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恋しい温もり






拓海は隣に座る涼介の横顔を伺った。
(なんか気まずい・・・)
二人は高橋家の広いリビング、三人掛けのソファに並んで座っていた。
平日の逢瀬を過ごしているわけだが会話はなく、テレビの音声だけが部屋に響いていた。別にケンカしているわけではない。ただ行きたいところもないのでのんびり過ごしているだけだった。
ワイドショーの出演者達の笑い声がくだらなく思える。スタジオ内での盛り上がりは拓海には理解できないし、理解するつもりもない。拓海の意識の全てが涼介に注がれていた。
ガサ・・・
新聞を捲る涼介の左肘が、拓海の右腕に触れた。たったそれだけで身体がビクリと反応してしまう。
ここ数日、涼介の肌が恋しくて堪らなかった。それなのに、ほんの少し横に移動すれば触れことが出来る距離に座った今、極力触れないようにしていた。
(・・・なんでかな・・・)
恋人なのだから触れる権利はあるはずだ。それなのに、意識すればするほど涼介に遠慮してしまう。
拓海は心の中で溜め息を吐いた。
決して涼介が嫌いなわけではない。
今も、変わらず、好きだ。



恋人同士になって一年近くになる。付き合いだした当初は情熱的だった涼介は、今ではすっかり淡泊になってしまったらしい。なかなか拓海に触れようとしないし、デートらしいデートもしなくなった。わざわざ早起きをして、疲れた身体に無理をさせてまで遠出するようなことは皆無と言っていい程だ。 二人とも、昔よりもはるかに忙しい日々を送っている。会う機会も時間も限られている。
だからこそ、二人で居るときは触れ合っていたいのに。
(あの頃はほんの数分でも空きがあったらせまってきたくせにさ・・・)
啓介や史浩がいるような場所でも、僅かな隙をついて触れてきた涼介。自分を求めてくれるその激しさに、どれほど酔いしれたことか。
それも既に懐かしい思い出になりつつある。
(なんか、マンネリになった夫婦みたいだよな・・・)
これはいわゆる 倦怠期 というものなのだろうか。
涼介は相変わらず新聞と睨めっこしている。経済面なんか見て、何が楽しいのだろう。
(話しかけてみようかな・・・)
話題を探そうにも、世の中の事情には疎いので新聞のネタは無意味だ。おまけに真剣な涼介の邪魔をするのは気が引ける。

「どうかしたのか?」
呼ばれて顔を上げてみると、新聞を広げたままの涼介がジッと見つめていた。
涼介は優しい眼差しで拓海の顔を見ているけれど、顔を寄せようとしないし新聞を畳む気配もみられない。
(オレより新聞の方が大事なのかな・・・)
少し腹をたてた拓海は平気な顔を装った。
「別になんでもないです」
「そうか・・・」
涼介はあっさりと新聞に視線を戻してしまった。少しでも塞ぎ込んでいればしつこいくらい理由を尋ねてきたのに、この無関心ぶりはどうだろう。
(前の涼介さんなら気付いてくれたはずなのにな・・・)

涼介と一緒に過ごせるだけで幸せだ。一緒にいられればあとは何も望まない。
恋人同士になったときには心からそう思っていた。
けれど今では一緒にいるだけでは物足りないと思うようになった。手を握ったり、抱きしめてくれたり・・・それだけでも嬉しいけれど、充分とは言えない。あの快感を知ってしまった今では、心も体も随分貪欲になってしまっているのだ。涼介とするセックスは気持ちいい。涼介だからこその快感だと思う。
(こんなこと考えるようになったの、多分、セックスしなくなってからだよな・・・)
いつだったか、ある日を境に涼介はキス以上してくれなくなった。初めは気にならなかったけど、身体の収拾がつかなくなってから、意識しだしたのだと思う。
(やっぱり欲求不満なのかな、オレ・・・)
いっそのこと思い切って言ってみたらどうだろうか。
(でも・・・触りたいとか・・・セックスしたいなんて思ってるの、オレだけかもしれないし・・・)
『会ったからといって必ずセックスするっていうのも変じゃないか?』
整ったキレイな顔でそう答える涼介が目に浮かぶ。もしかしたら、淫乱だと思われてしまうかもしれない。
(絶対言えねぇ・・・)
勿論、拓海にはそんな望みを口にすることなんて出来ない。
それが出来たらこんなに悩むことはなかったし、もっと前に訴えていただろう。
(はぁ・・・なんかグルグルする・・・)
答えの見付からない迷路に入り込んでしまった拓海の思考は、現実逃避を決めたらしかった。

「拓海、風邪ひくぞ」
「ん・・・」
ゆっくり瞼を開けると涼介の顔が視界一杯に広がった。関係には慣れてしまったけど、涼介のアップにはいつまで経っても慣れそうにない。
「顰めっ面して寝てたぜ。変な夢でも見たのか?」
夢を見た覚えはない。どうやら眠りながらも例の悩みについて考えていたようだ。そうなると顰めっ面の理由なんか言えるはずもなく、拓海は無言のまま首を横に振った。
「部屋に行こうか。こんなところで眠っても疲れはとれないぜ」
「・・・そうですね」
拓海はゆっくりと上体を起こした。支えのない背中にふと、寂しい気分になる。昔は当たり前だった背中を支える手の温もりが恋しい。
(部屋に行ったら触ってくれるかな・・・)
あの広いベッドを想像して、僅かな期待を胸に抱いた。


カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響き、窓の外からは下校途中の子供の声が聞こえてくる。
ベッドに横になった拓海に、案の定涼介は興味がないらしい。早々に背を向けてパソコンに向かってしまった。
涼介の広い背中。
拓海はジッとその背を見つめる。
ベッドから数歩の所にある背中は、近いのにとても遠くに感じる。
「どうした、眠れないのか?」
不意に振り返った涼介と目が合った。心の中を読まれてしまうような気がして、拓海は慌てて目線をずらす。自分の欲求を知ってもらえるのなら絶好の機会のはずなのに、恥ずかしくて隠そうとしてしまう。
「音楽でも聴くか?」
「・・・ううん、平気です・・・」
一言で済むはずの問題が、拓海にとっては人生最大の悩みになってしまっていた。こんなにも涼介が恋しいなんて、自分はどうかしてしまったのだろうか。それが正常な気持ちと言えるのなら、涼介は自分に対して性欲を抱かなくなってしまったといえる。
(やっぱり・・・他に好きな人手もできたのかな)
追いつめられて最悪のことまで想定してみる。けれど確かに、自分に飽きたから触ってこないのだと思えば、今の冷めた関係にも説明が付く。
(そんなのイヤだ・・・)
自分の想像が現実だったら怖い。
気持ちの収拾がつかなくなってしまう。ひとりで考え込んでウジウジして・・・こんな自分の性格が恨めしい。
(もうやだ・・・)
なんだか悲しくて、虚しくて、拓海は布団を頭から被った。

「どうしたんだ?」
遠いはずの涼介の声が、布団を挟んだ耳元から聞こえ、心臓が大きく跳ねた。異変を感じて心配してくれているのだろうか。
どういうわけかじわりと目元に熱を感じて、拓海は布団を握り締めている手に力を入れた。
「拓海?」
「う・・・」
剥がされ布団の中から涙目の顔が露わになり、涼介は驚いた顔をした。
今の自分はきっと変な顔をしているのだろう。いたたまれないのと意地を張りたい気持ちがごちゃ混ぜになって布団に隠れようとするけれど、涼介はそれを許さなかった。
「隠れるなよ」
布団を取り上げて床に放り投げる。ベッドの上には丸まっている拓海が情けない姿で残された。
涼介はベッドの脇にそっと座り、拓海を見下ろした。
「ちゃんとオレを見て話してくれないか?」
「・・・・・・っ」
「言ってくれないとわからない。それとも、オレに言えないようなことで悩んでたのか?」
涼介の大きな手が何度も拓海の頭を撫で、拓海の動揺した心に染み込んでいく。
やっぱり涼介の温もりは心地良い。あれこれ考えていたこともどうでも良くなってしまうから不思議だ。ウットリと感触を味わっていた拓海の耳に、意外なセリフが降ってきた。
「さては嫌われたか・・・」
拓海は飛び起きた。
「嫌いになんてなるわけないじゃないですかっ!」
「じゃあ好き?」
両肩を捉え、間近から見つめてくる情熱的な涼介の瞳に、拓海は息を呑んだ。
「・・・大好きです」
「良かった」
「・・・っ」
涼介は素早く拓海にキスをした。軽く触れるだけのキスだ。
単純なことだけれど、『好き』の上に『大』を付加されては涼介だって堪らなく嬉しい。気持ちを隠しきれなくて、キスした勢いのままに拓海を抱きしめた。
「涼介さん?」
久々の強引な抱擁に、拓海は目をパチクリさせた。
淡泊な涼介はどこに行ってしまったのだろう。考えが追いつかなくて在り来たりな問い掛けしかできない。
「どうしたんですか?」
「嬉しいからに決まってるだろ。大体 拓海は滅多に好きって言ってくれないからな」
「・・・それが言えたら苦労しません」
長い付き合いなのだから、そういうところは分かっているはずだ。笑いを抑えている恋人を睨んだけれど、涼介はさらりと受け流した。
「ところで拓海・・・ここ最近元気がなかったのはセックス絡みのことだよな」
「!」
すっかり頭の隅に追いやられていた話題をぶつけられ、拓海は一瞬固まった。
「ビンゴ」
涼介は男にしては広めの額を指で弾いた。綺麗な唇は笑いを堪えているようで、子供扱いされたような気になる。
「オレだってただの男だ。押し倒すタイミングを逃すときもある。自分の欲求ばかりお前にぶつけるわけにはいかないし・・・そんなことしたら愛想尽かされるかもしれないだろ」
「オレが悩んでるの、知ってたんですか?」
「いつだったかな、おまえ、『セックスばかりじゃイヤだ』って言ったんだぜ」
「え」
「『ベタベタするのはイヤだ』とか・・・『暑苦しい』とも言ってたっけな・・・」
そう言われてみればそんなことを言ったかもしれない。けれどそれはあくまでも言葉のあやであって、涼介を避けて言ったわけではないのだが。
「そしてオレはおまえに嫌われたくないから自分なりに気を付けたわけだ。だが、そうやってお互いを思いやり過ぎて、ズレが生じたのかもしれないが」
「・・・・・・スミマセン」
あやすようにポンポンと頭を叩かれて、拓海は赤面した。
一体自分は何を悩んでいたのだろう。涼介は自分の言ったことを真剣に受け止めてくれていただけなのだ。結局は一人で勝手にウジウジしていた自分が悪い。

「じゃあオレは遠慮しなくて良いんだな?」
「は?」
意味が分からずポカンとしている拓海の前で、涼介はおもむろにシャツを脱ぎ捨てた。そして、てきぱきと拓海のシャツのボタンに手を掛ける。
「えっと・・・あの・・・」
あっと言う間に全てのボタンが外され、拓海の白い肌が露わになった。
「セックスしよう」
ストレートに言う熱っぽい声に、真っ赤になった拓海は顔を上げた。
息が掛かるくらいの至近距離に大好きな恋人。恋い焦がれていた温もりがそこにはある。
今回ばかりは意地を張りたくはなかった。普段だったら絶対言わないセリフを、恥じらいながらも口にしてみる。
「・・・うん。オレ、セックスしたいです・・・」
素直に頷く拓海に間髪入れず激しいキスが降ってくる。
今日だけは、涼介の愛撫に素直になってみようと思う拓海だった。


                             ◆ ◆ ◆


(思ったより時間がかかったな・・・)
激しい性行為に疲れ切った拓海は深い眠りに落ち、そのあどけない寝顔を眺めながら、涼介は底意地の悪い笑みを浮かべた。
欲求に対して素直になった拓海は、あられもない姿を晒して涼介を悦ばせてくれた。
計画は大成功と言っていいだろう。

いつまで経っても「したい」と言わない拓海に対する、長期に渡る涼介の『拓海から強請らせる』作戦だったことに、拓海が気付くはずもなかった。







                                                      END






副題は「涼介の計画的犯行」ってところです。実は淡泊ではなかったんですね(笑)
それにしても涼介、忍耐強い・・・。


2004.09.17

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