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どうしても、嫌い




「涼介さん、蜘蛛っ!」
夜の秋名山頂。
拓海はガードレールに寄り掛かる涼介から飛び退いて、彼を指差した。
「蜘蛛?」
拓海の態度に少しも慌てることもなく、涼介は涼しい顔をして首を傾げた。
「どこに?」
「涼介さんの頭の上!」
「ああ・・・」
わなわなと震える指が示す場所を辿り、涼介は自分の頭を右手で軽く払った。髪の毛とは違う感触を指先に感じたが、それは2度ほど払うとどこかに落ちたらしい。
「ほら、取れたか?」
拓海は涼介の頭を恐る恐る涼介の頭を見回した。街灯の明かりを浴びたきれいな黒髪には、不気味な動く影は見当たらない。
「取れたみたいですけど・・・オレ、今日は涼介さんに触れませんっ」
確認し終えると、拓海は涼介から飛び退いた。
セリフの内容と、二人きりの時には考えられない距離に、涼介はムッとする。
「どうして」
不機嫌さを隠すことなく拓海に近寄ると、涼介が詰めた分だけ後退してしまった。
「なんで逃げるんだ」
「だって」
一歩近付けば一歩逃げる。それを3度ほど繰り返し、涼介は深い溜め息を吐いた。
「触りたくないくらいオレの事が嫌いになったのか?」
「そんなんじゃありません!」
「じゃあ何だよ」
たいして怒ったわけではないのに、拓海の大きな瞳は ジワ・・・と涙が浮かんだ。
悔しそうに唇を噛みしめる半べその拓海は、理性を手放してしまいたくなるほど可愛らしい。
夜の峠で二人きり、邪魔者は誰もいない。こんなおいしいシチュエーションをみすみす見逃したくないな、と涼介は感情のままに行動しようとしたけれど、拓海の言葉を思い出して踏みとどまった。”触れない”と言われてしまっては、こっちから無理に触るわけにはいかないのだ。
「ほら、泣かないでちゃんと理由を言えよ」
「う゛ー・・・」
「早く言わないとオレはこのまま帰るからな」
「そんな・・・」
突き放すようなセリフにショックを受けたのか、拓海の瞳からは大粒の涙がポタポタと零れ始めた。
(・・・しまった。今の一言はないだろ・・・)
いつもの余裕はどこにいってしまったのか。拓海に触りたいからといってあまりにも考え無しなことを言ってしまった。涼介は自分に呆れ、深い溜め息をついた。
「・・・悪かった。嘘だよ、お前が理由を言ってくれないから苛々してるんだ」
ごめんなさい と拓海は小さく呟き、続けて
「涼介さん、オレがこれから言うこと、ぜったい笑わないでくれますか?」
と涙を拭いながら言った。
「ああ」
まるで重大な決意をしたかのような拓海の言い種に、涼介は僅かに緊張した。別れ話とかそういう類の話でないことは”笑うな”という言葉が教えてくれているので気持ちにゆとりはある。
じっと待っている涼介の顔をチラチラ伺っていた拓海は、やがてその重い口を開いた。
「オレ・・・オレ、蜘蛛だけはダメなんです!!」
「それはさっき聞いたよ。それに、蜘蛛はもう払い落としたんだから関係ないだろ」
「ダメなんです!手も頭も、蜘蛛に触ったところだけはダメです!キレイに洗い流してくれないと気持ち悪いんです〜!!」
だから触れないんですよ! と恥ずかしそうに言って、拓海は両手で顔を覆い隠してしまった。
間接的でも蜘蛛に触れたくない。
拓海はそう言いたいらしい。
(だからって泣くほど嫌なことなのか? まぁ確かにグロテスクではあるけどな)
”嫌いではない”と考える人は多いだろうが”好きだ”ときっぱり答える人は少ないと思う。動きの読めない細く長い8本の足、全身にうっすらと生える体毛、以外に柔らかい体、光を反射して輝く不気味な目。見かけだけでもグロテスクだというのに、糸で獲物を捕らえ動きを封じたところで体液を吸う・・・そんなエサの採取方法も余計に嫌われる理由なのだろう。
けれど、蜘蛛を平気で触ることが出来る涼介には、涙が出るほど嫌いだと言う拓海の気持ちはもあまり理解できなかった。仮にも男だし、日頃から蜘蛛が大量に存在する夜の峠で長時間過ごしているのだ。そんな拓海が蜘蛛を嫌いだなんて、にわかに信じがたい話だ。もしかしたら嘘の演技で自分をからかっているのではないかと疑いたくなる。
だが、自分のよく知る藤原拓海という人間は、嘘をつくどころか演技なんかできるようなタイプではなかった。
顔を覆う指の隙間から涼介の反応を伺っている拓海は、おそらく赤い目をしているだろう。
(そうか・・・。拓海は本気で蜘蛛が嫌いなんだな・・・)
男の自分が蜘蛛を大嫌いなんて恥ずかしい。だから言い辛くて誤解を招いてしまった。
そんな拓海の気持ちが堪らなく愛おしい。
(可愛いぜ・・・)
怖いものなんて何もなさそうな拓海にも、人に言えない苦手なものがあったなんて。
「・・・わかった。じゃあホテル行こうぜ」
何の脈絡もなくそう言われ、拓海は「え」と間が抜けた顔をした。
「シャワー浴びないと、お前は触らせてもくれないんだろ」
蜘蛛が嫌いとは知らなかったぜ・・・と、涼介は苦笑しながらFCに向かって歩き出した。
拓海は真っ赤な顔をして長身の背を追いかける。早く涼介に触りたい、実は拓海もそんなことを考えていたのだった。





                                                      END








触りたいけど触れない。そんな話を書きたかったので、拓海を蜘蛛嫌いにしてしまいました。
(原作だったら絶対そんなことはなさそうです。蜘蛛は勿論ゴキブリも平気な顔して素手で掴んでいそうな感じ)

FCのステアリングを握る前に、涼介はウェットティッシュで手を拭きましたとさ。(ドアも拓海に開けさせたらしい)
「後々拓海にFCの運転を拒否されたらいたたまれないからな」 だそうです。


2004.10.06 web拍手のお礼用にアップ。
2005.03.16 D部屋1周年用に加筆修正。


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