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ブライダル・シーン
「ん・・・・・・」
三人掛けのソファに横になっている恋人が僅かに身じろいだ。
バサリ と顔を覆っていた雑誌が床に落ちる。その音に気付くことなく、寝息は規則正しく繰り返されている。
レポートの見直しをしている涼介を待つ間、眠気に我慢できなくて寝てしまったのだろう。気が付いたときには深く眠りについていた。
(・・・こっちに座って正解だったぜ)
本当は膝枕をしても良かったのだけれど、拓海は断固として首を横に振り素直に従ってくれない。次に横に並んで座ろうとしたのだが、今度は『涼介さんの邪魔になるから』と逃げる始末だ。
仕方なく涼介が一人掛けに座り、拓海には三人掛けを勧めた。それからまだ30分程度しか経っていない。
(まったく・・・)
大学に提出するレポートも重要だが、拓海と過ごす時間の方が重要かつ必要なモノだ。その貴重な時間を過ごすために早く完成させようとしていたのに。
(オレは睡魔に敵わないらしいな・・・)
時間に縛られることなくのびのびとしている様は拓海らしいけれど、正直寂しい。レポートが完成した時に笑顔で喜んで貰いたかった。あの瞬間は涼介にとっても非常に嬉しいモノだ。『これで心置きなく涼介さんに甘える事が出来ます』とは口にしてくれないものの、それらしい眼差しを向けてくれるのだ。
勿論、眠りから覚めた後でも見ることは出来る。けれど、涼介にとっては『今日は寝ないで待ってました』というシチュエーションもたまには味わいたいものでもある。しかしそれは今までに2回しかない。つきあい始めたばかりの頃の話だ。恋人になって数ヶ月、今ではすっかり気が抜けてしまうようで、拓海は無防備によく眠る。
(さて、起きる前に仕上げないとな・・・)
拓海の寝顔を眺めるているとつい時間の経過を忘れてしまう。下手をするとレポートが仕上がらなくなってしまいそうだ。
涼介は渋々諦めて、レポートの束を手に取り直す。
『・・・当サロンの人気デザイナーの新作をご紹介します。今年のウェディングドレスの流行は・・・』
ふと耳に入った声に涼介は顔を上げた。
付けっぱなしにしていたテレビの画面には目を奪うようなウエディングドレスを身に纏ったモデル達が映っていた。6月といえばジューンブライド。この季節だけにブライダルの特集だろうか。
スタイルの良い美女達が優雅にあるく姿は圧巻だ。素直に綺麗だと思う。けれどあくまでも見ただけの感想で、実際に結婚を迎える花嫁達には叶わないというのが本心だ。
『こちらは可憐さを追求したデザインになっております。無垢で純粋な花嫁の・・・』
(可憐な上に無垢で純粋って言ったらこいつだよな・・・)
チラリと拓海の寝顔を見て涼介は口元を弛ませた。
淡いピンクの花びらのモチーフ。それがドレスの裾だけではなく手袋の縁にまで施されたデザインのドレスは拓海のイメージとぴったり重なる。
(・・・こいつが着たら似合いそうだな)
拓海が知ったら怒るだろうけれど、涼介はこっそり想像してみた。ピンクの薔薇も霞草も、拓海のやわらかい印象と釣り合うだろう。まだ10代の拓海にはゴージャスなキャスケードブーケよりカジュアルなラウンドブーケの方が似合うかもしれない。白バラは勿論、レモンイエローやベージュのバラを束ね、グリーンのアイビーを遊ばせる。髪には同じ花を飾り、滑らかな唇はピンク系パールで艶やかに・・・。
(やべぇ、マジで着せたくなってきた・・・)
想像の中の拓海は涼介の願望のままに微笑んでいる。その唇と誓いのキスを交わすことが出来たらこの上なく幸せな気分を味わえるだろう。そしてキスの後、『今日から高橋拓海ですね・・・』と照れ臭そうに自分を見上げる拓海は目に涙を浮かべているのかもしれない。
(レポートどころじゃねぇな)
拓海が寝ているのを良いことに、涼介はより深く妄想の世界へと入り込んでいく。今の涼介を端から見たらさぞかしだらしない顔をしているだろう。けれど涼介は妄想を止めることは出来なかった。
「涼介さん・・・」
隣から眠そうな声がして、涼介の意識は現実の世界に引き戻された。テレビ画面はニュース番組に変わっている。視線はテレビに向かっていたのに番組が変わったことに全く気付かなかった。
「ニュース面白いですか?」
声の主は右目を擦りながら涼介を見ていた。怠そうに上体を起こす姿は子供のように愛らしい。
(いつから起きていたんだ・・・)
妄想に耽っている自分の情けない顔を見られていないことを祈りつつ、涼介はリモコンを押してテレビを消した。いつもの『カッコイイ涼介』の顔で拓海の傍に寄る。
「どうした? もう昼寝は終わりか?」
問い掛けから5秒くらいの間をおいて拓海はポツリと呟いた。
「レポート」
「ん?」
「レポート終わったんですか?」
この質問に涼介は慌てた。時計を見ると拓海が本を落としたときから20分近く経っている。レポートはその時から全然進んでいない。20分もの間、拓海の花嫁姿を想像していたのだ。
「いや、まだあと少し・・・」
待っていてくれる拓海に申し訳なくて、涼介の声は自然と小さくなってしまう。それに気付いた様子もなく、拓海はぼんやりと涼介を見ている。そして
「じゃあオレ寝ます・・・おやすみなさい・・・」
とポツリポツリと言うと、ゴロンとソファに横になってしまった。両側の肘掛けに頭と両足のそれぞれを預け、体制を整えてから瞼を閉じる。どうやら爆睡モードに入ってしまったようだ。
「・・・寝言だったのか?」
(AV観てるのがバレそうになった亭主みたいな気分だな・・・なんだか後ろめたいぜ・・・)
スヤスヤと幸せそうな顔で眠る拓海を眺めながら、変な気分になった涼介だった。
END
涼介のことだから結婚指輪は勿論、ペアで高級時計(ブライトリングとか・・・)を用意しそうですね。
さすがに拓海にウェディングドレスは着てもらえないと思うよ・・・。
2004.08.23
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