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年賀状
”あけましておめでとうございます”
ありきたりな言葉を書こうとして、拓海は手を止めた。
目線の先、コタツの上に置かれた紙は年賀ハガキだ。来年の干支がデカデカと印刷されている。
(・・・なんか緊張するなぁ)
小さく溜息を吐くと、拓海は右手で自分の頬をぺしぺしと叩いた。
年賀状を書くのは昔から苦手だった。年が明ければ顔を合わせるのに、なぜ改まって手紙で挨拶しなければいけないだろうかとずっと疑問に思っている。ハガキ代はかかるし時間の無駄だし、もらったとしてもお年玉くじは切手シートしか当たらない。
学生の自分にはあまり得はないように思う。
面倒くさがり屋の父親が毎年年賀状を書いているのは職業柄当然のことだろうが、自分にはそんな損得関わる付き合いは今のところないのだ。
(でも今回ばかりはそうもいかないんだよなぁ・・・)
たかが手のひらサイズの紙。けれど、一言だけ書くには大きすぎる。だからといって、誤魔化すために筆ペンを使って大きな文字を書くのは怖い。
ゴミ箱に丸めて捨てた紙にはたくさんの”あ”が書いてあった。筆ペンを使って書いた”あ”はどれもいびつな形で幼稚だ。
広告の裏に何度か練習したけれど筆ペンでは上手く書けそうになかった。
(習字でも習っておけば良かった・・・なんて思っても今更だけどさ)
自分の下手さを呪いつつ筆ペンをテーブルに放り投げ、次に手にしたのは安物の黒いボールペンだ。色気も何もあったものではないが藤原家には赤と黒のに色しかないし、拓海には手紙を彩るという発想もなければセンスもなかった。
(あー、やっぱやめようかな・・・)
紙にグルグルと黒い輪を書くと、今度はボールペンを放り投げると、その勢いのままゴロッと後ろに寝転がった。
『藤原はもう年賀状を書いたのか?』
デートの最中、涼介に問われてつい『これからです』 と答えてしまった。
書くつもりなんか少しもなかったのにつまらない見栄を張ってしまったと思っても後の祭りだ。
涼介は爽やかに笑って『そうか。藤原がどんなことを年賀状に書いてくるのか元旦が楽しみだな』 と言った。
・・・元旦・・・
拓海は一瞬言葉に詰まった。言い直そうかと考えたけれど、涼介の嬉しそうな顔を見てしまっては撤回なんて出来そうもない。
・・・うーん・・・
今年もまだ3日残っている。すぐに書いてポストに入れれば間に合うかもしれない。
そんなふうに焦りながら、拓海は内心 『どうせ初詣で会うのに』 と口を尖らせた。
涼介は”どんなことを書いてくるのか楽しみだ”と言っていた。
楽しみだと言われても、年賀状なのだから書く内容なんて誰も同じだと思う。
あけましておめでとうございます とか 今年もよろしくお願いします とか。在り来たりなセリフだけではダメなのだろうか。
(・・・あ、そうか、イツキとかの)
イツキが毎年書いてくる ”今年こそ彼女を作るぜ! 抜け駆けするなよ!” みたいなおまけの一言を書けばいいのかもしれない。涼介が期待しているのはおそらくそういった言葉なのだろう。
(でもなー、おまけの一言って言ったって何を書けばいいんだろ)
涼介に対する一言。
いざ考えてみてもなかなかいい言葉が見つからない。
ボーッとしていれば何かを思い浮かぶかもしれない。拓海は天井を見上げて目を閉じた。
しばらくすると
「まだ書けねぇのかよ」
と、コタツの向こうに座る父親が呆れた口調で言った。
「しょうがねぇだろ。いい文が思い浮かばないんだから」
「どうせあの兄ちゃんに書くんだろ? だったら適当に願い事でも書けばいいだろうが」
「願い事?」
拓海は素早く起きあがると、テレビを見ている文太の横顔を真剣に見た。
「例えば?」
「どっか連れてってくれだとか美味いメシ喰わしてくれとか、ハチロクに新しいパーツを付けてくれとか、いろいろあんだろが」
適当な感じに言い終えると、文太は部屋を出ていってしまった。
(・・・買って欲しいもの・・・)
贅沢な食べ物も車の部品も、自分が望まなくても涼介が与えてくれる。だから父親の言うような願い事は思い浮かばない。
(じゃあ他に頼みたいこと・・・)
拓海はしばらく考えたあと、再びボールペンを握った。意を決して あけましておめでとうございます と書くと、その横に一言書き加えた。
「出掛けるのか?」
身を縮めてトイレから出てきた父親がニヤニヤしながら声をかけてくる。
拓海はほんの少し顔を赤くして「ハガキ出してくる」と言うと、上着を羽織って家を出た。
ポケットに押し込んだハガキには、在り来たりな挨拶の脇に小さく 今年もたくさん仲良くして下さい と書いてあった。
涼介の期待に答えられそうもない、かわいげも何もない一言。けれど、拓海にとっては意味深い言葉だった。
来年も、他の人よりもたくさんオレと仲良くしてくれたらいいな。
普通に仲良くするよりもっとたくさん、いろんなことをして欲しいな。
恋人である涼介への、拓海の素直な気持ちだった。
END
イベントで配布したプチ涼拓小説の再録です。年賀ハガキの絵柄はトリでした。
ちょっとスカスカだったので書き直したのですが、あまり変わらなかった・・・・・・。これのどこが涼拓だ?と何度自分に突っ込んだことか;;
拓海は国語の点数低そうだなーと思います。
でも、ちょっとした一言にすごく深い意味を込めそうで、普通の人は気付かないけれど涼介と文太だけはちゃんと気付いてくれそうな感じがします。
2006.01.06 (初出2003.12.30)
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