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金魚の住む部屋−3
(そういえばここは・・・)
アパートから1キロも離れていない所にある有料駐車場の前で、涼介はFCを停めた。
駐車場の奥に見える、大通りから一本ずれた細い道沿いには大きな公園がある。引っ越してきてから一度だけ、拓海と散歩しに来た公園だ。
(あの時はまだ蝉が鳴いていて、暑かったな・・・)
残暑が厳しかった9月。噴水の水飛沫を恨めしそうに見ていた拓海は白いTシャツがよく似合っていた。
(おまけに子供が食べてるソフトクリームを物欲しそうに見ていたっけ)
『買ってこようか』と言えば『いいです』と答える。恥ずかしがり屋な拓海は、顔を赤くしながらも楽しそうに笑っていた。
思えばあんな笑顔は長いこと目にしていないような気がする。
(ソフトクリームか・・・)
今までのデートで拓海がソフトクリームを食べていたことは一度もない。自分の横で、あのふっくらした唇にクリームが付いているのを見たら、所構わず舐め取ってしまうことだろう。拓海がどんな反応をするか想像して、涼介は笑みを浮かべた。
今の季節では寒すぎて、拓海はきっと欲しがらないだろう。ソフトクリームは次のシーズンまでお預けだ。
その代わり、暖かい缶コーヒーを手に散歩するのはどうだろうか。
(・・・別にどうってことねぇよな)
缶コーヒーを持って歩くのなんて在り来たりだ。
(じゃあコーヒーを水筒に入れればいいんだ。それならきっと楽しいぜ)
水筒片手に公園を散歩。
時間が余ったら生活用品の買い出しに行くのもいい。
拓海と過ごす時間に心を弾ませた涼介がFCを発進させようとしたとき。
公園の脇に停まっている一台の車が目に付いた。
(あの車・・・)
この辺りでは見掛けることのないボディカラー。街頭の光が届かない場所を狙ったのか、それは隠れるように停車していた。
涼介のよく知る人物が所有する車と同型同色の車。派手なリアウィング。ナンバープレートは位置が悪い上に暗くて読みとることは出来ないけれど、あのアイドリング音はよく知っている。アレと同じ音を奏でる車は存在しない。
(どうして啓介がこんな所に居るんだ?)
涼介はFCのライトを消し、窓を開けると、エンジンを切った。
目を凝らし、車中の様子を伺う。
(誰か居るのか・・・)
助手席に人影を認め、涼介はその人物を探ろうと助手席側に身を乗り出した。
イヤな感じがする。
こういった直感は結構当たるものだけれど、今回に限ってそれが実現しなければいいと涼介は思った。
しかし。
しばらくして助手席から降りた人影は、見覚えのある深緑色のダッフルコートを着込んでいた。サラサラの髪が風に吹かれ、白いうなじがチラリと見える。
(拓海・・・)
暗がりで顔は見えないけれど、それは間違いなく拓海だった。
拓海は運転席側に廻ると、運転席にいるであろう啓介に向かって何か話し、何度か会釈した。
その肩を、伸びた手が何度も叩いた。弟のよく通る笑い声と、しつこく触る手を振り払う、拓海の反撃。
会話は遠くボソボソとしか聞こえない。それでも親しそうな雰囲気は伝わってくる。
(どうして啓介と一緒なんだ?)
拓海が弟と一緒にいるからといって、怪しい関係だとは思わない。
自信過剰だと言われようが拓海が好きなのは自分だけだと自負しているからだ。
(じゃあこのモヤモヤは何だ?)
ここ最近感じることの無かった苦しさを胸の当たりに感じ、涼介は胸元を押さえた。
(嫉妬?)
昔から思っていたことだけれど、拓海は啓介に対して素直だ。自分と居るときよりもずっと素直で自然な反応を見せているように感じる。
それはきっと人懐こい啓介の性格の所為だろうが、自分には見せることのない顔を見せる拓海にも、見ることの出来る啓介に対しても、苛々する。
弟と恋人が仲良しだなんて微笑ましいじゃないか。
羨ましがってどうする?
自分は拓海の全てを独占しているはずなのに。
(不安か?)
噛みしめた歯がギリと嫌な音を立てた。
どうして一緒にいるのか。
こんな時間まで何をしていたのか。
どうして携帯が繋がらないのか。
なぜこんな場所で別れるのか。
訊きたい質問はいくつもある。
今、理由を問いただしに二人の前に飛び出したら、拓海と啓介はどんな反応を見せるだろうか。
慌てふためいて、辻褄の合わないデタラメな言い訳でも並べるのだろうか。
その場面を想像した涼介は、呆れたように深い溜め息を吐いた。
(・・・バカだな、オレは。今あそこに行って何になる。狼狽えるのはオレの方だろう)
二人が本当のことを話したとしても、おそらく自分は冷静に受け止めることは出来ないだろう。
そういう関係ではないと解っているくせに、一人で拗ねて、話をややこしくしてしまうのは目に見えている。
(一番物分かりが悪いのはオレなんだ・・・)
一人苦悩する涼介の視界、拓海はFDから離れるとバイバイと手を振った。
寒い路上に拓海を残し、FDはゆっくりと走り去って行く。
(・・・帰らないのか?)
拓海はしばらくその場に立ち竦んでいた。肩を落とし俯いて、心なしか元気がないように見える。
寒そうに身を縮めている拓海の元に今すぐ駆け寄って、抱きしめて、暖めてあげたい。そんな衝動に駆られたけれど、涼介は我慢した。
(・・・ちくしょう)
啓介が去った後も心は荒んでいた。
嫉妬や焦りがグルグルと頭の中を廻っていて、収拾がつかない。
(拓海・・・)
フードを被ることなく拓海は歩き出した。とぼとぼと、ひどく寂しそうな足取りだ。
(まるで帰りたくないみたいだな・・・)
二人で暮らす、陽当たりのいいアパート。
拓海はそこに嫌々帰るというのだろうか。
(原因は・・・オレか?)
涼介は口元を手で覆った。
つい3時間前に感じた虚無感を思い出す。
(いつもオレは居なくて・・・あいつはいつも独りで・・・)
一人で眺める水槽。
自分以外の家族。
埋まることのない不安、湧き出てくる虚しさ。
(考えれば解ることだろ、オレだってあんな思いはしたくねぇ)
涼介はステアリングに顔を埋めた。
忙しさなんて何の理由にもならない。拓海を一人にした事には変わりない。
もし万が一、拓海が心変わりしたというのなら、それは自分に非があるのだ。拓海は何も悪くない。
涼介は拓海の姿が見えなくなってからエンジンをかけると、アパートとは反対の方向にFCを発進させた。
「おかえりなさい」
アパートに戻った涼介を、拓海は嬉しそうに微笑んで出迎えた。
その屈託ない笑顔に戸惑いながら涼介は部屋に上がる。
「これ、お土産」
手にしていたビニール袋を差し出す。拓海と啓介のツーショットを目撃した後、頭を冷やすために立ち寄ったコンビニで買ったものだ。
「わ、あったかい。コーヒー買ってきたんですか? 嬉しいな、丁度飲みたいなって思ってたところなんですよ」
「そうか」
「涼介さん、一度帰ってきたんですよね? 車がないから心配したんですよ、部屋中の電気は点けっぱなしだしカーテンは全開だし、何かあったのかと思った」
「悪い、ちょっと慌ててたんだ。大学に忘れ物をしてさ、すぐ戻るつもりだったから」
拓海を探しに行っていたなんて、大人のプライドが邪魔をして言えなかった。
「はいはい。今度は気を付けて下さいね」
涼介の嘘に気付かない拓海は、コンビニの袋と涼介のコートを手にリビングへと消えていく。
その後ろ姿について歩きながら、涼介はホッと肩の力を抜いた。
先程目にしたものとは全然違う、拓海の軽い足取り。
「ごめんなさい、俺も今帰ってきたばかりで、暖房がまだ効いてなくて・・・寒くないですか?」
こんな遅い時間までどこに行っていたんだ? そう訊ねそうになったけれど、すんでのところで我慢した。
「いや、大丈夫だ」
「じゃあ手を洗ってうがいして来て下さいね。涼介さんが風邪なんてひいたらいろいろと大変なんだから」
拓海はいつも通りに甲斐甲斐しく涼介の世話を焼いている。
見る限り、楽しそうだ。
「はい」
差し出されたタオルと共に洗面所に追いやられた涼介は、鏡に映る自分の顔をまじまじと眺めた。
徹夜続きでやつれた顔は、拓海に対する罪悪感を伴っている所為か覇気がない。
(さっきのアレを話すべきだろうか・・・)
啓介と一緒にいる所を目撃したと言うべきか。拓海が自分から言い出すまで待つべきか。
(黙っていられたらそれこそヤバイな・・・)
まるで妻の浮気を目撃してしまった間抜けな亭主のような心境だ。こういう場合、夫婦というものはどれくらいの確率で離婚するのだろうか。
(何を考えてるんだか・・・)
頭に涌いたイヤな考えを払拭するべく、涼介は頭を振った。
「涼介さん?」
それを見ていたのだろう。拓海が心配そうに顔を覗き込んで来た。
「頭、痛いんですか?」
「いや、そうじゃないんだ。・・・ちょっと疲れているだけだよ」
そう答えて冷水で顔を洗い、言われた通りうがいをする。濡れた口元をタオルで拭うと、そのタオルを拓海が待ち構えたように受け取った。
「涼介さん、いつもより元気がないみたい・・・」
拓海は湿ったタオルを握り締めて涼介を見上げた。
その真っ直ぐ見つめてくる瞳は、何の曇りもないように見える。啓介との仲を疑った自分が情けないと思えるほどに。
「あの、涼介さん?」
涼介の顔の前で手を左右に振りながら、拓海は首を傾げた。
「ホントに大丈夫ですか? 早くお風呂入って寝たほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。今はとにかく拓海の顔を見ていたいんだ。お前を見ていると気が休まるからな」
「そう・・・ですか」
「ああ」
頷いてみせると、拓海は安心したのか満面の笑顔を浮かべた。
「良かった。涼介さんにそう言ってもらえると、オレ、すごく嬉しいです」
「そうなのか?」
「だって・・・家族だから」
その言葉の意味を理解した涼介は、胸が暖かくなるのを感じた。手を伸ばし、拓海の茶色がかったサラサラの髪を撫でる。
(一緒に住んでいるからこそ、家族のように相手を暖かく迎えてやりたいんだよな)
それは自分が拓海の気持ちに気付いて思ったこと。
「えっと、お風呂今沸かしてる最中なんで、もうちょっと待っててくださいね」
照れ笑いを浮かべ、拓海は髪に触れる手から逃げるようにリビングに戻っていく。
(・・・家族、か)
暖かい響き。涼介は先程の出来事なんてもうどうでも良いと思ったのだった。
二人がソファに落ち着いたとき、時計の針はもうすぐ3時を指すところだった。
「涼介さんってコンビニ好きですよね」
コーヒーを一口飲んで、拓海が思い出したように言った。
「どうして?」
「一度帰ってきたとき肉まん買ってきたんでしょ? ふたつあったから、ひとつはオレのですよね? せっかく買ってきてくれたのに、オレ、居なくてごめんなさい」
「ああ・・・そうだったな。でも、そんなのお前が謝る事じゃないだろ。居なかったんだから仕方ない」
拓海を捜すことしか頭になくて、肉まんの事はすっかり忘れていた。
温かい肉まんを食べるのはまた今度でいい。この先いくらでもそんな機会はある。
そう思った矢先、目の前で拓海が肉まんを口に含んだ。
「こら、もう冷えてて不味いだろ、捨てちまえよ」
「・・・チンしてきます・・・」
涼介を軽く睨み、拓海はソファから立ち上がった。
「暖めなおすのか?」
「当たり前です。捨てるなんてそんな勿体ないことしたらバチが当たるでしょ。涼介さんは食べ物を粗末にしすぎです」
冷えた肉まんを両手に、拓海は無言のままカウンターキッチンの奥に消えていく。
「涼介さんが要らなかったらオレが2つ食べますから!」
「怒るなよ。オレも食べるからさ」
涼介の声に、拓海は”してやったり”と言っているような笑顔を浮かべた。
(・・・ハメられた)
こういう悪戯坊主みたいな拓海も可愛いな、と思ったところで涼介は気付いた。
無邪気な仕草は何も啓介ばかりに見せているわけではないのだ。特に気に留めなかっただけで、拓海は時々、自分の前でもしてみせていた。啓介に対するものに比べたらずっと控えめで可愛らしいことかもしれないけれど。
おそらくここで一言言い返せば啓介とのやり取りのように若々しく楽しい会話になるのだろう。自分のこの性格を考えれば、それは無理だ。
「あのですね」
涼介がぼんやりコーヒーを飲んでいると、カウンターの向こう側で拓海が言った。
「今日、会社の飲み会だったんです」
暖め終わるのを待ちながら、拓海はチラチラと涼介の表情を伺っている。
「それで? 楽しかったのか?」
「先輩達のカラオケ大会に付き合ってたら終電乗り遅れちゃったんですよ。で、啓介さんに電話してみたら赤城にいるって言うから、アパートの近くまで送ってもらったんです。啓介さん、アパートの場所知ってるし」
(なるほど、そういう訳だったのか)
突然の報告に、涼介は心の中で大きく頷いた。
言い訳に聞こえなくもないが、拓海には疚しいことは何もなさそうだし、この話は嘘ではないだろう。
そう思いつつ、拓海の告白に便乗するように疑問を投げかけてみる。
「どうして啓介に電話なんかしたんだ? オレに言えば良かっただろ?」
「だって涼介さんは大学でしょ」
「その頃には実習も終わってたかもしれないだろ。お前、オレのメール見たのか」
「あ・・・携帯の電源、啓介さんに電話した以外ずっと切ってた・・・」
「ったく。携帯持ってる意味がねぇな」
「ごめんなさい・・・」
携帯についても悪気があったわけではなさそうだ。拓海は肩を落として俯いてしまっていた。
「もういいよ。でも、啓介じゃなくてイツキ君にでも頼めば良かったんじゃないか。彼とは仲が良いんだろう?」
「え、イツキですか? そりゃあ仲は良いと思いますけど・・・でも、そんなの絶対ダメですよ! あいつにアパートの場所教えたら、そのうち絶対邪魔しに来るもん。下手したら池谷先輩とか連れてきそうだし、ダメですよ!」
「別に遊びに来るぐらい構わないだろ?」
「ヤですよ。イツキ達のことは嫌いじゃないけど、絶対来て欲しくないです。オレ、涼介さんとの生活、誰にも邪魔されたくないんだから。啓介さんにだって」
そこまで言うと拓海は慌てて口を押さえた。
みるみるうちに顔が赤く染まっていく。
「拓海・・・お前・・・」
嬉しい。誰も近寄らせたくないくらい、この生活を大事にしてくれていたなんて。
涼介は拓海に近寄ると、まだ少年らしさの残る身体を抱きしめた。
「オレ、すげぇ恥ずかしいこと言った・・・バカみてぇ・・・」
「少しもバカじゃないよ。すごく可愛いぜ」
「・・・う〜・・・」
「拓海はそんなにこの生活が楽しいのか?」
「・・・うん」
「オレはお前を一人にさせてばかりなのに?」
「・・・そりゃあ時々寂しいですよ。腹立つし、苛々するし、家に帰ろうかなって思うけど・・・でも、ここにいれば涼介さんに会えるから・・・ずっと待ってます」
「拓海・・・」
先程までの心配が取り越し苦労だったと解って、涼介は心の底から安堵した。
(変なこと言わなくて良かったぜ・・・)
啓介と何を話していたのか気になるけれど、拓海の言葉の前では二人の会話を知る必要はない。
涼介の腕の中、下手なことは言うまいと口を閉じている顔は真っ赤で、おまけに涙目だ。
「嬉しいな、そんなにオレのこと想ってくれているんだ」
「・・・・・・」
「好きだよ」
腕の中の可愛いおでこにキスを贈る。
「ちょっ・・・あっ」
背後に回った涼介の手の動きに、拓海は身を捩った。力の限り抗って、腕の中から逃れる。
「離して下さいってば!」
「なんだ、イヤなのか」
「だって肉まんが!!」
耳を澄ましてみれば、肉まんを温め終えた電子レンジがピーピーと催促の電子音を鳴らしていた。
「いいよ、肉まんなんて」
「ダメ! また冷めちゃったらホントに不味くなりますよ! それに、コーヒーだって!」
「わかったよ」
(コンビニなんて寄って来なきゃ良かったぜ・・・)
涼介は立ち上がると電子レンジから肉まんを取り出した。湯気の昇る白い饅頭を適当な皿に乗せ、ソファに向かう。
「食べたらどうなるか・・・覚悟してろよ」
振り返ったその口元が、意地悪く笑っていた。
◇ ◇ ◇
涼介が帰宅する18時間ほど前のこと。
出勤準備を終えた拓海は水槽を覗き込んでいた。
白地に赤と黒のまだら模様がキャリコ琉金、フナに似た赤い金魚は和金という種類らしい。インターネットで調べる涼介に付き合って拓海もディスプレイを眺めていたのだが、金魚にはたくさんの種類があって驚いた。
和金という種類は金魚すくいなんかでよく見るタイプだ。フナに似てるだけで可愛いとは思えない。(金魚は元々フナなのだと涼介が力説していた)それに比べてキャリコ琉金はひらひらとした尾ビレとブチ模様が愛くるしい。
(・・・なんか、オレ達みたいだな・・・)
ふと、拓海はそんなふうに思った。
見た目も普通で取り柄と言ったら車の運転くらいの自分、見目良し頭良し家柄良しの完璧な涼介。和金と琉金の華やかさの違いとよく似ている。
(オレ”達”なんて言うと、なんか恥ずかしいな)
一緒に暮らし始めて3ヶ月が経つけれど、今も不思議に思う。
涼介と自分を一緒くたに表現するのは、同棲を始めた今でも恥ずかしい。恋人と呼ぶのでさえ、気が引ける。
大好きな涼介は同じ人間だとは思えないくらい、拓海にとって神々しい存在だ。
(ああそっか、涼介さんなら金魚じゃなくて錦鯉か。錦鯉ならデカイ池で泳いでいるから、金魚みたいにちっぽけな水槽じゃなくていいよな)
涼介のように見目麗しい錦鯉ならいくらくらいの値段が付くだろうか。
「あ」
想像してくすくす笑う拓海の姿に気付いた金魚が、エサを求めて愛嬌を振りまいていた。
2匹揃って口をパクパクして、なんだか楽しそうだ。
「いいよな〜、いつも一緒で」
水槽は狭いだろうけど、片時も離れることのない2匹が羨ましい。
涼介と一緒に暮らし始めてから2日連続で涼介と過ごしたのはない。休日が重なっても夜が明ければどちらかが家に残る羽目になる。運送会社に勤める自分と医大生の涼介はすれ違ってばかりだ。
「・・・イジワルしてみよ」
拓海は水槽を照らす照明のスイッチを切った。
急に明かりを消された金魚は驚いて水槽の中を右往左往している。電気を消したくらいで死ぬ訳じゃないし、玄関に日は射さないけれど真っ暗というわけではないのだ。
(日が暮れたら暗くて可哀想だけど・・・電気代勿体ねぇし、たまにはいいよな・・・)
この2匹は離れ離れになる不安なんか少しも考えたことはないだろう。いつも平和な毎日を送っているのだから、これぐらいの八つ当たりは許されるはずだ。
そう思った拓海は水槽を指で小突いた。
適当にエサを与え腕時計を見ると、もう家を出る時間だった。
のんびりしていてはバスに乗り遅れてしまう。
「あ・・・伝言・・・」
今日は飲み会があるから帰りが遅くなる。
そのことをメモして置いた方が良いだろうけれど、拓海はペンを取らなかった。
(・・・どうせ今日も帰ってこないんだろうし、いっか・・・)
メモを残しても先に目にするのは自分だろう。もし涼介が帰ってきたとしても、おそらく自分の方が早く帰宅する。
拓海は財布をコートのポケットに押し込むと、溜め息を吐きながら玄関に向かった。
END
mametaさんからのリクエストは”同棲を開始したばかりの二人”でした。
”同棲”というと”すれ違い”かなと思い、こんな話を書いてみました。
一緒にいるのが当たり前になると、離れたときの不安って想像できないくらいに大きなものなんだろうな・・・。
気付くことも多かったり、相手を想う気持ちに改めて気付いたり。 ラブラブなら尚更。
この先いくつものすれ違いを乗り越えて、二人はきっとゴールインするのでしょう。(拓海の嫁入り・笑)
mametaさん、気に入っていただけたでしょうか?
2005.02.10
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