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集中力と想像力 
   ※啓拓風味な箇所があります。ご注意下さい。




「今日のあいつ、可愛いよな」
何の前振りもなしに、くわえタバコの啓介がポツリと言った。
視線の先、ハチロクの脇にしゃがみ込んでいる拓海は、愛車の下に潜って作業をしている松本に何かを差し出している。工具でも要求されたのだろうか。
拓海の顔や髪型はいつもと変わらないけれど、なんとなく、いつもより可愛らしい。
啓介にはそう感じられた。
「な、アニキもそう思わねぇ?」
同意を求めて隣にいる兄に声を掛けた。ディレクターズチェアに座る涼介は、相変わらず難しい顔をしてパソコンの画面と睨めっこしていが、ふ と小さく笑って顔を上げた。
「藤原のことか?」
数字を打ち込む長い指が動きを止め、涼介の視線は液晶から拓海に向けられた。
啓介もまた、つられるように視線を拓海に戻す。
10メートルほど先にいる拓海はまだしゃがんでいて、松本の言葉が理解できないのか思いっきり首を傾げていた。
「ああ、なんかさ、今日の藤原はなんだか可愛いなって思ったんだ」
男が男に対して思うことではないのだが、この兄弟にとっては何の問題もない。(拓海は涼介の恋人で、峠のアイドルだからだ)
弟の感心したような言葉を聞いて、涼介は鼻で笑った。
「なに?」
「別に」
そう言いつつもどこか人をバカにしたような態度に啓介は もしや と思った。
もしかしたら涼介は『今更何を言っているんだ?藤原はいつでも可愛いじゃないか』と言いたいのではないのだろうか。
そしてそれを言わせようとしているのだ。−−−−無言の圧力をかけて。
啓介はそう確信し、やってられねぇとばかりに肩を竦めた。
「アニキの大事な藤原は今日も相変わらずカワイイなぁ〜。オレはホントそう思うね」
「当然だ。藤原はいつでもどこでも常に可愛い」
「・・・・・・」
涼介の即答に、啓介は返す言葉もない。

変なことを言わなければ良かった、そう後悔し始めた頃、涼介が顔を上げた。
「それで? どうしていつもより可愛いと思ったんだ? お前の意見を聞かせてみろよ」
「それ、言わなきゃダメなの?」
可愛いとは言ったけれど、いざその理由をいえと言われても言い辛いから言いたくない。拓海がフリーならともかく、彼は兄の恋人だし、彼の恋人である兄は目の前にいるのだ。
「走りの分析に似ているだろ? お前の分析力はいつも曖昧だからな。せめて人間に対してくらい的を射てみろよ」
「・・・そう言われても・・・なぁ・・・」
涼介の言う通りのような、ちょっと違うような。
あまりしっくりこないけれど、”せめて人間くらい”と言われては黙っているわけにもいかない。啓介は自分なりに原因を探ってみる。
拓海のいつもと違うところ。
それは以外にも簡単な答かもしれない。
啓介は思ったままを口にした。
「えーと、あの色のせいかな・・・」
今日の拓海は明るい色のトレーナーを着ていた。いつも青や緑系の目立たない色の服ばかり着ていたから、いつもと違うところと言えばそれが一番大きなポイントだ。
薄手のトレーナーはシンプルなデザインだけれど、鮮やかなオレンジ色は紅葉の色を思わせる。
若々しいその色は拓海にしては珍しい。こんな色を選ぶなんて、どういった心境の変化だろうか。
(似合うからいーけど・・・)
そんな風に考えていると
「似合うのは当然だ。オレが選んだんだからな」
と涼介がさらりと言った。
「・・・へぇ、そーなの」
「この前は嫌がって着てくれなかったんだが・・・どうやら似合うと自覚してくれたみたいだな。啓介もそう思わないか? 拓海の若さと可愛さが引き立てられて見違えるようだろ」
確かに自分もそう思った。
兄が選んだにしてはとても似合っていると思う。
けれど、啓介にとってはとてつもなく面白くない。
(自分が惚気たいから理由を言わせたかっただけじゃねぇのか? ・・・なーにが”走りの分析に似てる”だよ、アニキの藤原バカ!)
走り屋の兄を心底尊敬してはいるけれど、恋愛バカな兄はちょっといただけない。
啓介は心の中で白旗を掲げると、仕方なしに「アニキのセンスは最高だよ」と呟いた。その言葉で涼介が満足したかどうかは解らないけれど、何も言ってこないから気は済んだのだろう。
(あーあ、なんかモヤモヤすっから走ってこよーかな・・・)
作業を初めてもう30分近く経過する。そろそろセッティングも終わる頃だろう。
「オレ、ちょっと走ってくるわ」
涼介の顔を見ようともせず、啓介は足を踏み出した。
「啓介」
「ん?」
呼び声に振り返ると、涼介が椅子から立ち上がるところだった。
「お前に課題を出そう」
「課題?」
「どれだけ平常心でいられるか試してみたいんだ。オレの言葉に惑わされずに良いタイムを出せるか、自信はあるか?」
「そんなのあるに決まってるだろ。ちょっとやそっとじゃ、オレの運転は乱れないぜ」
自信満々に言い切る啓介を見て、涼介は小さく笑う。
「随分頼もしいことを言うんだな」
「当然。 で、課題って何?」
「なぁ啓介、お前、あのトレーナーを着ている拓海を脱がしてみたいと思わないか?」
「はぁ!?」
間抜けな顔をした啓介を冷静に見やって、涼介は静かに頷いた。
「よし、行って来い」
今の話のふりは何なんだ?
啓介の頭の中は?マークだらけだ。
そんな弟にそれ以上の言葉をかけようともせず、涼介は史浩を呼びつけて計測の指示を出す。
そしてそのまま何事もなかったような涼しい顔で再びパソコンのキーボードを叩き始めた。
(藤原を脱がしてみたいかって?それが何??)
訳が分からないままFDに向かうと、専属メカニックのメガネが
「啓介さん、すぐ走れますよ」
と得意顔で待っていた。
(あ)
エンジンの温まったFDに乗り込む際、すぐ脇で作業をしていた拓海の姿が視界に入った。
(あの色、やっぱ似合うよな)
そう呑気に見入っていたら、不意に拓海と視線が合った。
拓海は恥ずかしそうに視線を外すとそのままハチロクの影へ隠れてしまった。もしかしたら涼介に選んで貰ったトレーナーを気にしているのだろうか。
(アレを脱がしたら・・・どうだってんだよ)
啓介は拓海の残像を追い出すように何度か頭を振ると、アクセルを踏む足に力を入れた。



『なにすんですか・・・っ!』
トレーナーを脱がそうとする啓介の手首を、拓海は力一杯握り締めて抵抗する。
鮮やかなオレンジ色のトレーナーの裾は捲れ挙がっていて、もう少しで左側の胸の突起が見えそうだ。
『ちょっと、啓介さん!』
嫌がる拓海を体躯の差で押さえ付ける形で、啓介はベッドの上で拓海に馬乗りになっていた。
『抵抗するなよ。ケガしたらいろいろと困るだろ』
『じゃあ今すぐどいて下さいよ!』
『やだ』
『オレだってやですよ!こんなのまるで、強姦みてぇだし・・・っ』
『強姦って・・・バカ!お前何やらしいこと考えてるんだよ! オレはただ単にこのトレーナーを脱がしてぇだけだ!』
『なんで脱がしたいだなんて思うんだよ!』
涼介が選んだ服と涼介が独占する肌が、啓介の視線を縫い止める。
オレンジと白の境目に頭の中がくらくらして、覚えのある衝動が体の奥に涌いた。
『脱がすのは後回しだ』
そう言って啓介の手がトレーナーの中に滑り込んだ。
『あっ・・・ちょっと、マジ、やだって!』
『お前が挑発するからだろ』
『や・・・』
キスしようと迫る啓介の唇を避けるように、拓海は必死に顔を逸らす。
大きな目からはみるみる涙が零れ始めた−−−。



(やらしい! やらし過ぎる!)
(って、違うだろ!そんなの考えてないで走ることに集中しろよ、オレ!!)

けれど、妄想を何度打ち消そうとしても、頭の中は拓海でいっぱいだった。
(ちくしょー!)
啓介の意気込みに反して、悲しい妄想は止まらなかった。



走り慣れているはずの赤城峠なのにライン取りもブレーキングも散々だったと思う。あまり記憶にないのは妄想に気を取られていた所為だ。
(参った・・・)
脱力してFDを降りた啓介の前に、腕組みをした涼介が近付いてきた。
「結果は分かってるな」
「ああ」
「一応タイムを知りたいか?」
「いや、自己嫌悪に陥りそうだからやめとく・・・」
本気で落ち込んでいる啓介の肩を、涼介が宥めるように叩いた。
「あんなフリで集中力を乱すなよ。オレは”脱がしてみたいと思わないか”と訊いただけだぜ」
「そうだけどさ・・・」
「一体どんな想像をしたんだ」
オレならすぐに切り替えられるぜ と意地悪く笑い、涼介は「走り込み20本追加」と小さくなっている弟に言い渡したのだった。





                                                      END






原型が解らないくらい加筆してしまいました。おかげで時間ばかりかかっちゃった・・・。
啓拓は書けませんが啓→拓は楽しく書けそうな感じです。


2004.10.25 web拍手のお礼用にアップ。
2005.03.29 D部屋1周年用に加筆修正。


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