back
嘘と豆腐
「今日は何の日か知ってるか?」
涼介の唐突な質問に、拓海は考え込んだ。
誕生日でもないし祝日でもない。何か記念日だっただろうか。
考えたけれど思い当たるようなことはない。・・・と思う。
返答次第では、気分を害した涼介に”オレの存在はそんなものか”と虐められてしまう。
どう答えていいかわからずにソワソワしていると、涼介は笑いながら教えてくれた。
「豆腐屋の息子でも知らないんだな、今日は”うそつき豆腐の日”なんだそうだ」
「うそつき豆腐?」
豆腐が嘘をつくのか!?
頭上いっぱいに?マークを浮かべた拓海を見て、涼介はますます楽しそうに笑った。
「旧暦の12月8日に豆腐を食べると1年間の嘘が帳消しになるらしい。鳥取県因幡地方に伝わる慣わしだそうだから、群馬の豆腐屋には関係ないのかもな」
そんな話は初めて訊いた。
豆腐を食べて嘘が消えるなんてそんな都合の良い言い伝えがあるなんて、父親だったら鼻で笑いそうだ。
だから教えてくれなかったのかな。
拓海はどこか遠くを眺めながらのんびりとした口調で呟いた。
「親父から聞いたことないからオレにはわかりませんけど・・・嘘が帳消しになるんだったら豆腐食べるのも悪くないかな」
「なんだ、消したいような嘘があるのか」
特に意味もなく出てしまった言葉なのに、どうして涼介はこんなに鋭く反応するのだろうか。
「いえっ、そんな、嘘なんかついてませんよオレっ」
「・・・・・・へぇ」
殆ど葉が残っていない銀杏の木を見上げる拓海は、見るからに動揺している。
涼介はそんな拓海の頭をポンポン叩くと、意地悪く笑った。
「じゃあ今日は豆腐食うなよ」
「え・・・だってウチ、メシの時には必ず豆腐出ますよ? 多分今日も豆腐のみそ汁・・・」
「お前まさか夕飯も食わずに帰るって言うのか」
久しぶりのデートなのに、と涼介は溜め息混じりに呟いた。
「あっ、いえ、違いますっ。間違い・・・っ」
「わかった。今日は帰さないことにしたからな」
寄り掛かっていたガードレールから離れる涼介を、拓海は慌てて追った。
「涼介さん、仕上げなきゃいけないレポートがあるんじゃなかったんですか?」
もしかしたらまた機嫌を損ねてしまっただろうか。
けれど、心配して言った言葉も裏目に出てしまう。
「なんだよ、一緒の部屋にいるだけなんてイヤだって言うのか?」
拓海はどうやら帰りたそうだ。そう涼介は感じ取っていた。
忙しいから一日中会ってはいられない。
前もってそう言ってあったから、拓海は早く帰って豆腐を食べるつもりなのだろう。
そう思うと、つい虐めたくなってしまう。
「配達まで暇なんだろ?」
「でもちょっと眠りたいし」
「寝るだけならオレの家でも出来るだろ。・・・オレはお前と一緒にいたいのに、お前は自分の家で眠る方がいいって言うんじゃないだろうな」
「う・・・それってズルイ」
「ズルくねぇよ。お前、豆腐食うことしか考えてないみたいだからな。やっぱり何か凄い嘘ついてたんだろ」
「そんなことありません!」
「よし。じゃあ今日はパスタでも食べようぜ。豆腐メニューはないはずだからな」
「あ!」
涼介はハチロクの鍵を拓海から奪うと運転席に乗り込んだ。涼介がハチロクを運転するのは珍しいけれど、自分の大切な車を大切な人が運転するのを見るのは、実は凄く幸せで嬉しかったりもする。
拓海は仕方なさそうな素振りで助手席に座った。
「涼介さん、横暴ですよ」
「ハチロクの状態も確認できるんだから構わないだろ?」
「・・・そうですね」
嘘なら毎日ついている。
眠いくせに眠くないと言い、会いたいくせに会えなくても平気と言ってしまう。
一度嘘をついてしまうと、それを隠すためにまた新たな嘘をついてしまって、時々自分がイヤになる。苦しくて、全てを晒したくなってしまう。
だから、豆腐を食べることで消せるのなら、こんなモヤモヤした気分とは早くおさらばしてしまいたかった。
でも、涼介が”言えないような嘘なら食べるな”と言うのなら食べれない。
涼介に対する虚勢の嘘を、自らバラすなんて出来ない。知られたくないから嘘をついていたのだから・・・。
仕方ないな、と拓海は諦めた。
今日豆腐を食べたとしても、どうせ明日からまた新しい嘘をつくのだ。
それに、涼介と同じ時間をより長く過ごせるなら、その方が幸せだし、自分の望みでもある。
「涼介さんは消したい嘘って無いんですか?」
「オレの場合、普段から嘘にまみれてるからな。帳消しにしなくても平気だぜ」
涼介はキリッと真面目な顔で答えた。
嘘をつきすぎてるから豆腐を食べても消せないと言うことなのだろうか。
それとも、嘘をついていないといられないと言うことなのだろうか。
後者だったら同じだな、と拓海は少し嬉しく感じた。
「それって全然自慢になんないです」
苦笑しつつも、偉そうにしている涼介のことをカッコイイと思ってしまう拓海だった。
・・・家を出る前、涼介は湯豆腐を食べていた。
今拓海に付いた嘘は、その豆腐で帳消しにされるのか、来年に持ち越しなのか、どちらなのだろうか。
END
普段から爽やかな涼介ですが、実は嘘と欲望にまみれていそうです。
2004.12.13
back