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星に願いを・・・
最近の涼介は変だ。
どこかぼんやりとしているかと思えば、変に強引だったりもする。
今は久しぶりのデートの最中だけど、やっぱり何かおかしい。遠くをぼんやり眺めては、深い溜め息をついている。
こんな涼介は珍しくて、拓海は気になってしょうがない。
「涼介さん、悩み事でもあるんですか?」
拓海は思い切って訊ねてみた。
自分と居ることで涼介の体調が崩れては心配だ。外出なんかやめて家でゆっくり寝かせてあげたほうがいいのではないかとも思う。
・・・ひょっとしたら一緒にいるのがイヤになったのかな・・・
ネガティブな所のある拓海の思考はどうもマイナスになりやすい。それでも涼介がイヤにならない限りは近くにいたいと真剣に思っている。
「いや、まぁ、悩み事というか・・・」
涼介の返事は曖昧だった。展望台の手摺りに体重を預けて、眼下に望む夜景を眺めている。
寂しげな涼介の背中を見ているのは辛い。こんな背中を見ることは滅多にないけれど、自分が原因だったら涼介の前から消えてしまいたいと思う。
拓海はしばらく考えて、普段から考えていることを口にした。
「・・・あの、オレと居るのがイヤならそう言って下さいね。オレ、覚悟なら出来てますから」
振り返った涼介は一瞬驚いた顔をしていた。
「何言ってるんだ?」
「だって涼介さんがオレなんかと付き合ってくれただけでも嬉しかったし・・・」
「藤原?」
「だから、そんなふうに悩まないで下さい」
強気を装って笑ってみたけれど、顔が引きつっただけかもしれない。そんな拓海に、涼介は痛いくらい真剣な眼差しを向けている。
「・・・お前勘違いしてるぜ。誰がお前と別れたいなんて言うんだ」
やっと手に入れたのに、と涼介は俯く拓海の肩に腕をまわす。夜風に当たって冷えた体に涼介の体温が暖かい。
「オレはお前と離れたくないんだ」
甘く耳元で囁かれる。
・・・嫌われてなくて良かった・・・
涼介からの愛の囁きは何度聞いてもドキリとする。落ち込んでいるときも疲れているときも、涼介の一言で救われる。
嬉しくて、拓海は素直に呟いた。
「・・・オレもですよ」
暗闇の中には人影はない。満天の星空の下、世界には二人しか居ないような錯覚に陥る。
涼介は風のように拓海の唇を盗んだ。
「・・・誰か見てたらどうするんですか・・・」
「誰もいないよ。それに、オレは見られても全然構わないんだがな」
不適な笑みを浮かべる涼介を、拓海は赤く染まった顔で見上げた。いつも通りの強気な涼介が一番好きだ。
「お前を家に帰さなきゃいけないと思うと・・・気分が沈んでしまってな。お前といる時間は一分一秒でも大切にしなきゃいけないのに・・・すまない。心配かけたな」
「涼介さん・・・」
素直に言葉に出来ない拓海は涼介のシャツの裾をギュッと握る。高そうなシャツがシワになっちゃうかなとも思うけれど、涼介なら許してくれるだろう。
「拓海、別れる覚悟なんかするなよ。そんな馬鹿なこと考えないで一生オレと別れない覚悟をしろよ」
「・・・うん」
豆腐の配達さえなければ涼介と一緒に過ごす時間をもっと持てるのに。
何度そう考えただろうか。
けれど父親から配達を任されていなければ涼介と出会うことはなかったのだ。恨むのではなく感謝しなければいけないだろう。
涼介だって多忙な日々を送っていながら会える時間を作ってくれて、自分は本当に幸せだと思う。
これ以上望んでも仕方ないと分かっているから、涼介と会っているときは余計なことは考えないようにしている。涼介もそういう考え方だと思っていたけれど・・・。
隣で眠っている涼介の顔を覗き込む。
拓海は抱きしめられるように涼介の腕の中にいるので、顔を見上げる形になるのだが。
綺麗な顎のライン。伏せた長い睫毛。汗で額に張り付いた黒い髪。すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇。
どれを見てもドキドキする。
・・・こんな完璧な人なのに、悩むこともあるんだな。
数日前のデート。あの時の涼介の言葉が気になって頭から離れない。いつの間にか涼介の悩みは拓海の思考を占領していた。
涼介が悩むほど自分に価値があるとは思えない。拓海にとって涼介は雲の上の人で、今の関係は今でも夢のように感じるのに。
つきあい始めて4ヶ月。Dのミーティングの後は当たり前のように二人でホテルに入るようになっていた。勿論、その日の配達は父親の番だ。隠れ忍ぶ涼介との恋は確かに制限されているけれど、こればかりはどうしようもないし、僅かな時間だけでも涼介を独り占めできるから拓海には充分幸せに思えた。
欲を言えば尽きないけれど。
「どうした、眠れないのか?」
いつ目が覚めたのか、今度は涼介が拓海の顔を覗き込んでいた。
「・・・うん」
「まだ足りない?」
少し掠れた声はこれ以上ないくらいに色っぽい。至近距離で聞かされては拓海の体が火照るのは当然のことだ。それでも、もう3個のスキンを使った体は正直言って怠い。
これ以上されるのはゴメンだと言わんばかりに拓海は首を左右に振った。
「・・・っ、違いますっ」
慌てる拓海が面白いのか、悪戯っぽく笑う涼介は普段通りだ。
いつの間にか立場が逆になっているのがどことなく勘に触って、拓海の唇は自然に尖ってしまう。
「・・・・・・この前の話ですけど、あんな事で涼介さんが悩むなんて、なんかおかしいです」
「あんな事なんかじゃない。オレにとっては重要だぜ」
「でも・・・」
「お前とずっと一緒にいたいんだ。朝起きて、夜眠るときも、いつだって隣にいて欲しいと思う。一度そう考えちまったら止まらなくなった」
こんなオレはおかしいか?
額に降る柔らかい感触。涼介のキスはとても優しい。
「ごめん。お前と一緒にいる時間はもっと大切に使わなきゃいけないのにな」
「・・・・・・涼介さん」
「いつか一緒に暮らせたらいいな」
「・・・・・・・・・」
涼介の言葉はとても嬉しかったけれど、拓海には叶わない夢に思えて返事をすることが出来なかった。
更に数日後。
大学での実習を終えた涼介と、高崎駅で待ち合わせた。今日は平日だが不規則な拓海の仕事は休みで都合がいい。賑やかな休日よりも人気の少ない平日の方が人混みの苦手な拓海にとっては出歩きやすいのだ。
目的地のデパートに近い駐車場にFCを停め二人は歩き出した。
「暑いな・・・」
「そうですね・・・」
アスファルトの上は気象庁の観測値よりもはるかに高い気温なのだろう。ただ歩いているだけなのに体中に不快な汗が流れる。いつにない猛暑のせいで二人の間にも会話は少ないが、それもデパートに入るまでの辛抱だ。
「あ、涼介さん、あそこ・・・」
拓海の指した先には人集りがあった。そこはデパートの入り口で冷房の風が歩道に吹き出してくるのだが、人々は涼んでいるだけではないらしい。
「笹の葉・・・七夕だな」
誰もが3メートルは優にある笹を見上げていた。ひらひらと風に揺れる短冊は風鈴のように涼しげだ。
「涼介さん、ちょっと行ってみませんか?」
もしかしたら・・・と、拓海は涼介の手首を掴み人集りの方に歩いていく。
「あ、やっぱりそうだ」
色とりどりの長方形の画用紙と黒のペン。拓海の思った通り、希望者は短冊に願い事が書けるようだ。デパートには涼介の買い物に付いて来ただけだけれど、思わぬ催し物があって良かった。
「七夕って7月7日ですよね・・・今日って何日でしたっけ?」
「おいおい、今日がその七夕だぜ」
「あ・・・そっか。オレ、曜日は把握してるんだけど日にちはあまり気に止めないんですよ」
「はは、拓海らしいな」
群がって願い事を書いているのは殆どが若い女か子供だった。他人事のように眺めている涼介の前で、拓海は一枚の短冊を手に取った。
「オレも書いても良いですか?」
涼介は一瞬意外そうな顔をしたけれど、手近にあったペンを取って渡してくれた。
「えーと、恥ずかしいんで、涼介さんはちょっと離れていて下さい」
「どうして?オレが見たらマズイことなのか?」
「そんなことないですけど・・・」
「わかった」
恥ずかしそうにしている拓海の頭をポンポンと叩くと、涼介は人垣の後ろに消えて行った。
拓海は屈んで長机に向かう。
・・・・・・子供に混じってる拓海も可愛いな・・・
長身の涼介は人垣越しに愛しい恋人を眺めていた。社会人一年目の拓海は、まだどこか少年らしいあどけなさを残している。一体何を書いているのか気になるけれど、拓海の為ならどんな願い事でも叶えてあげたいと思う。
「涼介さん、お待たせしましたっ」
願い事は既に決まっていたのか、ほんの2,3分で拓海は戻ってきた。
「一体なんて書いてきたんだ?」
涼介の問い掛けに拓海は照れたように笑った。
「今受け付けた分は15分後に飾り付けしてくれるそうです。それまで内緒にしておきますね」
「そうか。楽しみだな」
拓海は滅多に願い事を口にしない。それどころか日常生活上の些細なこと・・・『のどが渇いた』程度のことでもギリギリまで我慢する。頑固で恥ずかしがり屋な拓海は、恋人である涼介にさえ遠慮ばかりしている。
短冊が飾られたとき、気が変わったから見るなと言われても耳を貸さないことにしようと涼介は思うのだった。
「やっぱり外は暑いな・・・」
冷房の効いた店内との差が大きすぎて、涼介は疲れ切った溜め息をついた。
今日の目的でもあった涼介の買い物を終えた二人は冷房の風と生暖かい外気が混合するデパートの出入口に立っていた。
「凄い人集りだな」
「さっきよりも多いみたいですね」
拓海が短冊を書いたのはほんの20分前のことだ。今では親子連れよりも若いカップルの方が多い。きっと授業の終わった高校生達が殆どなのだろう。
「オレの、どこだろ」
拓海が笹を見上げて目を細めた。
「これだけ数が多いと探すのも大変だな」
実は涼介の頭の中は買い物をしている最中でも『拓海の願い事』が気になって仕方なかったのだが、そんな素振りは微塵も見せずに我慢していた。解禁された今、涼介の目は獲物を探すように色とりどりの短冊を移動していく。
「たしか藤色だったよな」
「涼介さん、あれ、あの短冊・・・枝の先の方のやつ」
拓海の指差した先には朝顔を思わせる淡い藤色の短冊がひらひらと揺れていた。
「もう、読んでも良いですよ、短冊」
そう言ってにっこり笑う。こんなに明るく笑う拓海は珍しい。
・・・イタズラ・・・とかじゃねぇよな・・・
短冊に目を向けた涼介は、そこに書かれたぎこちない文字を見て固まった。
大好きな人といつか一緒に
暮らせますように
拓海
「拓海・・・」
傍らで俯いている拓海を呼ぶ声が、少し震えていた。
まさか自分が望んでいることを書いてくれるとは。涼介は嬉しくて大声を出して喜びたい気分だ。
「願い事、一緒に叶えましょうね」
涼介を見上げた拓海の顔は日焼けしたように真っ赤だった。同棲は結婚とは違うけれど、プロポーズされた女の気持ちがなんとなくわかった気がする。
「・・・そうだな。一緒にな」
これだけ人が多ければ気付かれる心配はないだろう。涼介はさり気なく拓海の手を繋いだ。
「・・・あ・・・」
一回り大きな涼介の手に包まれた拓海の右手は一瞬躊躇した後、指を絡めて握り返してくれた。普段だったら拒絶されるのに。 拓海のいつにない行動に、涼介はドキリとする。
「オレだって、いつも一緒にいたいって思ってるんですよ」
「拓海・・・」
あまり愛の言葉を囁くことのない恋人。
だからこそ言ってもらったときは重みを増して感動すらしてしまう。
「本当はここで抱きしめてキスしたいくらいなんだが。・・・後に取っておくよ」
目を細めて笑う涼介の笑顔は、今まで見たことのない綺麗な微笑みだった。
END
珍しくオセンチな涼介と乙女な拓海。
拓海は勉強苦手そうなので、字はあまり上手ではなさそう。でも、丸文字とか可愛い感じで書いていそうだ。
2004.07.27
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