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携帯電話






ふと夜中に目が覚めた。暗闇の中、枕元の目覚まし時計を手探りで見つけ、半開きの瞼を持ち上げて確認してみる。
時計の針は午前0時を廻ったところだった。

・・・最悪

今日の配達は父の番で、心置きなく眠りについたというのに。
開いてしまった目はまだ重く、拓海はしばらくの間ぼんやり闇を眺めていた。

・・・涼介さん、今何してんだろ・・・

目覚まし時計とは反対側の枕元に手を伸ばして携帯電話を握る。

・・・まだ慣れないな・・・

いつ涼介から連絡が入っても良いように、必ず枕元に置いて眠っている自分。昔だったら携帯電話を持つことも考えられなかったのに。
不揃いな天井の木目を眺めていた拓海はそっと目を閉じ、携帯電話を持つことになった経緯を振り返った。

                             ◆◆◆


「Dの連絡をするのに不便だろ?」
そう言う涼介に連れられて、色とりどりの電話が並ぶ店に入った。
涼介と二人で出かけることは初めてだ。自宅まで向かえに来てくれた涼介の白いFCに乗るときも、乗っている間も、そして今も、自分の心臓はドキドキし続けている。
・・・すっげぇ緊張する
涼介と一緒だというだけでドキドキするのに、無縁だった店に入ったのだから尚更緊張する。
しかも、携帯に対して興味など持ったことのない拓海には、どの会社のどの機種を選んだらいいかさっぱり分からない。そもそも電話さえ出来ればいいのだから、形や色、画面の大きさやデジカメ機能なんか付いていなくても構わないと思う。
・・・メールとかって便利なのかな・・・
そう言えば高校卒業後すぐにイツキが携帯を買った。
『メールのやり取りしたいからお前も買えよぉ』と誘うイツキに『メールなんか使う必要あるかよ。それって便利なわけ?』と何気に答えた。イツキは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして『おいおい拓海ぃ、電話に出なくてもメールで連絡取れるんだぜ。便利に決まってるだろー』と大笑いした。それからスタンドでの空き時間の度にイツキは分厚い説明書を隅々まで読んでいた。あの光景を思い出す。
もう1ヶ月以上前のことだ。
・・・オレももう社会人なんだよな。やっぱ携帯とか持ってた方がいいんだろうな・・・
スタンドに行けば会えるイツキはともかく、忙しい涼介と社会人の自分が連絡を取り合うのは難しいだろう。そう考えるとメール機能は役に立ちそうだ。
「藤原はこだわりとかあるのか?」
目に付いた機種を手に取って開いたり畳んだりしていた拓海は、涼介の問いかけに振り返った。
涼介のことを考えている最中だっただけに、顔を見ることが出来なくて俯いてしまう。
「いえ・・・電話さえ繋がれば何でもいいです・・・あとメールできれば・・・」
「そうか」
涼介の声は楽しそうだ。視線を上げてみれば涼介は笑っている。拓海はいたって真面目に答えたつもりだったが、どういうわけか涼介はおかしかったらしい。
「あの、何か変なこと言いました?」
「いや、藤原らしいと思ってさ」
涼介は笑顔のまま拓海が手にしていた機種を受け取った。
「それじゃあオレがいくつか選んでやるよ。その中から選べばいいよ」
そう言って涼介はカタログを片手に次々に機種を手に取っていく。
・・・涼介さん、面倒見いいんだな・・・
あの啓介の兄だからだろうか。わざわざ店員にまで質問して、細かい機能とか訊いてくれた。それでも拓海には決めることが出来ない。
結局、涼介が「これが藤原らしいかな」と選んでくれた。
しかもボディカラーや料金プランまで任せきりで、拓海は恥ずかしくて帰りたくなってしまう。
「やっと決まったな」
涼介の苦笑いが心臓に痛い。ひょっとしたら呆れられてしまったのかもしれない。
「あ、書類くらい自分で書きますから!」
気付けばボールペンを手にした涼介が契約書類に記入している。どういうわけか藤原家の住所や電話番号まで記入済みだ。涼介の頭脳はどうなっているのだろうか、とんでもない記憶力だ。
「あ!」
よくよく見れば料金引き落とし欄に涼介のものらしい口座番号まで記入してある。口座名はやはり 高橋涼介 になっている。
拓海は慌てて書類とボールペンを奪い取った。
「何ですか、コレ!」
拓海が指した箇所を見て、涼介は平然と答えた。
「オレの口座番号だが?」
「見れば分かりますよ!そうじゃなくて、カネは自分で払いますっ」
携帯自体高いのに、月々の料金まで涼介の世話になるわけにはいかない。自分はれっきとした社会人なのだから。
「だが、買おうと言ったのはオレだぜ?」
「使うのはオレです!すみません、新しい紙下さいっ!」
Dの責任者とドライバーという関係を知らない店員は、二人の言い争いに首を傾げながらも新しい書類を拓海に差し出したのだった。


ショップからDのミーティング会場となる高橋邸に向かうとき、二人きりのFCの中で涼介が言った。
「藤原・・・出来ればその・・・個人的に連絡を取りたいんだが・・・携帯に電話しても構わないだろ?」
「え?」
携帯電話は拓海の腕の中にある。
結局本体を涼介がプレゼントする形になり、月々の使用料は持ち主である拓海が払うことになったのだ。涼介はかなり不本意に思うらしく、説得するのに時間がかかった。
本体だけでも2万以上したのに他人のために平気でそんなお金を払うなんて理解不能だ。金持ちの道楽なのだろうか。
涼介の質問に答えるどころか、涼介の頭の中が気になって拓海は即答できない。
そんな拓海の様子に業を煮やしたのか、少し苛ついた様子で涼介は拓海を見た。
「電話、ダメなのか?」
「え・・・あの・・・」
拓海は再び腕の中の紙袋に視線を落とした。袋の中にはしっかりとした箱が入っている。高価な電話をすぐに使うのが勿体なくて箱に入れたまま、ずっと抱きしめていたのだ。
「D以外でもお前と話がしたい」
進行方向に視線をずらしポツリと言う涼介の横顔からは表情が読みとれない。
「はぁ・・・勿論良いですよ」
なんだか意味深に感じるけれど、この電話は涼介が買ってくれたものだし、涼介からの連絡を拒む理由は思いあたらない。どちらかと言えば嬉しく思う。憧れの涼介が電話をかけてくれるなんて、夢のようだ。
そんな風に考えているのを涼介に知られるのは恥ずかしい。
「お前からもかけてくれよ」
涼介は赤く点灯する信号から拓海に視線を移して笑った。
それを正視していられなくて、拓海は腕の中の箱に目を落とすだけだった。


高橋邸に着いたFCはガレージに収まる。
「携帯、貸してくれるか?」
唐突に涼介に言われ、拓海は箱から真新しいシルバーの電話を取り出した。まだフルに充電されていない電話の電源を恐る恐る入れ、涼介に渡す。
受け取った涼介は無言のまま慣れた手つきでボタンを押している。
何をしているのだろうと涼介の手元を伺うけれど、ドキドキしてあまり近付けない。
「お約束かもしれないけど」
そう言って顔を上げた涼介は、携帯を拓海に返しながらふわりと笑った。
「1番に登録させて貰ったよ。オレの番号とアドレス」
「え・・・」
「イヤなら2番でも良いけど?」
「いえ・・・嬉しいです・・・」
憧れの人の番号を手に入れて、それだけでも嬉しく思う。
それに涼介はこの携帯を買ってくれた人なのだ。1番は当然だろう。
「じゃあオレも藤原を1番にしないとな」
そう言いながら涼介は自分の携帯電話のボタンを押している。
・・・お、オレが1番?
拓海は驚いたけれど、理由を尋ねることは出来なかった。
涼介には特に深い意味はないのかもしれない。ひょっとしたら拓海への社交辞令的なモノで、あとで書き換えられてしまうかもしれない。
それでも、僅かな時間でも、自分が涼介の1番に登録されるのは光栄だ。
・・・手慣れた仕草も格好いいな・・・
涼介の綺麗な指先を眺めていた拓海の胸に小さな疑問が涌いた。
「でも、1番の番号の人に悪いです」
彼女とかじゃないんですか?
拓海の質問に涼介は笑った。
「そんなのいないよ。1番は自宅だったしな。自宅の電話番号くらい頭に入ってるわけだし、削除しても構わないくらいだ」
「それなら良いですけど」
・・・そうか・・・涼介さんには彼女がいないんだ・・・忙しい人だもんな、そんなの作ってる余裕なんかないんだろうな・・・
涼介がフリーだと聞いて、どういう訳か清々しい気分になったのだった。


                             ◆◆◆


手の中の携帯電話が突然震えだした。
再び眠りに付こうとしていた拓海の意識は、自分でも驚くほどはっきりと目覚める。
・・・涼介さんだ!
携帯の画面には『高橋涼介』表示されていた。携帯を買ってもらってから何度か涼介から電話が掛かってきたけれど、いつも拓海が寝る前のことだった。
こんな時間にどうしたのだろうか。
「もしもしっ」
上半身を起こし慌てて出ると、電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。低くて甘い、涼介の声。
『悪い、寝てたか?』
「いえっ」
『藤原はウソが下手だな。声が上擦ってるぞ。・・・今日は配達じゃないのか?』
「いえ、今日はオヤジの番なんです」
『そうか・・・それなら電話していても構わないな』
「大丈夫です」
『藤原はこの時間、いつも寝てるのか?』
「はぁ、だいたいは」
本当は毎日この時間は熟睡している。正直にそう言えばいいけれど、子供染みていて涼介に呆れられてしまうのもイヤで言えない。
「あの・・・何か用事ですか?次のミーティングのことですか?」
『いや、Dとは関係ないよ。ちょっと個人的に話したいことがあって・・・さ』
「何ですか?」
涼介が”個人的に”と電話をくれたのは初めてではない。啓介の話や大学でのことなど他愛もない話もあった。今回もそんなことだろうと思っていた拓海は、意外なセリフを涼介の口から聞いた。
『ついさっき大学のレポートが終わったんだ。そしたら藤原の声が聞きたくなって』
「え・・・オレの?」
驚いた拓海を気に止めた様子もなく、涼介は続ける。
『こんな時間にかけるのもどうかと思ったんだが、迷惑だったか?』
「そんなことないですけど・・・」
『どうだ?少しは携帯の扱いに慣れたか?』
「いえ・・・あんまり使ってないから・・・」
さっきの言葉は聞き間違いではないはずだ。あまりに意味深で、どうして自分の声なんかを聞きたくなったのか訊ねたいけれど・・・恥ずかしくて出来ないし、ひょっとしたら涼介の言葉のあやかもしれない。
『お前は付き合ってるヤツ、いないのか?普通携帯で話したりするだろう?』
「そっ、そんなのいないですっ」
『お前、モテそうだからな・・・』
「モテませんよっ」
『案外、携帯の1番に女の名前が入っていたりして』
「そんなわけないじゃないですかっ。まだ涼介さんしか入ってないし・・・」
1番は涼介のままだし、イツキや池谷の番号すら、買ってくれた涼介に申し訳なくて入力していないのだ。
それなのにそんな言いがかりをつけられては、例え涼介でも勘に触る。
「・・・用事ってそんなことですか」
『怒るなよ。藤原に彼女がいたっておかしくないだろ?・・・まぁ、でも、仕事しながらDなんかやってたら女なんか作ってられないな。オレと一緒だ』
「でも・・・涼介さんだって好きな人とかいないんですか?」
格好良くて頭が良くてお金持ちの、何もかも完璧な涼介にだってそれくらいいそうだ。どちらかと言えば告白される方が圧倒的に多いのだろうけど。
『藤原は?』
逆に訊かれてしまって返答に困る。
好きな人・・・考えても頭に浮かぶのは今電話の向こう側にいる涼介しか浮かばない。けれど涼介は男だから、好きというよりも憧れの人と言うべきなのだろう。
「オレは別に・・・そんなのいないです」
『オレはいるけどな』
さらりと涼介は言った。
涼介とはまだ付き合いが浅い自分がこんな話を聞いてしまって良いのだろうか。
かなりプライベートなことを喋っているような気がする。涼介は啓介や史浩とこういった話をしないのだろうか?どうして涼介はそんなことを大して親しくもない自分に言うのだろう。
「あの・・・恋愛相談されても、オレには何も言えませんけど」
何しろ恋愛経験が乏しいのだ。年上で大学生の涼介にアドバイスなんか出来るわけがない。
「涼介さんなら告白しても大丈夫ですよ。絶対OKもらえます」
涼介の告白を断る女がいたとしたらかなりの愚か者だ。力説する自分はおかしいけれど、涼介を振る女なんかいるわけないと思うのだからしょうがない。
『そうかな』
「そうですよ」
『じゃあ告白してみようかな』
「頑張って下さいね」
涼介に彼女が出来たらこうやって電話をかけてくれることもなくなるだろう。忙しい時間を縫って、デートだってしなくてはいけないだろうし。
そもそも涼介との関係はDで保たれているのだからそれも仕方がない。涼介のためだ。
・・・でもちょっと寂しいな・・・
寂しい、の一言では済まないような気もする。ここのところ拓海の日常の中に涼介は大きく存在していた。携帯を貰う前から気になっていたけれど、電話で話すようになってからはますます心の割合を占めていたのだ。
『あのな、藤原・・・』
「はい?」
『オレと付き合わないか?』
「え?」
『恋人になって欲しい。お前が好きなんだ』
「・・・えーと」
話の流れが急に変わって頭の中がついていかない。それでも思い付いたことを口にする。
「これって告白の予行練習ですか?オレ、男だから女の気持ちなんてわかんないですけど・・・」
電話の向こうで フ、と笑われた気がする。
『違うよ。正真正銘、お前に告白してるんだが・・・』
涼介の言葉の意味が分からなくて、しばらく閉口してしまう。
何秒か考えてみてもやはり冗談だとしか思えなくて、拓海はごく普通の反応をするしかなかった。
「うそ・・・でしょ?」
『嘘じゃない。オレはお前が、藤原拓海が好きなんだ。藤原はオレのことどう思う?付き合ってくれるのか?・・・返事を聞かせてくれ』
捲し立てるような涼介のセリフ。その声はDで指示を出しているときと同じように真剣だ。
そもそも涼介が嘘や冗談を言っているところを見たことがない。啓介の軽口に受け答えはするものの、いつだって人を傷つけるようなことは言わなかったはずだ。
だからこれは、本当の気持ちなのだろう。・・・多分。
「そんな・・・あの・・・本当に?」
『好きだよ、藤原が好きだ』
綺麗な低い声が、まるで他人事のように遠いどこかから聞こえる。
それでも心臓はバクバクと音を立て、体は火照っているのだから、心は涼介の告白を受け入れているようだ。
・・・夢なんかじゃないんだ・・・
窓から射す街頭の淡い光に照らされた自分は、顔だけでなく体中まで赤く染まっているだろう。。
「でも・・・オレ・・・男だし・・・」
『それでもお前が好きなんだよ』
現実なのだと分かっていても、あの涼介が、と思うと信じられなくて、また確認してしまうけれど、涼介の告白が覆されることはなかった。
『お前が男だとか女だとか、そんなのは関係ねぇよ。藤原だから好きになったんだよ。ひょっとして藤原は・・・オレが気持ち悪くなったのか?』
「気持ち悪くなんかないですっ」
涼介が同性愛者というのは驚きだけど、軽蔑なんか出来ないし、涼介は涼介だ。それに・・・好きだと言われて心地良く感じている。
「ただ・・・ビックリして・・・」
『良かった。嫌われたらどうしようかと思ったぜ。・・・ああ、もうこんな時間か。これ以上喋っていたら藤原の仕事に響くな。・・・返事はいつでもいいから携帯にかけてくれ』
「え、あ・・・はいっ」
『それじゃ、おやすみ』
「おやすみなさいっ」
突然の告白の後、最後は涼介のペースに呑まれて電話は切れてしまった。最後は有無を言わさず一方的に切られたようにも思える。今すぐ返事を聞こうと思えば出来たのに。
ひょっとしたら涼介は照れていたのだろうか。
それとも告白を断られるかもしれないと脅えていたのだろうか。
「どうしよう・・・」
ツーツー・・・という虚しい電子音を聞きながら、拓海は手の中の携帯電話を見つめた。
次に涼介と電話をするときは自分からかけなければいけない。Dのミーティングは明々後日と決まっているから告白の返事だけが課題のように残ってしまった。
「断れるわけ・・・ないじゃん・・・」
憧れの涼介に対して恋愛感情があるか分からないけれど、もっと涼介に近づけるのなら喜んでOKする。付き合う、ということが普通の男女の関係と同じだったとしても涼介を拒むことは出来そうにない。
出会ってからずっと頭の中は涼介のことで一杯だった。
差し出された手を断る理由なんか何もないのだ。
「電話か・・・」
涼介はレポートが終わったと言っていた。今すぐかければ涼介の邪魔になることはないだろう。
けれど、躊躇してしまう。
もともと電話をかけることは苦手なのだが、こんな大事な話を電話で済ませてしまって良いのだろうか、とも思うからだ。
「でも涼介さん、待ってるかもしれないし・・・」
涼介の立場になって考えてみる。
自分だったら告白の返事を待って携帯を握り締めているだろう。すぐに返事が来なかったら、眠れない夜を過ごすことになりそうだ。
「・・・よし・・・」
拓海は1件しか入力されていない番号を呼び出すと、震える指で発信ボタンを押したのだった。





                                                     END






またも告白ネタになってしまいました。
しかも涼介がちょっと弱腰です。

思っていた以上に字数が多くなってしまいました。読み辛いですよね(-_-;)


2004.06.19

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