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天才と呼ばれる人は
涼介は頭が良い。
けれど時々理解できない行動をとるから不思議だ。
ナントカと天才は紙一重と言うけれど、涼介はどちらよりなのだろうか。
それに、涼介の男としての本能はどんななんだろう。
拓海にとって涼介は未知の人だ。
「あ〜アニキは以外とムッツリだと思うぜ」
涼介の弟である啓介が缶ビール片手に言った。その言葉に拓海は慌てる。
「もう!そんな大きな声で言わないで下さいよっ」
高橋邸の広いリビング。
啓介の言葉にその場に居た全員が静まり返っていた。
今日はDのミーティングと称した飲み会で、大学に閉じこもっている涼介に内緒で行われていた。
憧れの涼介が居なくて残念だけれど、いないほうが気を使わなくていい。拓海は少し残念に思いつつも発起人の啓介に誘われるまま、高崎に来ていた。
未成年の拓海が手にしているのはフルーツカクテルだ。ビールは父親に付き合って時々飲んでいるし嫌いではない。でもまだビールを飲み慣れない拓海にとって飲みやすいのはやはりこっちだ。ついさっきはチューハイ、その前はサワー、せっかく会費でいろいろな種類の酒を買ったのだから試さなくては損だと思う。
一人でぼんやりしていた拓海が隣に座る啓介に尋ねた。リビングには立派なソファがあるというのに全員フローリングの床に座り込んでいる。
「涼介さんて、啓介さんと似てませんよね」
この一言が始まり。
「なんだよ、オレの方が格好いいってか?」
照れるじゃん、と頭をかく啓介。
「違いますよ、そんなんじゃなくって」
拓海にとって高橋兄弟は二人とも格好良くて雲上人のように思える。どっちの方が格好いいか訊かれたら拓海の好みで判断される。・・・それは言葉に詰まるまでもなく、兄の涼介だけれど。
「啓介さんはスケベそうだけど涼介さんは淡泊っぽいなぁって・・・そういう話です」
「あ〜?藤原、なに、エロさの比較してんの?」
ニヤニヤと、けれど瞳を輝かせて啓介が拓海の顔を覗き込んだ。
「だって二人とも経験多そうだから・・・」
変な質問しちゃったな・・・拓海はアルコールで染まった顔を更に赤くして俯いた。
「お年頃な考えだなぁ」
啓介は缶ビールを床に置くと新しいタバコに火を点ける。
「実際の所どうなんですか?」
「実際って言われてもな・・・。藤原はオレの方がスケベって思ってるんだろ?」
「違うんですか?」
「アニキに四六時中くっついてるわけじゃないし・・・アニキの性生活なんかホント知らねぇけど、女とデートとかホテルとかそんな時間なさそうだし、経験じゃぁおれの方が多いんじゃないかな」
ひーふーみー・・・過去に付き合った女の人数だろうか。啓介は考えながら指折り数えていく。両手の指全てを立てたところで、だらしなく顔を緩めた。
「それにさ、オレってテクニシャンだからな〜」
あれやこれなんか使うとますます燃えるんだぜ と、アダルトグッズの解説を始める啓介も少し酔っているのかもしれない。
「なぁ、藤原。モノは試しって言うかさ、オレと一回やってみない?」
「はぁ?何をですか?」
「セックスだよ。絶対満足させてやるって。そうだ、今晩なんか・・・さ」
酒を飲んでも顔に出ない啓介の頬が何となく赤くなったけれど、拓海は気付かない。
「何言ってんすか」
くだらない冗談だと、表情を変えずに拓海はあっさりと一蹴した。
「・・・・・・」
「じゃあ涼介さんには彼女とかいないんですか?」
しかも、どうやら拓海の興味は涼介に移ったらしい。
・・・それとも初めからアニキにしか興味ねぇのか?
啓介は拓海のことを気に入っているので、セックスの誘いもかなり本気だったのだ。
アルコールの力も働いて、ジェラシーという感情が啓介の心の中に発生した。
「さぁ?長いことそんな話聞かねぇな・・・」
これは本当のことだけれど。涼介はプライベートなことはあまり話したがらないのだ。
「ふぅん」
拓海の返事はいい加減だが口元が嬉しそうに弛んでいる。それが余計に勘に触った。
「なに、藤原ってアニキの彼女にでもなりたいわけ?」
「そんなんじゃないです!」
「あーやめとけやめとけ」
「なにがですか!」
ムキになって反論する拓海の姿は、正直言って面白くない。
いつもこの手の冗談は軽く流しているのに。
・・・やっぱ面白くねぇ・・・
「あ〜アニキは以外とムッツリだと思うぜ」
以外とハズレじゃないかもな、と啓介は拓海の心を乱すようなことをワザと言ったのだ。
「え!涼介さんがムッツリ!?」
拓海とは啓介を挟んで反対側に座るケンタが、二人の会話に凄い勢いで食いついてきた。左腕に絡んでくるケンタに気を取られて、肝心の拓海の表情を伺うことが出来なかった。
「ばっか!離れろケンタ!暑苦しいんだよっ」
紫煙をケンタの顔めがけてワザと吹きかける。
「げほげほっ・・・なにするんスかっ啓介さんっ」
苦情を言いつつ嬉しそうなケンタが必要以上に腹立つ。
「お前は黙ってろ」
ケンタを押しのけて拓海に向き直る。拓海はフルーツカクテルの缶を口に当てたまま黙っている。
啓介の言葉にショックを受けたのだろうか。
「いや・・・バカと天才は紙一重って言うからな・・・あんだけ頭の出来が良いとアッチ方面は凄ぇんじゃねぇかなって。上手い下手はとにかくさ」
「啓介さんの方が上手いっすよ、きっと!」
空気の読めないケンタの声につい啓介も声を荒げてしまう。
「お前は黙ってろって!」
「いや〜あながちハズレではなさそうですね」
テーブルを挟んで啓介の向かいに座る松本が顔を上げた。ケンタの騒ぎの所為で話を聞かれてしまったのだろう。メカニック達も口を揃えて賛同する。
「時間がない人だからなぁ、空き時間の妄想力は半端じゃないかも」
「あの集中力は人外ですからね」
確かに涼介の集中力は計り知れない。眠ると言ったら速攻で眠りに落ち、指定時間までは何をしても起きない。パソコンに向かえば求めるデータをはじき出すまで誰の問いにも耳を貸さないときもある。
面々はここぞとばかりに盛り上がっている。
「天才のアッチ方面かぁ」
「興味ありますね」
内容はともかく周りが盛り上がることには啓介もまんざらではなく思う。でも、肝心の拓海は俯いたままで表情は分からない。
・・・ここで爆弾発言でもかましてやるぜ
「女がいない間はオナニーの天才ってか?」
啓介は見事低俗なセリフを吐いた。
素面だったらシカトされたかもしれないが、今晩のメンバーはアルコールに脳を侵されていた。
あはははははははは!
一同男だし酔っぱらっているのでこの手の話は盛り上がるのだった。普段物静かな松本でさえ、腹を抱えて笑っている。
しかも噂の的はあの涼介だ。
隙がないほど完璧なDのリーダー。
その涼介がこの場にいないこともあって、言いたい放題だ。
・・・オナニーしてる涼介さん・・・
ぼんやりとメンバーの話を聞きながら、拓海は想像してみる。
あの端正な顔を歪めて自分のモノを扱く涼介・・・
「藤原?」
やばっ
啓介に声をかけられなかったら、うっかり悦に入ってしまうところだった。
「な、なんですか?」
密かに涼介に対して恋心を抱いてる拓海は、必要以上に慌ててしまった。真っ赤な顔を上げて啓介を見返す。
・・・アニキに失望したのかな?
拓海の赤面の理由が、啓介には都合良く捉えられていた。なんとなく罪悪感が涌くが、気にしないことにする。
「で、お前はどうなの?」
「何がですか?」
「経験値」
「は?だから何の?」
「女の経験だよ」
「そっ、そんなの・・・言えるわけないじゃないですかっ」
「ははーん、1回ないしゼロってところか」
慌てる拓海をじっくり眺めて啓介は一人勝手に納得している。
・・・啓介さん・・・鋭すぎ・・・
どうして分かってしまうのか。いたたまれなくなって拓海はまた俯いてしまった。
「黙ってしまったところを見ると当たりですね」
松本までもが妙に納得しているから余計に恥ずかしい。
このまま話の矛先が自分に向いたらイヤだな と思うけれどあれ以上涼介がネタにされるのもイヤだと思う。
そんな拓海の思いとは裏腹に、松本は再び話題を元に戻した。
「まぁ藤原はまだ若いですからね、これからでしょう。それにしてもさっきの話題の方が気になりますね」
「そうそう、涼介さんがムッツリって」
ケンタが相槌を打ったところで
「オレが何だって?」
突然、拓海の頭上で冷気を纏った声がした。低くはっきりとしたその声にリビングの空気が凍る。
「・・・アニキ!!!」
啓介が固まるのと同時にその場にいた全員が氷のように動かなくなった。
「なんだ、今日は全員揃ってるんだな」
「あ・・・涼介さん・・・お邪魔してます」
拓海は相変わらずのぼんやりとした口調で背後に立つ涼介を振り返った。
麻のジャケットを片手に立つ涼介からは、バトルの時にも感じたことのない、あまりにも重く冷たいオーラが発せられていた。
「藤原も飲んでるのか?」
足下にちょこんと座る拓海に涼介は僅かに笑いかける。
「はぁ、スミマセン・・・ちょっとだけ・・・」
ぼんやりした性格の所為か、拓海は涼介が怒っていることに気付かないようだ。ふわふわと照れ隠しのような笑顔を浮かべて涼介を見上げる。
「その割には顔が赤いな」
「オレ、すぐ顔に出ちゃうんです」
・・・格好いいなぁ
固まったまま動かない他のメンバー達と違い、涼介の美貌にただ感嘆のため息をもらす拓海。
「そうか」
涼介は拓海の頭を優しく叩くとリビングの中央に足を進めた。
「ったく、珍しく実習が終わって帰ればこの有様か」
綺麗に磨かれたリビングには飲み散らかしたつまみの空袋や缶が転がっている。
「いや、アニキ、別にオレ達ただ飲んでるだけで・・・ほら、アニキ忙しそうだったし声かけられなかったんだって」
どうにか誤魔化そうと躍起になる啓介だったが
「人のことネタに随分盛り上がってたみたいだな」
と、涼介に切り替えされた。開いたままのリビングから漏れる話し声を、涼介はしっかりと聞いていたのだ。一体どこから聞いていたのか・・・考えただけで恐ろしい。
「わ・・・悪かったよ・・・」
「別にお前達を責めてるわけじゃないさ。精々盛り上がってくれよ」
「アニキ・・・」
「その方がお前等も気が楽だろ?オレにとっても滅多にない空き時間だ。外でのんびりさせてもらうとするよ。ああ、一人じゃなんだし・・・誰かに話し相手になってもらおうかな」
メンバー全員を高い位置から見渡す。が、誰一人として涼介と目を合わせる者はいない。
涼介のネタで言いたい放題だったのだから目を逸らして当たり前だろう。おまけに、これから涼介と二人きりになんかなったらあまりのストレスにどうにかなってしまうかもしれない。
「藤原、お前帰りはどうするんだ?」
「え・・・?おれ?」
拓海は相変わらず涼介を眺めていたが、いざ目が合うと恥ずかしくなって俯いてしまう。
「今日は涼介さんちに泊まって・・・明日啓介さんが送ってくれるって・・・」
・・・そういう約束になっていた。
「じゃあ今晩は豆腐の配達もないんだな。藤原に付き合ってもらうとするか・・・他のヤツじゃ話にならなそうだしな」
そっぽを向いている男達にとどめの一瞥を与える。
「来い、藤原」
「オレ・・・?」
訳が分からないまま拓海はふらふらと立ち上がる。
頭がはっきりしていたとしても、涼介に逆らえるわけがないのだが。
「藤原はオレのことを変な風に考えていないみたいだからな」
しっかり立つことの出来ない拓海の腕を支えて涼介は優しく笑った。
「だって涼介さん・・・みんなが言うようにムッツリだとかオナニーの天才なわけないでしょう〜こんなに格好いいのに・・・」
ね、啓介さん? とにっこり笑う拓海。
拓海は酒の容量を超えていた・・・。メンバー達が絶句するがもう遅い。
そこまで下品に言われていたのかと、この時涼介は知った。
「・・・行こうぜ、藤原」
明らかに怒気を含んだ声で言うと、、涼介は拓海の手を引くとリビングから姿を消した。
「藤原が言い出したじゃんよ・・・」
啓介がポツリと言ったのは、二人が居なくなって5分ほど経過した頃だった。
「結構飲んでるな」
「ん・・・そうですか?」
両膝で握られた両手に汗を感じて、拓海は小さな声で呟いた。
アルコールが全身をまわっている自覚はある。体中が熱くて気怠い。FCのナビシートに座ったまま眠ってしまいたいくらいだ。
「自分じゃ気付いてないかもしれないが、アルコール臭がかなりするぜ」
「・・・すみません」
謝るなよ、と涼介の綺麗な指が髪に触れた。初めての二人きり、その上涼介の意外なスキンシップに拓海の体は思わず固くなる。
「藤原はどう思う?」
「何がですか?」
「オレの性生活のこと」
「そんなの、涼介さんじゃないんだから分かりませんよ。あ〜、でも、淡泊そう・・・かな・・・」
「オレだって男だからな、人並みにあるんだぜ、性欲だって」
「はぁ」
赤城山は生憎の雨模様だった。時間も早いせいか、走り屋の車はほとんどない。FCは人目に触れないような小さな駐車場に停まっていた。
「別に淡泊って訳じゃない。そんな余裕がないだけだ」
「そうですか・・・」
何度も髪を梳かれて、拓海の目はトロンと落ちてしまう。
・・・気持ちがいい・・・夢みたいだ・・・
今にも眠ってしまいそうな拓海に涼介は顔を寄せる。心地良い指の感触にウットリしながら雨に濡れるフロントガラスを見ている拓海は気付かない。
「だが、こうやって目の前に好きなヤツがいて、そいつが酔っぱらってたとしたら・・・お前ならどうする?」
「・・・うーん・・・その時になってみないと・・・」
「わからないだろう?」
顎を捕らえられ、その時になってようやく涼介の顔が間近にあることを知る。
「そんなシチュエーションでキスしようとして拒まれなかったら?」
「そしたら・・・キスします・・・」
言い終えた拓海の唇に涼介の唇が重なる。触れていたのは僅かな時間だが、拓海は無抵抗だった。
「あの・・・涼介さんも酔ってるんですか?」
「藤原は酔ってる?」
「多分、かなり・・・だって涼介さんがオレにキスなんて・・・夢の中の出来事じゃないですか、これ」
「夢?」
涼介が不思議そうに問いかける。
頬を赤く染めた拓海は、喋っていても既に眠りに入り始めているのか、目を閉じてシートに凭れてしまった。
「きっとオレの願望が・・・夢を見せてるんです・・・」
その言葉はきっと本音なのだろう。普段から口数の少ない拓海の、無意識に出てしまった本音。
「・・・そうか」
涼介の目が僅かに驚きの色を含み、眠ってしまった拓海の唇に再びキスをした。
「これで何もしなかったら男じゃねぇな」
独り言と共にFCが急発進する。
目的地は・・・・・・。
END
拉致された拓海の運命はいかに!?
機会があれば続きは裏で。
2004.06.01
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