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計算されたバランス
・・・・・・思った以上の反応だな。
考えに詰まったのか くわっ と目を見開いた拓海の、珍しい表情。峠を走ってるときでしか見たことがない顔を、真っ昼間のファミレスで見ることが出来るとは思ってもみなかった。
自分の髪型一つで拓海にあんな顔をさせられるなんて・・・。
FCのステアリングを握る涼介はクールを装っているけれど、至極ご満悦だった。
「そんなに気になる?」
いつもにも増して赤い顔の拓海に、涼介は問い掛けた。
小春日和の今日、少し遠出のドライブはのんびりしていて気分が良い。途中見つけた山間の公園で、二人は紅葉を堪能していた。先を歩く拓海は、明らかに涼介を避けている。
「気になるって言うか・・・恥ずかしいって言うか・・・」
「どうしてお前が恥ずかしいんだ」
拓海は立ち止まると、振り返った。
「さっきも言ったじゃないですか。涼介さん、いつもよりキ・・・キレイだから・・・」
見慣れなくて。
頬を赤く染めて俯く拓海の姿に、涼介は目を細めた。
緑と黄色と赤のグラデーションの中に立つ拓海の方がよっぽどキレイだと思う。茶色がかった髪も白い肌も、秋の景色に溶け込んでしまいそうだ。口に出してしまいたいけれど”からかうのはやめて下さい”と本気で拗ねそうなので黙っておいた。
「キレイか・・・。そんなこと言われたことないな」
「普通恥ずかしくて言えませんよ。でも・・・今日は特別いつもと違う感じです。なんか、別人みたい」
・・・別人か。
たかが髪型でそこまで変わるのだろうか。
家を出る前に見た自分の顔に違和感を感じなかったのは見慣れているからで、拓海にしてみればかなりのインパクトだったのかもしれない。
・・・さっきは”そのままでいい”と言っていたっけな。
衝撃の程度はどうであれ、拓海はどうやらこの髪型を嫌っているわけではないらしい。今は変に恥ずかしがっているようだが、見慣れてしまえば平気だろう。しかし、次に会うときもこの髪型で良いのか、この際だからしっかりと訊いておいたほうが気分的にスッキリする。
「今日のオレといつものオレ、どっちの方がいい?」
「え・・・そんなの答えられませんよ。どっちも涼介さんなんだし・・・。いつもカッコイイけど、今日はもっと大人っぽいっていうか、うーん、色っぽいっていうか・・・なんか、Hな感じ・・・」
・・・色っぽいにHな感じ、か。
涼介は ふ と、口元に笑いを浮かべると拓海に近付いた。
「じゃあこの髪型は拓海の前でしか出来ないな」
「え・・・」
突然の耳元での囁きに、拓海は顔を上げた。言葉の意味を理解出来ていないのか、不思議そうな顔をしている。
「そんなふうに感じているお前を放っておけないだろ。すぐにでも抱かなきゃ損だぜ」
「・・・・・・どうしてそんな話になるんですか・・・」
ストレートな物言いに桜色の唇が尖る。こういう話題が苦手な拓海はプイッと横を向くと涼介を無視して歩き出す。
「拓海」
「わ」
涼介はその手を取ると、拓海を引っ張るように歩き出した。
「ちょっと、涼介さん!?」
両足を踏ん張って抵抗したけれど、涼介の力には敵わない。
石階段を昇り終えると丸太を埋め込んだ階段を昇り、途中から植え込みに入って歩く。ここに来るのは初めてのことなのに、目的地が定まっているような確かな足取りは何だろう。そんなことを訊ねる隙も与えず、涼介は無言のまま拓海を引っ張って行く。
やがて”樹木保護のため立入禁止”と書かれたプレートに行き当たったが、涼介はそれを無視して鎖を跨ぎ、更に奥へと進んだ。
「涼介さん?」
陽の光が射し込まないほど木々が密集したところまで来ると、涼介はようやく立ち止まった。
「一体どうしたんですか?」
久しぶりに山道を登ったために拓海の息は上がっていた。
「ここ、蜘蛛とかいっぱいいそうでイヤなんですけど」
色鮮やかな落ち葉と共に地面を多う雑草は背丈の短いモノばかりだ。けれど、日が陰り鬱蒼としていて人が滅多に来ないような場所だけに気味が悪い。拓海は涼介のシャツの裾を握り締め、怖々と周囲に視線を巡らせる。
手を解放した涼介は、やっと拓海に向き合った。
怒っているわけでもないし笑っているわけでもない。真剣な表情に拓海は縮こまってしまう。
「キスしてくれないか」
「は?」
いきなりの言葉に拓海は面食らって何も言い返せない。
「キス、お前からしてくれよ」
もう一度言われて、流石に意味を理解した拓海は溜め息混じりに答えた。
「・・・なんで今、ここで、そんなことしなくちゃいけないんですか・・・」
「わからないか? さっき言った”抱かなきゃ損”だっていう話の続きなんだけど」
「それとキスと、どういう関係があるんですか!?」
拓海の言うことは尤もだ。けれど涼介は表情一つ崩さずに拓海を見ている。
「オレが抱くのは簡単だ。しかし、今のお前の気持ちを理解してもらいたい気持ちの方が強いんだ。それにはキスが手っ取り早い」
「・・・難しくてわかりません」
「じゃあ簡潔に言わせてもらおう。・・・お前、オレに会ってからずっと、オレに対して欲情してるんじゃないか?」
「ええっ!?」
考えもしなかった言葉に、拓海は有に数ミリは飛び上がっただろうと思われる。
涼介に対して欲情するなんて、そういうシチュエーションならともかく、今は昼間で公共の場で、そんなことは絶対に有り得ない。
「今日のお前の反応は普通じゃない。いつもより赤くなるし、絶対にオレを見ようとしないからな。つまり、そうとしか考えられねぇだろ」
確かに、見慣れない涼介に対していつも以上にドキドキするし身体は火照るし落ち着かなかった。今もドキドキして、近くにいることさえ辛いと思う。
「でも、だからって・・・欲情なんて・・・」
「本音を言えばこの頭じゃ困るんだろ? 所構わず欲情するわけにいかないから、だからオレを見ることが出来ないんじゃないのか?」
「・・・そうなのかな・・・」
「試しにオレの顔、見てみろよ」
涼介は無抵抗な細い顎に手を添え、上向かせた。しかし、大きな瞳は左に逃げていて涼介を見ようとしなかった。
「こら。恋人にまともに見てもらえないオレの気持ちも考えろ」
「う・・・・・・」
30センチほどの距離、しばらくして拓海の瞳が大きく揺れ、やがてゆっくりと涼介を捉えた。
「どんな感じ?」
「ダメ・・・も、見てらんない」
拓海は涼介の手から逃げて顔を背けてしまった。
見つめていたのは十秒も満たない時間だが、拓海の双眸は徐々に潤んでいった。拓海の変化を観察していた涼介から見れば”熱を帯びているような”という例えがぴったりだと言える。
・・・まったく、素直じゃなねぇよな・・・
「わかった。これからもこの頭でいることにしよう」
あっさりと背を向けた涼介は、頑固な恋人に内心苦笑しつつ元来た方向へ足を向ける。
「帰ろうぜ」
一歩踏み出したのに、思うようにならなかった。
振り返るとシャツの裾を握り締めた拓海が涼介をジッと見ていた。その瞳は、肌が触れ合うときに見る色と同じで、涼介はドキリとした。
「・・・ダメです」
「何が?」
「・・・みんなが涼介さんにHな気持ちになると困ります・・・だから、今日だけにして下さい・・・」
お願いです・・・と口を尖らせて訴えかけてくる様子に、涼介もようやく笑みを浮かべる。
「わかった。もうしない。拓海の前でしかしないよ」
背伸びした拓海の唇が、一瞬だけ涼介の唇に触れた。
「涼介さんってズルイです・・・オレよりオレのこと知ってるんだもん・・・」
涼介の言う通り、自分は欲情していたのだと認めざるを得なかった拓海だった。
◇ ◇ ◇
『アニキさ、髪切る暇がないんだったら分け方とか変えてみたらいいんじゃねぇの』
朝、鏡の前で伸びた前髪を摘んでいた涼介に、啓介が陽気な声を掛けてきた。
『たまにはイメチェンしないと藤原に飽きられるぜ。大体付き合ってぇのに似たような頭してるしさー、オレなんかよりよっぽど兄弟みたいに見えるじゃん』
飽きられるはずがない!
拓海はオレにベタ惚れなんだ!!
そう啓介に怒鳴ったけれど、涼介はしばらくの間鏡の前で考え込んだ。
最近はDも大学も忙しい。二人きりでどこかに行くようなデートは本当に久しぶりのことで、今日は浮き足立っている。
拓海もきっと同じだろう。久しぶりのデートを楽しみに待っているはずだ。
拓海・・・。
濡れた前髪の下、鏡に映る見慣れた顔はどことなく窶れている。
年々シャープになっていく顔は啓介とよく似ている。同じ親から得た遺伝子のお陰なのだから当然だ。
けれど、雰囲気的には他人である拓海の方が似ているように思える。恋人として同じ時間を共有しているせいだろうか。
啓介の言うことも一理あるかもしれない。
せっかくのデートなのだ、たまには髪型を変えてみるのも手だろう。
拓海の反応を考えるとウキウキする。
可笑しいと笑うだろうか。
それとも何も気にしないだろうか。
気に入ってくれたら嬉しい。
そうして家を出るまでの間、拓海の好みの髪型(推定)にセットできるまで、涼介は鏡の前で伸びた髪と格闘したのだった。
・・・ニヤニヤしながら髪を弄る姿を、扉の影から白い目をした啓介が眺めていたのを、涼介は知らない。
END
裏表紙の萌えは収まらずまた・・・。でも、これでやっと落ち着いたかな。
2004.12.04
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