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クリスマス・イブの過ごし方





「すっかりクリスマスだな」
FCは渋川の街を走っていた。過ぎていく風景は闇に包まれているけれど、時折派手なイルミネーションが目に飛び込んでくる。街路樹や住宅は眩しい光で飾られていて、否応なしにクリスマスと年の瀬を実感する。
涼介は、助手席に座る恋人に視線を向けた。
口数が少ないのはいつものことだけれど、ずっと外を見たままなのは珍しい。チラチラと涼介の顔を盗み見ている様子もなく、体調でも崩しているのだろうかと心配になってしまう。
「藤原?」
信号待ち、拓海の視線が右側に建つ一戸建てに向かっていることに気付き、涼介は声を掛けた。ボーっとしているのはいつものことだけれど、表情がほんの少し険しい気もする。
その家を飾る光はかなり派手なもので、ストレートライトだけではなくツララやモチーフライトなど多用していた。電球も白だけでなく赤や青、緑までも使っている。ここまで飾り付けられると正直くどいと涼介は感じた。
「こういうの、嫌いなのか?」
質問に少し顔を顰め、拓海は口を尖らせた。
「なんか・・・勘に触ります、ああいうの。・・・なんか、無理してる感じ」
「確かに、アレはちょっとしつこいな」
信号が青に変わり、FCは再び走り出す。
拓海は遠ざかる派手なイルミネーションを一度振り返り、シートに深く座り直した。
「そんなにあの家が気になるのか?」
「・・・あの家がって訳じゃなくて」
「うん?」
「あの家だけじゃないんです。ああやって見せびらかすようにしてるっていうのが勘に触るんです」
「・・・・・・そうか?」
ガーデニングライトは確かに”お庭自慢”という目的のために使うこともあるだろう。勿論、自分達が楽しみたいというのが一番の理由だと思う。
「だって家の中に入ったら自分達には見えないじゃないですか。ってことは、他人に見せつけたいって事でしょ? 自分達はこんなに幸せなんですーって」
はぁ・・・と溜め息を吐いて、拓海は小さく呟いた。
「もしかしたら家の中は寒々しくて、家族が不仲だったりするかもしれないのに」
(・・・随分ひねくれた考え方してるんだな)
拓海は前を向いたままだけれど、声の調子からどこか元気がないように感じる。幸せな家庭への憧れが強すぎて、後ろ向きな考え方になってしまうのだろうか。
「本当に仲が良いかもしれないだろ。せっかくのクリスマスなんだからオレ達はただ眺めて楽しめばいいじゃないか」
「まぁ・・・そうですけど」
「・・・ひょっとして、街路樹とかのイルミネーションもダメなのか?」
クリスマスは夜景の見えるホテルでディナーでも、と涼介は考えていた。イルミネーションが嫌いならこの計画は白紙にしなければいけない。
「それはまた別です。電気代が勿体ないとは思うけど・・・クリスマス商戦って年に一度の稼ぎ時だから気張って光らせるんだって、昔、商店街の会長が言ってました。だから仕方がないと思います」
「・・・そうか」
イルミネーション・スポットに出掛けるには問題はなさそうだけれど、拓海の解釈の仕方に少し切ない気分になった涼介だった。



                                ◇  ◇  ◇



クリスマス・イブ当日。
仕事を終えた拓海は速攻で着替えを済ませると自宅に帰り、着替えを入れたカバンと財布を手にハチロクに乗り込んだ。目的地は涼介の家で、実に1ヶ月ぶりの訪問だった。
運送業の年末は噂以上に忙しかった。初めての経験でいつも以上に疲労を感じているけれど、涼介に会えると思えば平気だ。気分が浮き足立っているのが自分でもわかる。
恋人という関係になって初めてのクリスマス。
”泊まりにおいで”と誘われてからどんな夜になるのか想像したけれど、涼介の唇しか思い浮かばなかった。デートコースやシチュエーションなんかにこだわるつもりは少しもなかった。あの唇にキスできればそれだけで凄く幸せだと思う。
この日のために無謀なシフトを組んで仕事に専念したお陰で、明日の土曜日は有休を取ることが出来た。豆腐の配達も父親に押し付けた。だから今日は、何の気兼ねもなく涼介の家に泊まれるのだ。


涼介のことを考えている間に、ハチロクは高橋家の近くまで来ていた。
考え事をしているときは頭の中はそのことで一杯になってしまう。それでも無意識に車を運転しているのだから、慣れって怖いし、危ない。年末年始に新聞に載るのだけはゴメンだ。
(人、轢いてねぇよな・・・)
そんな感触はなかったけれど、いざ考えると心配になる。拓海はキョロキョロとヘッドライトに照らされる夜道に目を凝らした。改めて観察してみれば、車通りも少なければ人気もなかった。いくらクリスマス・イブだからと言っても寒い上にこんな遅い時間なのだから当たり前だ。
見慣れた交差点を右折し、住宅街に入る。
その瞬間、煌びやかな光が視界に飛び込んできた。
(うわ・・・すげぇなここ・・・)
日頃通過するときでさえこの高級住宅街の豪華さには参っていたのに、今日ははどこの家もイルミネーション・ライトで飾られていた。先日涼介と見たあの家のようなくどい光が、幸せの押し売りをしている。
(・・・見栄の張り合いみてぇ)
白いライトだけの家もあればトナカイやらサンタやらがひしめいている家もある。庭木がピカピカする程度なら微笑ましく思えるけれど、建物の形がはっきり見えるくらいライトを所狭しと吊すのは観ていて落ち着かない。
こんなことしていて楽しいのだろうか。
こんな面倒臭い飾り付けなんかしている時間があるのだろうか。
(ヒューズが飛んだらどうすんだ?)
拓海の家はブレーカーではないので、どの家も使用電気量が大きいとヒューズが飛ぶのだと思っている。ヒューズが飛ぶと新しいものと交換しない限り一部の電気が使えない。小学生の頃、こたつとオーブントースターとポットの沸騰と炊飯を同時に行ったらバチンという音と共に暗闇になった。今思い出すと笑えるけれど、あの夜は父親が帰るまで泣いて過ごしたのだった。
(電気の無駄遣いでしかねぇよな)
目映いイルミネーションは商店街のちょっとした飾りでも充分満足なのに、と拓海は思う。寒くなってライトが点灯し始めると、それだけで普段と違った気持ちになるのだ。
(まさか涼介さんちもこんなじゃないよな・・・)
僅かな不安を抱えつつ、ハチロクは滑るように涼介の家に向かった。あらかじめ開け放たれていた門をくぐったところで、拓海はホッと胸を撫で下ろした。
涼介の家は周囲の家よりも大きくて広い。庭も建物も近代的な佇まいで、隅々までお金が掛けられている。けれど、周囲の家のようにガーデン用イルミネーションで飾られてはいなかった。
(涼介さんちのお父さんとお母さんも、ああいうの嫌いなのかな)
もしかしたら医者という生業上、派手なことは苦手なのかもしれない。涼介もそういうタイプではなさそうだし、派手好きな啓介は飾り付けなんていう面倒なことは嫌いそうだ。
「遅かったな」
運転席に座ったままそんなことを考えていたら、ハチロクの到着に気付いた涼介が笑顔を浮かべてガレージにやって来た。拓海は慌てて上着とカバンを手にハチロクから降りる。
「あ・・・こんばんは」
惚けたような拓海の第一声に涼介はますます顔を弛ませた。
「クリスマス・イブだっていうのに相変わらずだな」
「すみません・・・」
「いや、可愛いから良いんだよ」
「可愛いって・・・」
ふふ と涼介は笑い、拓海の髪をやさしく梳いた。
二人きりの時、涼介はDの時とは比べものにならないくらい優しくてよく笑う。優しくされて嬉しいけれど、涼介の家にいると変に緊張して体が強張ってしまうのは、質素で貧乏くさい自分の家とはあまりに違う空気の所為かもしれない。
「ほら、寒いから急げよ」
白い息。上着を羽織らずに出てきた涼介は寒そうに肩を竦め身を翻すと、玄関に戻っていく。玄関には大きなリースが飾られている以外はいつもと変わらない。
(ピカピカしてる家から涼介さんが出てきたらすっげぇ違和感あったよな・・・)
そんな光景を身にすることが無くて良かったと、涼介の後を追いながら、拓海は思ったのだった。


「今日は啓介さんいないんですか?」
いつもだったらニヤニヤ顔の啓介が玄関で待ち構えているのだが、今日は静かで不気味だった。
FDはガレージにきちんと収まっていた。もしかしたらもう寝ているのだろうか。涼介と二人でゆっくりしたい時、いつも啓介は邪魔してばかりだけれど、いざ邪魔されないでいると少し寂しい気もする。
「啓介が居ないとつまらないか?」
「はぁ、ちょっと拍子抜けっていうか・・・もう寝ちゃったんですか?」
きょろきょろと啓介の姿を捜す拓海に怒った様子もなく、涼介は拓海の手を取った。
「あいつはオレが追い出したんだ。せっかくお前が泊まりに来るのに、邪魔ばかりされたら堪らないからな」
「追い出すって・・・この寒いのに可哀想じゃないですか」
「気にするな。史浩とケンタに押し付けたからな、三人で仲良くカラオケにでも行ったんじゃないか?」
マイクを離さず熱唱する啓介と、相槌を入れるケンタ、早く帰りたそうな史浩。暗い室内での三人の姿を想像した拓海は、ププッと小さく吹き出した。
「なんか楽しそうですね」
「啓介のことはどうでもいいんだよ。ほら、おいで」
涼介は強少しムッとして拓海をリビングに引っ張って行く。
(あれ?)
泊まるときはいつも部屋に直行なのだけれど、今日はリビングに向かうようだ。
(ケーキを食べたら部屋に行くのかな・・・)
1ヶ月以上前に涼介のベッドで行われた行為を思い出してしまい、拓海は堪らずに下を向いた。今、自分はきっと変な顔をしているはずだ。涼介は拓海の表情について研究しているらしく、些細な変化にもすぐ気付く。
(やべぇよな)
恥ずかしいというか期待しているというか、とにかくHなことを考えているのがバレたら必要以上に攻められてしまいかねない。攻められるというのはまた、Hなことなわけで・・・・・・。
「藤原」
「えっ、は・・・・・うわっ」
立ち止まった涼介の背に思い切り顔をぶつけた拓海は、慌てて顔を上げた。
「ぶつかったにしては顔がやけに赤いな」
「べ・・・別に・・・」
追求から逃げた視線があるものに止まり、拓海は思わず感嘆の声を上げた。
「わ・・・」
「どうだ?」
見下ろしてくる得意満面な涼介の顔。こういうときはやはり兄弟だ、啓介とよく似ていると思う。
「凄い・・・大きいですね・・・」
広いリビングには大きなクリスマスツリーが置かれていた。涼介の身長よりもはるかに大きいツリーなのに、窮屈さを感じない。部屋の広さと天井の高さの所為だろうか。
「驚いたか?」
コクコクと頷く拓海を眺める涼介は満足そうだ。
「でも・・・このツリー、まるっきり”木”じゃないですか。飾りが何にも付いてないですよ?」
大きくて立派なツリーだけれど電飾もオーナメントも何も付いていない。これはこれで冬らしいけれど、クリスマスらしくはない。何かが物足りない気がする。
「それはこれからやるんだよ」
「ほら」
差し出された大きな箱を拓海は覗き込んだ。箱の中には電飾や色とりどりのオーナメントがギッシリ詰まっていた。
「これ・・・」
「一緒に飾り付けしよう」
涼介は電球がたくさんついたコードを取り出し、ツリーに巻き付けていく。
その様子を眺めていた拓海の顔がみるみるうちに赤くなった。
「・・・子供扱いしないで下さいっ!」
まさかイブの日にツリーの飾り付けを涼介とやることになるなんて思ってもいなかった。高橋家にツリーがあることは別段おかしくない。金持ちだから、在って当たり前だと思う。けれど、涼介は飾り付けとは無縁のイメージがある。好んでやるとは思えない。
多分、涼介は自分のために無理しているのだ。拓海にはそう思えてならなかった。
「オレが一緒にやりたかったんだからお前は恥ずかしがらなくていいんだよ」
箱を手にしたままじっとしている拓海に、涼介はふわりと笑う。
嘘でこんな笑顔を出来るはずがない。
本当に飾り付けを楽しみにしていたのかもしれない。
けれど。
「・・・・・・やっぱり恥ずかしいですよ」
記憶を辿ってみてもクリスマスツリーを飾り付けしたのは学校でしかない。しかも毎年ではなかったし、自分には関係ないことだと思っていた。父親と二人でクリスマスを楽しむような家でもなかったし、いざ飾り付けをしようと言われても気恥ずかしくてどうしたらいいかわからない。
チラリと視線を向けた先には、ワクワクしたような涼介の顔があった。
期待に満ちた眼差しに耐えきれず、拓海はボソッと呟いた。
「・・・オレ、見てる方が良いですから、一人でやって下さい」
「お前、もしかしてツリーも嫌いだったのか?」
「?」
拓海はきょとんと涼介を見上げた。
「ツリー”も”ってどういうことですか?」
「ガーデンライトとか、見せびらかすようなヤツは嫌いなんだろ? それなら室内用のツリーとかは好きかと思ったんだ。家族のためにある感じがするだろう?」
「・・・涼介さん・・・」
「いや、気にしなくていい。嫌いなら無理しなくていいから」
涼介は箱を取り上げるとツリーの脇に置いた。
「じゃあケーキでも食べようか。遅い時間だけど、クリスマスだからな」
涼介は不機嫌な様子もなく爽やかに笑って言った。けれど、伏せた目はなんとなく残念そうにも見える。
(もしかしたら、涼介さんもツリーの飾り付けなんてやったことないのかな)
可能性は少なくない。飾り付けをやらなそうな涼介だからこそ、その考えは正しいかもしれない。
そう思った途端、気持ちは一気に動き出した。
ガーデンライトを嫌いなわけではない。ツリーの飾り付けが嫌いなわけではない。本当はわかってる。
慣れないからこそばゆいだけなのだ。こんな時、どんな顔をしたらいいのか、変な顔をしてしまったらどうしようかと、恥ずかしくてつい、誤魔化すために憎まれ口を叩いてしまうのだ。
「待って下さい」
天の邪鬼な自分を丁寧に理解しようとしてくれる涼介の気持ちを、無駄にはしたくない。
「あの、一緒に・・・やりましょう。ツリーの飾り付け、オレ、涼介さんとやりたいです」
恥ずかしいけれど、拓海は涼介を見上げて精一杯笑いかけた。
甘えるのは苦手だ。慣れないことをしている自分は、やっぱり変な顔をしているんだろうと思う。
「無理することないんだぞ」
「涼介さんとだったら、楽しいと思うんです。オレ、こんなクリスマスは初めてだから変に緊張してるけど、涼介さんといろんなことをやってみた・・・」
言葉の最後は涼介の唇に塞がれて宙に舞うことはなかった。ほんの一瞬触れただけだったが、思いがけない突然のキスに拓海は硬直してしまう。
「嬉しいよ」
涼介は何事もなかったように再び箱を拓海に差し出すと、ぶら下がっていた電飾コードの巻き付けに専念しだした。拓海もドキドキしながら赤いリボンを手に取ると、取り付けるべく枝に手を伸ばす。
「さっさと飾って部屋に行こうぜ。オレはお前にいろんなことをしてみたいんだからな」
含みのある言葉に拓海の顔が瞬時に赤く染まる。
(いろんなことって・・・何だよ?)

そうして二人で過ごす初めてのクリスマスはツリーの飾り付けから始まったのだった。





                                                      END








二人はすっかり新婚気分のようですね。


2004.12.21

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