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初詣
「アニキ! 藤原!!」
賑わう境内で名を呼ばれ、拓海は周囲に視線を巡らせた。
・・・ひよこ
陽気な声の持ち主は今年の干支のように黄色い頭をしていて、もみ合う人垣の中簡単に発見できた。
「涼介さん、啓介さんがあっちに」
「無視しようぜ」
涼介は前を向いたまま冷たく言い放つ。寒さと混雑で少し赤い横顔は特に怒っているようでもなくて、拓海はホッとした。
いいのかな〜・・・
少しだけ啓介を気にしつつ、涼介に並んで足を前に進める。境内に向かう人波は殺気立っていて嫌いだけれど、参拝を済ませて帰る人波は穏やかでのんびりしていて押し合うこともない。きっと誰もが自分と同じように神頼みした安堵感を抱いているのだろう。
「あいつの希望通り全員でお参りしたんだし、ここからは別行動でも構わないだろ。勝手に付いてきたのはあいつらなんだぜ。文句を言われる筋合いはない」
「まぁ、そうですけど」
「ったく、こんな日まであいつらと一緒だとはな。予定外だったぜ」
悔しそうに呟く涼介に、拓海は思わず笑ってしまった。
二人で初詣に行こう。
クリスマスが過ぎて交わした約束。
拓海との初詣は医師国家試験を控えている涼介にとって束の間の休息でもあった。
1月1日の朝、豆腐店の前で拓海を拾い、新年の挨拶を車中で交わしながら秋名神社に向かった。
二人だけでお参りをしよう。おみくじを引いて、お守りを買って、露天で暖かい食べ物を買おう。そんなベタな計画を二人で立てていた。ベタだけど、カップルが成立したら一度はやってみたいことの一つ、王道とも呼ぶべき憧れ。
それが。
いつのまにかプロD全員での初詣になっていた。
『どうしておまえらが・・・』
車から降りた二人の前に、見慣れた顔が現れた。
『アニキのあと、家からずっとつけてたんだぜ。気付かなかっただろ』
と自慢げに言う啓介の後ろには、嬉しそうなケンタと顔色の悪い史浩、何を考えているのか分からない松本とFDのメカニックの姿があった。どうやら啓介にしては珍しく悪知恵が上手いこと働いたらしい。移動に使ったのはケンタの父親の車だったのだ。これがあの派手な車だったら間違いなく気付いたのだが、さすがの涼介も見ず知らずの普通のセダンに意識を向けることはなかった。
『藤原と初詣に行くから邪魔するなと言っておいただろ?』
涼介の機嫌は最悪だったけれど、啓介は少しも悪びれない。
それどころか
『ダブルエースの一人とだけ安全祈願しようだなんてズルイぜ、するなら全員だろ』 だとか 『アニキの合格祈願もしてやるからさ!!』 などと言い出す始末だ。 他のメンバーの前でそんなことを言われては、涼介も拓海も文句を言えるはずがない。
結局啓介の策略にはまることとなり、 『それじゃあみんなで』 ということになってしまったのだ。
涼介と同じようにせっかくの雰囲気を台無しにされて残念だとも思うけれど、啓介の言うことも一理あると拓海は思った。
涼介は啓介の兄なのだし、Dのリーダーでもある。啓介にとっても史浩達にとっても大事な存在だ。それなのに、新年初日から自分が独り占めするのはどうだろうか。
「大勢で同じことをお祈りしたんだからきっと御利益がありますよ。Dも涼介さんもこれで大丈夫ですね」
思ったことを素直に口にして、拓海はニコニコと笑う。そんな拓海を見る涼介はほんの少し不満そうだった。
「どっちも人数や金額で叶うわけじゃないんだが・・・まぁ、確かに悪い気はしなかったかな」
「素直に”嬉しい”って言えばいいのに」
「今日は生意気だな、お前は」
横目で笑われて、拓海は口を尖らせた。
「生意気ついでに言わせてもらいますけど、涼介さんってばあんな大金投げるんだもん。オレ、ビックリしましたよ」
拓海が100円玉を名残惜しそうに投げるとき、涼介の指先にはピカピカの新札が輝いていた。
あ!!!
と思ったときにはもう遅い。
稼ぎ時だと言わんばかりに大きく作られた賽銭箱。ヒラリと吸い込まれていく札を目にして、拓海は意識を失いそうになった。
100円より0が2個も多い!
しかも2枚!!
涼しい顔をした涼介の横顔を凝視しながら、拓海はしばらく固まってしまったのだった。
「20000円って・・・お参りもやっぱり金額が重要だって思ってるんでしょ」
「そうじゃない。欲が多いだけだ」
「欲?」
「今年は頼みたいことが多いからな」
「でも、全部叶わないかもしれないんですよ? それにお守りだってたくさん買ったんだし、神様ばっかり儲かってる感じ」
「おいおい、お前さっきと言ってることが違うぞ。それじゃあまるでオレが試験に落ちる可能性があるみたいに聞こえるぜ」
「あ・・・すみません、そんなつもりじゃ・・・」
涼介は楽しそうだ。嫌味ではなく単に拓海をからかって遊んでいるのだ。
「・・・って、涼介さんが試験に落ちるわけないじゃないですか!」
「ありがとう」
「え?」
「おまえ200円投げただろう? 一枚はオレの分だよな」
・・・見てたのか?
「ケチでスミマセン・・・・・・」
恥ずかしそうに顔を赤らめた拓海を見て、涼介は微笑んだ。
「金額じゃなくて、気持ちの問題なんだろ」
「まぁ・・・そうですけど・・・」
「試験のほうは藤原がお願いしてくれたんだから受かって当前だな」
・・・・・・そんなわけないでしょ
と憎まれ口でも叩きたいけれど、それではまた”落ちるかもしれない”と言っているようで、拓海は言葉を飲み込んだ。
お賽銭は涼介に比べたらものすごく少ない金額で、神様だって願い事に耳を傾けてもくれないだろう。
そもそも涼介には実力があるのだし、余計な心配なんかしなくていいのだけれど。
「藤原の為にも頑張らないとな」
「はぁ」
ニコニコしている涼介はなんだか恥ずかしくて見ていられない。
話題を変えようと視線を巡らせて、再び黄色い髪を捜した。
「啓介さん、どんどん離れていくんですけど・・・」
二人より10数メートルも後ろに啓介の頭が見えた。史浩と松本は黒髪なので周囲の人間に紛れて判別できない。
「放っておけよ。どうせケンタに捕まってるんだろ」
「でも・・・このまま帰っちゃっていいのかな」
「藤原は団体行動のほうが好きなのか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど・・・でも、せっかくみんなと来たんだし・・・」
「そういう藤原も好きだが、こういうときくらいはオレのことだけ考えて欲しいな」
こっそり繋いでいた手を急に力強く握られて、心臓がドキッとした。
人の波の中、はぐれないように繋いでいた手は、指を絡め合っていて恥ずかしい。
「恥ずかしがるなよ。さっきからずっと繋いでるんだからさ」
「ん・・・」
デートのとき、Dのとき、他人の目を気にしないで繋げたらいいのに・・・涼介と付き合うようになってからいつもそう思っていた。けれどいざこうして歩いてみると、伝わってくる涼介の体温に心も体も支配されてしまったような感覚に陥る。
涼介が力を入れるとドキッとする。
体温のように侵入してきた涼介の手が心臓を鷲掴みにしているのではないか。そう思う程、涼介の一挙一動にドキドキしてしまう。
まるで”自分の身体の境界線がわからなくなる”ような、不思議な感じだ。
イヤじゃない。
ドキドキするのはむしろ心地よくて、ずっとこうしていたいとさえ思う。
「人目を気にしないで堂々と手を繋いで歩けるチャンスなんて滅多にないんだぜ。オレはあいつらに邪魔されたくないんだよ。だからこのまま帰ろう」
「・・・うん」
あとどれくらいでこの混雑は終わるのだろうか。手を離さなくてはいけなくなるその瞬間まで、涼介の体温に溺れていようと拓海は思った。
END
涼介の欲の一つは”今すぐ拓海と二人きりになりたい”でした。神様は早速叶えてくれたんですねー。
2005.01.09
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