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好きな人の色
拓海は涼介の背中をジッと眺めていた。
涼介はガラスケースに並ぶ万年筆を一本一本手に取り、店員の説明を受けながら書き味を確認している。
(無駄遣いにしか思えないよな・・・)
真剣に選んでいる涼介には申し訳ないけれど、正直拓海にはそう感じる。
ショーケースに並んでいる製品を手に取って試すなんてしたことはない。飾られているものは全て高価そうで、そんなところに入れられているからには人の手に触れらるのを避けているとしか思えない。
あえてそれを出してもらうからには 必ず買わなくてはいけない という脅迫めいたものがあるようにも思う。『やっぱりやめます』なんて言ったら店員にイヤな顔をされてしまいそうだ。
涼介が万年筆を使っているのを何度か見たことがある。
似合わなくはないけれど少しオヤジ臭いと思った。
そもそも拓海にとって万年筆とは、大学の教授とか、どこかの偉い博士とか、強突張りの社長とか、外国の貴族みたいな紳士とかが持っているようなイメージなのだ。何本も試し書きをしてまで買おうとする涼介のこだわりは分からない。
(あ・・・でも涼介さんは医者になるんだっけ)
大きな机に座る白衣の涼介は絵になるだろう。でも、その手に握られているのがボールペンだったらちょっとがっかりするかもしれない。
(白衣だったら・・・万年筆でいいかもな・・・)
チラ と涼介を見る。涼介はまだ店員と話し込んでいる。決まるにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
拓海は涼介の買い物が終わるまで、文房具店の中をウロウロすることにした。
さて、と涼介に背を向けると
「拓海」
とお呼びがかかった。どういう訳か涼介の背中は拓海が離れようとするとセンサーが作動するらしく、かなりの確率で呼び止められてしまうのだ。
(背中に目でも付いてんのかな・・・)
たまには一人でウロウロしたいと思うけれど おいで、と目で合図を送られては逆らえない。
「何ですか?」
「お前ならどの色にする?」
促されるまま涼介の隣に並ぶと、トレイの上に並べられた色違いの万年筆が目に入った。
ラベンダー、ベージュ、ブラック、銀、若草色、濃紺、青、ブラウン、オレンジ、レッドの十色。万年筆なんて地味な色しかないだろうと思っていたけど、以外にも若者らしい色もある。
(オレがだったら・・・これ・・・若草色っていうのかなぁ・・・でも・・・)
『お前なら』と言われたけれど、涼介が使うのなら涼介に似合う色を選ぶべきだろう。
涼介には白が似合うだろうけれどここにはない。それに筆記用具が白いと汚れが目立ちそうだ。白は避けるべきだろう。だからといって黒だと単純だし、R32の中里を思い出してしまう。
(じゃあやっぱりこれ・・・)
拓海が手にしたのは濃紺のものだった。この万年筆の色は普通の紺色と違って澄みきった雰囲気がある。こんな夜空のような色も、白と同じように涼介のイメージに重なる。限りなく黒に近くて、それでいてどこか優しい感じ。涼介と出会った夜、空はこの色のように綺麗だった。
拓海は涼介に万年筆を差し出した。
「・・・これ・・・かな」
「そうか」
選んだ理由を聞くこともなく、涼介は頷いた。
「参考になった。すぐ済ませるから、待っててくれ」
(え、オレの意見で決めるのか・・・)
不安そうに見ている拓海を余所に、涼介は店員に何か口早に告げていた。
「これ、お前にやるよ」
照明を落とされた部屋の中、涼介はデパートの紙袋から長方形の小さな包みを取り出すと拓海に差し出した。
ぐったりとベッドに横たわっていた拓海は怠そうに上半身を起こす。
「なんですか?」
拓海の声は少し不満そうだった。
(このまま寝たかったのに・・・・)
買い物から帰ってすぐ涼介に抱かれてしまった体は、睡眠を欲していた。仕事の合間を縫っての逢瀬、使われたスキンは何個だったろうか。
恨めしそうに涼介を眺めてみる。年上の恋人は自分よりも多忙な日常を送っているにもかかわらず疲れている様子はない。
「開けてみろよ」
手の平よりやや大きい箱には青いリボンが掛けられている。
(プレゼント? 誕生日でもないし・・・なんでこんな時期に・・・)
貰う理由は分からないけれど、拓海は言われるままに包みを剥がし、箱を開けた。
「あ・・・・・・」
目に飛び込んできたキレイな色。箱の中には先程選んだ万年筆が入っていた。
「これ。涼介さんのじゃないんですか?」
「オレのはこれ」
涼介の手には若草色の万年筆が握られていた。
「どうして・・・?」
「お前の好きな色、これだろう?」
「そうですけど、でも、どうして涼介さんのがそっちなんですか? それに、オレ、万年筆なんか使わないし・・・」
確かにあの中ではその色が一番良かった。でも、涼介の万年筆を買いに行ったのだから、涼介のモノだけで充分なはずだ。
「まぁそう言うなよ。お前も社会人だし、こういうのが一本あった方がいい」
「でも、オレの会社じゃ使う時ありませんよ?」
わかってる と涼介は困ったように笑った。
「社会人だからっていうのは当面の理由。単にオレが買いたかっただけだ。お前の好きな色を手にしていれば・・・いつもおまえが傍にいるような感じがするんじゃないかと思ってさ。だからお前にはその色をもらって欲しい」
ベッドに腰掛けた涼介はどこか恥ずかしそうにしている。
「でも、その色は涼介さんには似合いません」
照れ隠しなのか拓海はきっぱり言った。あまりにも言い切られてしまい涼介は苦笑する。
「オレは結構しっくりくると思うけどな」
「涼介さんはやっぱりこっちだの方が似合うと思います」
拓海は指紋一つない万年筆を箱から取り出した。
涼介の瞳の色に近い紺色は、部屋の窓から見える夜空よりキレイだった。
「お前のことだからオレをイメージして選んでくれるって思ってたよ。だからオレはこの色を選んだんだ。お前らしい色だよ。オレは好きだな。・・・この色は嫌いか?」
涼介は若草色の万年筆を目の前にかざした。
黄色よりの若々しい若葉の色からは涼しい風の香りさえしそうだ。決して嫌いなわけではない。
「ううん」
「だったら問題ないな。オレの手に拓海の色、お前の手にオレの色、そういうのもいいんじゃないか? 似合わなくなんかないぜ。・・・オレ達そのままみたいだろ」
「・・・・・・恥ずかしいこと言わないで下さいよ」
確かに、お互いの色をイメージしたのだから、万年筆を並べたら涼介と拓海のように見えるかもしれない。
(万年筆でこんな事思い付くなんて・・・やっぱ涼介さんてわかんねぇ)
恋人同士、相手を思い浮かべるアイテムは他にもあるだろう。アクセサリーや時計、キーホルダーや携帯ストラップなんかでもいい。お互いアクセサリーを着ける習慣はないのでそれはナシだろうけれど。
(でも・・・やっぱ嬉しいよな)
使う、使わないは別として、思いがけないプレゼントは嬉しいものだ。
「赤でも黒でも・・・例えピンクだったとしても、オレはおまえらしい色ならどんな色でも使う気だけど」
笑いながらそう言って、自分を見上げる拓海の額に唇を落とした。
「ホントだぜ」
涼介の声が一段と低いトーンになり、拓海の顔はみるみるうちに真っ赤になってしまう。
「こら、拓海」
枕元に箱を置き、逃げるように肌掛け布団の中に隠れた拓海を追いかけるように涼介もベッドに横たわる。けれど布団は拓海がしっかりと掴んでいて入り込めなかった。
「たまには使えよ? それに、あまり使わないでいるとインクが固まるから気を付けるように」
布団の膨らみを愛おしそうに撫でながら涼介は言った。
「・・・はい」
そう返事をしたけれど、仕事場で無くすと困るから家にしまっておくつもりだ。キズだらけになるのはイヤだし、インクが固まってしまうのだったら真新しいペン先のままでいいような気がする。
(それに、これ使って涼介さん思い出すんだったら何も書けるわけねぇじゃん・・・)
今だって、暇さえあれば涼介のことばかり考えているのに。
(1本2千円くらいかな・・・)
万年筆の相場は分からないけれど、一度に2本も買うのだからそれ程高価なブランドとかではないだろう。
(涼介さんの色を汚すのはイヤだし・・・机の中にしまっとこ・・・)
そんなことを考えているのが少し申し訳なくて、拓海は布団を解放して涼介を招き入れる。
「なんだ、そんなに嬉しかったのか?」
拓海が甘えるのは珍しいことなので、涼介は都合のいいように勘違いしたらしい。満足そうな顔をしている。
(う・・・・・)
ますます罪悪感にかられた拓海は広い背に両手を回すとギュッと力を入れた。
END
書いている内に口から砂を吐きたくなりました・・・しょぼいですか?
ちなみに涼介が購入した万年筆(イタリア製)は各色約15,000円です。涼介の金銭感覚には相変わらず付いていけない拓海・・・。
「・・・これでも安いヤツを選んだつもりなんだが」
と平気な顔で言う涼介が頭に浮かぶ・・・。
2004.09.03
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