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バレンタイン '04 (拓海version)





今日は本当に変な日だ。
卒業を控えて登校する理由もないので朝からスタンドでバイトをしているのだが、顔見知りの客が実に多い。今もいろは坂で有名なランエボを見送ったところだった。
「須藤京一は何て言ってたんだ?」
拓海の手元を覗き込みながら池谷が訊ねてくる。
「さぁ・・・。特に何も言ってなかったっすよ」
「じゃあそれは何だ?」
「オレにくれるそうですけど・・・何が入ってるかは知りません」
京一は特に何を語るわけでもなく『お前にやるからもらっとけ』と紙袋を差し出した。『オレに?』と躊躇すると ギロリ と睨まれてしまい理由を尋ねることも出来ず、受け取ってしまったのだ。
「特に何も言ってなかったし・・・」
「うーん」
「開けてみようぜ、拓海ィ」
無精ひげをさすりながら首を捻る池谷と興味津々なイツキを横目に拓海は溜め息をついた。
「さっきも言ったでしょ。貰ったものをその場で開けるのは、オレ・・・イヤなんです」
「何だよ拓海ィ〜オレずっと気になってるんだぜ〜」
「まぁ・・・オレは大方の予想は付くけどな」
イツキは地団駄を踏み、池谷は意味深な顔で拓海を眺めている。
「あ、お客さんですよっ」
拓海は何事もなかったように紙袋を椅子に置くと、給油に来た客の車を誘導するために駆けだした。


朝にナイトキッズの中里毅、昼はハチロクの秋山渉、夕方にエンペラーの須藤京一・・・そして今度は閉店間際に高橋啓介。彼らは上手い具合に鉢合わせせずに来店している。
・・・偶然か?それとも計画的なのか?
池谷は他の接客をしながら、拓海に話しかけている啓介の様子を伺う。いつものことながら少し不良じみた啓介だが、拓海と話していると実に無邪気に笑っている。
・・・今日に限って拓海をわざわざ訪ねてくるなんて、やっぱアレなんだよなぁ・・・。
常連客のボルボV70のリアウィンドウを拭きながら、池谷は自分の予想が当たっていることを確信した。


「なぁ藤原、今日、アニキ来た?」
FDから降りた啓介は、拓海がハイオクを給油するのをのんびり眺めている。
「え?涼介さんですか?・・・いえ、ここに来ること自体殆どありませんけど」
「ふ〜ん」
「ふーんて・・・。今日、来る予定あるんですか?」
自然と声が上擦ってしまう。正直言って拓海は涼介のことが好きだ。尊敬と憧れの存在だ。・・・顔を合わせても緊張のあまり何も話せないだろうけれど。
「今日は何故か走り屋の人が多く来たんですよ。秋名で何かあるんですか?」
黄色い愛車をに寄り掛かったまま啓介は盛大に笑った。
「おまえってやっぱ、かなり鈍いよな〜」
前屈姿勢で笑い続ける啓介に拓海は不機嫌になる。
「啓介さんに言われる筋合いありませんよっ」
「その調子じゃ彼女なんていねぇんだろ?まぁ、学校とバイトと配達でそんな暇ないんだろうけどさ、好きなヤツとかいないのかよ」
「そっ・・・そんなの関係ないでしょ!」
拓海の顔は真っ赤だ。
「へいへい。ムキになって怒るなよ。ちょっと探りを入れてみただけ。ほらよ」
FDの助手席に回った啓介は社内からコンビニの袋を取り出すと拓海に差し出した。
ゴミかと思って受け取った拓海は袋の中に未開封のチョコレート菓子がいっぱい入っていることに気付いた。
「なんですか、これ。ゴミじゃないみたいですけど」
「ゴミじゃねえよ!それ、おまえに差し入れ」
「オレに?」
「ああ、そのうち新しいチームで一緒にやるかもしれないし、まぁ、その、仲良くしてぇしさ」
「・・・あ・・・ありがとうございます」
いつもキツイ言葉ばかりかけてくる啓介のはにかんだ表情とその言葉に、拓海は嬉しくなった。涼介のチームに入る決心はついているものの、啓介達と上手くやっていく自信はあまりなかったのだ。
顔を赤くして俯いてしまった拓海の頭を啓介がポンポン叩く。
「・・・おまえってホント、カワイイのな」
「男に可愛いって言われても嬉しくないっす」
「可愛いもんは可愛いんだよ。まったく、自覚も何もねぇヤツだな」
「放っといて下さい」
給油ノズルをFDから抜いて、丁寧にキャップを締める。啓介の大事なFDを汚してしまったら、しばらく口もきいてもらえないんじゃないだろうか。
真剣に仕事をこなす拓海を眺めて啓介は呟いた。
「アニキが動かないならオレが一歩リードってところかな」
案の定拓海には聞こえていないらしい。
・・・でもオレ、アニキが何もしなくても負けてそうなんだよなぁ。
伝票を手に戻ってくる拓海の姿を目で追いながら、啓介は深い溜め息をつく。
「啓介さん、給油終わりましたよ」
拓海は啓介から給油分の現金を受け取り、お釣りと伝票を返す。その間、拓海の頭の中にはぐるぐると高橋家についての疑問が渦巻いていた。
ロータリーは燃費が悪いって聞いてるけど、啓介さんて毎回ハイオク入れてんだよな・・・。涼介さんもハイオクだし、高橋家ってやっぱ凄ぇ金持ちなんだろうな。大学生で車持っててハイオクだぜ?病院やってるからって子供にそんな大金渡す親も親だよな〜。理解できねぇ・・・。
そんな拓海の考えに全く気付かない啓介は、また拓海の頭をポンポン叩く。
「じゃ、オレ行くわ。それ、おまえだけで食えよ。そこのモヤシと大豆にあげんじゃねえぞ」
「モヤシ?大豆?」
「アレ」
啓介の視線の先には、慌てて横を向く二人の姿があった。
「モヤシが池谷先輩で大豆がイツキ?・・・笑っちゃいけないけど笑える・・・っ」
遠慮なく笑う拓海の顔を見て、啓介も笑う。
・・・今日は藤原の笑った顔見れてラッキーだったぜ。
「じゃあな。変なのと付き合うんじゃねえぞ〜」
啓介は颯爽とFDに乗り込むとスタンドを後にしたのだった。


啓介の残したコンビニの袋を片手に下げたまま拓海は首を捻った。
変な一日・・・。
クリスマスや正月などといったイベントには全く興味のない拓海は、今日がいったい何の日なのか考えることもない。コンビニにも滅多に行かないのでこの時期バレンタイン特設コーナーが設けられていることすら知らない。勿論今日がバレンタインデーだということも。
・・・もしかして渉さんとかも新しいチームに入ることをお祝いしてくれてるのかな。
啓介の言葉を思い返すとそう捉えることが出来る。ロッカーに入れて置いた包みを眺めながら拓海はあれこれ考えた。
・・・あーでも、渉さんや中里さんはともかく、京一さんに限って・・・。
京一は涼介に対してかなりのライバル心を持っているのだ。拓海が涼介のチームで走ることを祝うかどうか。
・・・それ絶対ぇありえねぇ。あ、ひょっとして卒業祝いとか?
「ま、いいや」
考えることに疲れた拓海は貰った包みを鞄に詰めてロッカーを閉めた。



「うぁ〜寒ィ〜眠ィ〜」
いつものごとく早朝配達を猛スピードで済ませようと拓海はハチロクを走らせていた。今日は雪が積もっていないけれど寒いものは寒い。
「あれ?」
遙か先にハザードランプが点滅しているのが見える。拓海はゆっくりと減速した。道路脇に停められていたのは見覚えのある車で。
白いFC・・・
拓海の心臓がざわりと疼いた。
高橋涼介の愛車だった。
・・・この時間にこの場所にいるってことはオレに用事なんだろうな・・・
FCの後ろにハチロクを停めながら涼介が車から降りているのを確認すると、拓海は上着を羽織るのも忘れて慌てて降りた。
・・・でも、一体何の用だろう?
「・・・高橋・・・涼介さん?」
涼介は拓海の顔を見るとふわりと笑った。バトルの時には見ることの出来なかった笑顔に拓海は思わず見とれてしまう。吐き出される息が白くて、涼介をより綺麗に見せているように思う。
・・・寒くないのか?ああ、でも、高そうなコート着てるし平気か・・・。
緊張して1メートル以上近付くことの出来ない拓海に、涼介が近寄る。
「配達、ご苦労さん」
「はぁ・・・」
「寒いから簡潔に済ませるよ。これを、藤原に・・・」
涼介の差し出した紙袋を、拓海は咄嗟に受け取ってしまう。条件反射というのか、何も考えてなかったというのか、緊張していて訳が分からない。
「これ、何ですか?」
拓海の質問に多少動揺したのか、涼介は珍しく目を伏せた。
「家で開けてくれればわかる。貰ってくれ」
「はぁ」
意外なタイミングで憧れの人に遭遇した拓海には言葉が見付からない。
「じゃあな。バイトと配達、頑張れよ」
「はぁ・・・」
呆然としている拓海を気にせず、涼介は颯爽とFCに乗り込み、走り去ってしまった。
・・・早ぇ・・・
いったい何だったのだろうか。突然現れて用件だけ話して。
ふと啓介が言っていたことを思いだした。
『今日、アニキ来た?』
啓介の話しぶりだと日付が変わる前の昨日、スタンドに現れる可能性があったということになる。でも、こんな時間に現れるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
・・・忙しい人だから仕方ないのかな・・・でも、もうちょっと一緒にいたかったな・・・
拓海は寒さを思い出すまでしばらくの間、その場所に立ち尽くしていた。


自室に戻った拓海は、慎重に涼介のくれた紙袋を覗き込んだ。
紙袋を文太に見付かるのがどうにも恥ずかしいことのように思えて、上着に隠して2階まで運んだ。紙袋はさほど大きくなく、中には掌より少し大きい箱形の包みと小さな封筒が入っていた。
・・・これ、メッセージカードってヤツだよな。こういう場合、カードは後だよな。先にこっちだよな。
封筒をベッドの上にそっと置く。
・・・何が書いてあるんだろう。
気にはなるけど、先に包みを開けることにした。
シンプルな柄の包装紙を破らないように、机からハサミを取り出して慎重に開いていく。寒さで指がかじかんで震えてしまうけれど、涼介からの贈り物に少しも傷を付けたくない。
姿を現した箱はにはメーカーらしき名前が金色で箔押しされていた。生憎拓海には読めない。
・・・すげぇドキドキする・・・
しっかりした厚みの上箱をそっと開けると、パラフィン紙が視界を遮っていた。
・・・なんだよ、しつこいな・・・
イライラを落ち着かせるために深呼吸をしてパラフィン紙をめくる。
そこにやっと涼介からの贈り物が姿を現した。
「うわ・・・」
上品な薄茶色をした二つ折りのサイフだった。
手に取ると妙にツルツルしていて、不思議な感触だ。
よく見ればサイフの隅と内側にに”T.FUJIWARA”と刻印が入っている。コテで焼いた感じから、これが革製品だと分かる。
慌てて同包の”製品の取り扱いについて”の注意書きを見る。それ以外にも”オーダーメイド専門店”の案内状が入っていた。そこには”革製品なので使うたびにあなただけの味が出てくる”とか”世界にたったひとつの贈り物”だとか、そんなことがたくさん書かれている。
・・・なんだか恥ずかしいな
自分が涼介にとって”特別”な人間みたいに思われているのかもしれない、などと勝手に思ってしまったからだ。
しかし、確かに涼介は『貰ってくれ』と言っていた。
「まじかよ・・・何でこんな立派なのオレにくれるんだ・・・?」
拓海はサイフが汚れないように箱にしまうと、メッセージカードを手に取った。
包みを開ける時よりもっと心臓がドキドキする。
「読まないと気になって寝れねぇし・・・」
拓海は勇気を出して封筒からカードを取り出した。
『藤原へ
 俺からの気持ちだ。肌身離さず使ってくれると嬉しい。
                               高橋涼介』
涼介からのメッセージは短く簡潔だったが、拓海は混乱した。
・・・”俺からの気持ち”って何だ?オレ、こんなの貰うようなこと何もしてねぇし・・・
達筆な涼介の筆跡を指でなぞっても、拓海にはわからない。
・・・肌身離さずって・・・これじゃあ余計に寝れねぇ・・・



結局朝まで一睡もできなかった拓海は、バイトに向かう直前に涼介のケイタイに電話をかけることにした。
「あ〜、何て言えばいいんだろ・・・」
涼介に電話をかけるなんて勇気のいることだ。顔を合わせた方がまだ話しやすいように思える。
「緊張するなぁ〜」
あんなものを貰っておいてお礼を言わなかったら、涼介に嫌われてしまうかもしれない。早くお礼をしなければいけないと思うけれど、極度の緊張のあまり涼介のケイタイ番号をダイアルできない。
「あ、留守電・・・」
ひょっとしたら忙しい涼介は電話に出ないかもしれない。
あ、でも、今昼だよな。飯食ってんなら出れないよな。運良く留守電になっていてくれたらいいんだけど・・・。
いろんなシチュエーションを考えれば考えるほど電話をかけれなくなっていく。
「電話の前で何ウロウロしてるんだ?」
突然の父親の声に拓海は思わず1pほど飛び上がった。文太が店の方から顔を覗かせて、拓海の様子を伺っていた。
「なっ、なんでもねぇよっ」
もう5分以上電話の前を行ったり来たりしているので息子に無関心な文太も気になったのだろう。
・・・悩んでても仕方ないよなぁ・・・
拓海はやっと決心した。
大袈裟かもしれないが心臓が爆発しそうだ。数回のコール音の後にカチャリと反応があった。
ビクリと体が硬直する。
『ただ今電話に出ることが出来ません。ご用の方は発信音の後にお名前とご用件を・・・・・・』
「なんだ・・・」
期待通りの応答メッセージに心底ホッとして、拓海は体の力を抜いた。
とりあえず・・・ありきたりでイイよな・・・。
出来るだけ変な声にならないようにメッセージを吹き込む。
「あの・・・オレなんかにあんな立派なものをありがとうございました。・・・大事にします」
それだけ言うと急いで受話器を置いた。
・・・ちゃんと言えたかな・・・変な文になってなかったかな・・・
どういう訳か赤くなってしまった顔を押さえながら、拓海はその場に座り込んだ。



                                                      END






他の男性陣は何をプレゼントしたのでしょうか。
中里はアルコール(拓海未成年だよ)、渉はハチロクのメカ本(チューニング本ってやつ)、京一はいろは坂土産のマグカップ(しかもこっそりお揃いで買ってたり・・・)あたりでいかがですか?チョコ類は啓介だけ・・・と。
やはりバレンタイン用に包装されたものを買うのは、男にとってはしんどいことですよね。

・・・原作だとイツキはチョコを貰いに登校してるんですけど、ま、いっか。

気が向いたらホワイトデー話も書こうか・・・。書きおいてあったあらすじ、なくしちゃった・・・。






                                     
                                          
2004.04.17
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