、涼介さん・・・オレと涼介さんで半分ずつにすれば、少しは楽になりますか?」
「半分?」
「涼介さんは一人で解決しようとしてるみたいだけど・・・でも、オレ達・・・その・・・恋人同士ですよね」
拓海の口から 恋人 と言われるのも初めてのことだ。嬉しくて拓海をどうにかしてしまいたいけれど、涼介は黙って頷いた。
「だったら二人のことは連帯責任じゃないですか。責任がどうこうなんて言うんだったらオレ達付き合えませんよ?」
言葉の意味は重いけれど、拓海は相変わらずふわふわと微笑んでいる。髪に触れる手の感触に陶酔しているかのようだ。
・・・それとも別れるつもりは毛頭ないのか・・・
告白の日以来、拓海は感じたままに口にするようになった。それは大人になって安全な道ばかり選ぼうとする自分とは違い、若々しく生命力に溢れているように思えた。
無鉄砲で負けず嫌い。負けるかもしれないバトルでも凛として立ち向かっていく、秋名のハチロクそのままだ。
・・・こいつには敵わないな・・・
リベンジをしようだなんて微塵にも思わないけれど、もし仮に拓海とバトルをしても永久に勝つことは出来ないだろう。
涼介は空を見上げた。
綺麗な星空に凛と輝く月。その光が肌に染み込んできて、身体に染みついた汚れが落ちていくような錯覚さえ覚える。もしかしたら拓海の存在は、月と同じかなのもしれない。月が他の星を照らし、夜道を照らしてくれるように。
「藤原」
華奢な肩から首筋に掌を移動する。ピク と小さく身体が跳ねた。
「何ですか?」
拓海の声が僅かに艶めいたのは、浅はかな期待のせいだろうか。
両想いになったけれど、服の下に隠れる肌に触れたことはない。欲望を抱かないわけではないけれど、あの雨の日のように勢いだけで行動することは出来なかった。どうしても慎重になってしまう自分が恨めしいが、はっきりと拓海の覚悟を聞いた今ではそれで良かったのだと思う。
「涼介さん?」
今日の配達は親父さんの番だと聞いている。だったらこのまま連れ去ってしまっても構わないだろうか。
「今からホテルに行かないか?」
囁くと、拓海は小さく頷いた。


                                                   おわり





拓海の「半分云々」のセリフを言わせたかったがために後日談を書いてみました。この連載の拓海はちょっと積極的な天然でした・・・。
二人はこれから初エッチですvv (が、書かずに逃亡)

これで本当に完結です。お付き合いありがとうございました。


2004.10.04
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