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底のない水槽
 〜金魚の住む部屋・後日談




仕事を終えた拓海は、この上なく上機嫌でアパートに帰宅した。
ハチロクを駐車場に停め、部屋への階段を昇る足は疲れているはずなのにとても軽い。
今日は金曜日。明日は仕事も休みだ。
だから軽いのかと問われても、そればかりではないと言い切れる。
”運動不足だから歩かなければ”という涼介は、大学まで徒歩通学している。FCはいつも駐車場に停まっていて、涼介が家にいるかどうかなんて解らないけれど、部屋に向かう拓海の心は軽かった。
ここ最近、涼介の帰宅が早い。
大学に泊まり込むことも少なくなったし、ちゃんと休日を設けるようになった。二人一緒に過ごす時間が増えて嬉しい。
それでもお互いに忙しい毎日なのは変わりない。挿入のあるエッチこそ先週以来ご無沙汰だけれど、涼介の顔を見れるだけで充分だった。
ドキドキしながらドアノブを掴み、そっと廻してみる。
鍵は、開いていた。
「ただいまー!」
威勢良く玄関扉を開けると、くつろいだ格好の涼介がリビングから姿を現した。
「今日はまた随分元気のいい挨拶だな」
見目麗しい涼介に出迎えて貰えるだけで、仕事の疲れなんて一気に飛んでしまう。
そんなことを言えるわけがないので、笑顔を浮かべた拓海は何も答えずに涼介を見上げた。
「おかえり」
自分より10pほど高い位置にある微笑みに目眩を起こしそうになった。




ソファに座ったところで拓海は室内の変化にようやく気付いた。
「あれ?水槽移動したんですか?」
今朝まで玄関に設置してあったはずの水槽が、リビングのチェストの上に置かれている。
「玄関になかっただろ。帰ってきたときに気付かなかったのか」
「うん。全然」
さっきは涼介のことしか頭になかったから水槽がないことに気付かなかった。出迎えてくれた恋人に夢中になってしまえば金魚の存在なんて忘れてしまうものだ。
涼介もこんな気持ちを抱えていつも帰宅していたのだろうか。
そうだとしたら自分の気持ちなんて完全に見透かされてしまったはずだ。
(恥ずかし・・・)
拓海は一人顔を赤くしたけれど、涼介は特に気に留めていなかった。
「午後から休講だったからさ、場所を変えてみたんだ。こいつらも玄関じゃ寂しいかもしれないし」
どう思う? と顔を水槽に向けたまま隣に座る拓海に質問している。
思い過ごしで良かったなーと思いつつ、拓海は水槽に視線を向けた。
「えーと」
ソファに座ってテレビを観ていても、水槽は視界の右端に映る。緑鮮やかな水草の間を2匹の金魚がひらひらと泳いでいる。
「リビングが明るくなった感じがしますね。これならボーっと眺めることが出来ていいと思います」
「音は気にならない?」
「うん」
ポコポコと聞こえるエアーポンプの音は気にすると耳障りだけれど、そのうち慣れるだろう。
「あれ?」
ぼんやり眺めているうちに妙な違和感を感じた。
リビングの照明に照らされて解りにくいけれど、水槽がほんのり暖かく見える。
「なんか、水槽の雰囲気が違う気がする・・・」
「ああ。それは蛍光灯のせいだよ。水替えのついでに蛍光灯を変えてみたんだ。ピンクもなかなかキレイだろ?」
「うん。そうですね」
と、とりあえず答えたけれど、拓海はなんだかドキドキしていた。
「どうした?」
淡いピンク。
可愛いけれど妖しい色彩。
その色を見ていると、妙にドキドキする。
「黙ってられると気になるだろ。怒らないからちゃんと言えよ。ピンクがイヤなら白色灯に戻すからさ」
「はぁ」
気の抜けた返事をして、拓海は考えた。
どうしてこの色にドキドキするのだろう。ドキドキするからには理由があるはずだ。
「この色って、どこかで見た色なんです。どこでだっけな? 頻繁に見た覚えがあるんだけど・・・うー、思い出せないなー」
見慣れているのに、ここ最近目にしていない色。
可愛いけど・・・でもどこかエッチな・・・。
(・・・エッチ?)
「わかった! これ、エロいんですよ!」
拓海は左手の平に右拳をあて、思い付いたように声をあげた。
「エロい?」
恋人の口から零れた単語に、涼介は意外そうな顔をする。
「エロいですよっ。電気消すと、ほら」
拓海はシーリングライトのリモコンを手にすると、リビングの電気を落としてしまった。
テレビの消えているリビングは水槽の照明だけが煌々と光を放っていてどこか神秘的だ。
「ね、ラブホテルの照明みたいでしょ」
「・・・そうか?」
涼介はあまりそうは思わないらしい。
「そうですよ! だってオレ、いつも天井見上げて見てるんだから」
自分がどんなに恥ずかしいことを言っているか気付かないだろうか。
力説する拓海が面白くて、涼介は笑った。
本当は青い蛍光灯にするつもりで出掛けたのだけれど、店頭に並ぶ展示品を目にしたときに淡いピンクの光に心を奪われた。ぼんやりした桜色が、どこか拓海みたいだと思ったのだった。
「そうか、拓海みたいな色はエロいのか・・・」
変なことを言って納得する涼介に、拓海は抗議の声をあげた。
「なんでオレがエロい色なんですか」
「照明がなくたってハダカの拓海はこんな色してるんだぜ」
「・・・!」
拓海は瞬時に顔を真っ赤にする。桜色を通り越した赤、これもまた可愛らしいと涼介は思っている。
「ここに暮らすようになってからラブホに行ってないな。久しぶりに今度行ってみようぜ」
「は?」
「その時は最後まで照明を消さないでみようじゃないか。ピンクにピンクを足したらもっといやらしい色になるかもしれないしな」
涼介は下卑た笑いを浮かべて拓海を見た。
拓海は咄嗟に身構える。
けれど、涼介は全然関係のない話題を口にした。
「今日は配達はないんだよな?」
「あ、さっき親父から連絡があって・・・今日はピンチヒッターなんです」
スミマセン・・・小さな声で拓海は呟いた。
豆腐の配達は月・火・木だけという父親との約束は、お互いに用事があるときは都合を合わせるようにしていた。拓海にだって断れない用事のひとつくらいあるのだ。困ったときはお互い様なのだから文句を言っても仕方ない。
「謝ることはないさ。配達まで時間はたっぷりあるしな」
言いながらジリと距離を縮めてくる涼介。
「あっ」
油断していた拓海はあっという間に涼介の腕の仲に閉じこめられてしまった。
「えーと、あの?」
「何?」
「・・・んっ」
耳朶を甘噛みされて、口から勝手に吐息が漏れた。それを聞いた涼介は喉の奥で微かな笑い声をあげる。
こういうパターンは、多分、きっとああいう流れで。
「涼介さん、まさか今から・・・?」
上擦った声に、涼介の口元は意地悪く歪んだ。
「勿論。1週間ぶりなんだぜ。これ以上待ってられるかよ」
「ちょっ・・・!」
足首を掴んだと思ったら高く掲げられ、ソファの上にひっくり返された。あっと言う間の早業だ。
「だって!オレこれから夕飯作らないと・・・っ」
「メシはあとでもいいだろ。オレは先に拓海が食べたいんだ」
「オレは米が食いたいです!」
拓海の主張はキスによって封じられる。涼介の返答は勿論”却下”だ。
両手首を拘束され、体重を掛けられて抵抗もできない。こうなると拓海にはなす術が無い。
ただでさえ涼介の舌に弱いのだ。唇の内側や歯茎まで探られて、慣らされた体は抗うことを忘れてしまう。

快楽に溺れてしまうのに、時間は大してかからなかった。




リビングを照らすのは水槽の照明だけ。
帰宅したときには僅かに明るかった空は既に真っ暗で、街灯の明かりだけがレースカーテン越しに確認できた。
「カーテン、閉めて・・・」
「なんだ。まだ外を見る余裕なんて残ってるのか?」
涼介は拓海の中心に埋め込んだ指を軽く曲げた。
「うう・・・っ」
途端に拓海の体は小刻みに震える。
卑わいな動きに耐えながら、拓海は涼介に訴えた。
「だって・・・外から見られたら・・・ヤだから・・・っ・・・」
「水槽以外の電気は消えてるんだぜ。それに、この部屋を覗けるような建物なんかこの周辺にはねぇよ。それくらいリサーチ済みだから安心しろ」
「え・・・」
「ついでに陽当たりも最高だ。オレが適当にこの部屋を選んだと思ってるのか?」
三本目の指が挿入される感覚に身体が強張り息が止まる。
「全部、オレとお前のために計算されてるんだ。−−−金魚もな」
「きん・・・ぎょ?」
「唯一の目撃者は金魚だぜ」
「やっ」
涼介の言葉に拓海は顔を手で覆い隠した。
全裸の二人はソファに座っていた。
後ろから抱きかかえられる形で涼介の上に座り、広く開かれたていた。強要されたM字開脚。まだ繋がりはないけれど、手懸けと呼ばれる体位に近い。
足の間を隠す物は何もなく、涼介の指をくわえる箇所が痙攣する様も丸見えだった。
行為に没頭していれば羞恥心なんか忘れてしまえたのに、涼介のセリフのせいで自分がどれだけ恥ずかしく情けない格好をしているのか思い出してしまった。
「やだ・・・」
見られている。
たとえ金魚でも、誰かの視線に晒されるのはこの上なく恥ずかしい。
恥ずかしいけど、それが余計に感覚を研ぎ澄ましてしまう。
胸に触れる左手の指。埋め込まれた長い指。羞恥心が快楽を煽り、足を閉じたいのに躰は従わない。
ますます敏感になった拓海に涼介は小さく笑った。
「観られてると興奮するだろ? おそらく金魚も、こんなお前の姿を見て興奮してるだろうな」
「・・・・・・っ」
意地悪なセリフに耳を塞ぎたくなったけれど、顔を隠している所為でそれもできない。
クチュクチュとねっとりした音が自分の身体から聞こえてくる。そんな音を気にするよりも、顔を見られる方がイヤだと拓海は思う。
「ああっ」
緩く動いていた指がゆっくりと抜かれる、なんともいえない感覚。
「ふ・・・」
安堵と失望の入り交じった複雑な感覚に深く息を吐き、拓海は全身の力を抜いた。
力無く凭れかかってきた白い身体を受け止めて
「これからどうするか、わかってるよな」
と、涼介は囁いた。
顔を隠したまま、拓海はイヤイヤと首を振る。柔らかい髪が頬を掠めてくすぐったい。涼介は拓海の髪を撫で、キスを落とした。
「じゃあどうして欲しいんだ?」
「ここじゃ・・イヤだって、ば・・・」
「却下だ。せっかくやらしい照明があるんだから楽しもうぜ」
「こんなの楽しめるわけ、ないでしょっ」
正常な息継ぎを取り戻した拓海が、涼介を振り返る。
本人は睨んでいるつもりだろうけど、目は潤んでいて両頬がほんのりと赤く染まっていれば説得力なんて微塵も感じられない。
むしろ扇情的、と言って良いほどだった。
「ほら、力抜けよ」
拓海の身体を右腕で抱え上げ、涼介は固くなった自身をそこに押し付けた。その熱に拓海は体を浮かせ、逃げようと藻掻いた。
「やだ! 涼介さん意地悪ばっか言うから、もうやめる!」
「こんな中途半端な状態でか?」
涼介の力強い腕に引き留められ、拓海は抵抗するのを止めた。
今日はまだ一度もイッていない。配達も気になるけど、若い身体は欲望に正直だった。早く達したくてドクドクと脈打っているそれは、先端から透明な液体を零している。
「早くイキたいんだろ? オレは今日は触らないからな。入れたくなかったら自分でやれよ」
「・・・ううっ・・・」
「ほら、見ててやるから」
パッ と涼介は拓海を解放した。急に戒めを解かれて拓海は狼狽えるばかりだ。
「そんな、自分でやれだなんて・・・」
そういえば今日は一度も涼介に触れられていない。ソファで押し倒されてからずっと後ろばかり弄られて、そこの快楽ばかり追い求めていた。
早く出してしまいたいけれど涼介の前で自慰するのはイヤだ。もちろん金魚に見せつけるような場所での行為もごめんだ。
(だったら逃げればいいんだ)
トイレにでも逃げ込めば自分で処理できる。
拓海は決心して立ち上がった。
「こら、逃げるなよ」
拓海の考えを察した涼介が、慌てて細い手首を掴んだ。進もうとしていた身体が勢い余ってバランスを崩す。
「わっ」
結局、再び涼介の膝の上に座り込んでしまった。
「ったく、お前っていつまで経っても子供みたいだな。いい加減セックスに溺れてみたらどうだ? 新しい発見だってあるんだぜ」
「そんなこと言ったって・・・」
「お前には探求心が必要だな。ほら、教えてやるから集中しろよ」
「だって、でも」
ソファから動かないのだから、涼介はまだこの体位での挿入を諦めていないのだろう。
(こういうときばっかり絶対譲らないなんて、大人ってズルイよな)
臀部に触れる涼介の熱と硬さを感じ、萎えかけていた拓海のそれも硬度を増してきた。恋人の体温を感じてしまえば心とは裏腹に身体は正直な反応を見せる。
そういうことに気付いたのは、涼介と出会ってからだった。
涼介に触れていれば何の心配も要らない。辛さも寂しさも全て、涼介の温もりが忘れさせてくれるのだ。
(でもさ、金魚が見てるなんて言われたら、気になっちゃうじゃん。目を瞑ったってあっちは見てるかもしれないんだからさ)
行為が終わった後、自分はどう金魚に接すればいいのだろう。
金魚はいやらしい自分にげんなりするだろうか。
(バカだな、魚にそんな脳味噌無いだろ・・・)
自分にツッコミを入れ、溜め息を吐く。
それを白旗だと解釈した涼介が耳元で訊ねた。
「諦めたか?」
「・・・ん」
頷くと同時に秘所に冷たい唾液を塗り込められる。何とも言えない気持ち悪さに悪寒が走った。
でもそれは最初だけで、徐々に快楽に変わっていくのだと知っている。
どんなに嫌がったって気が付けば快楽を追求している。探求心が足りないと涼介は思っているようだが、実際はそんなことはない。
貪欲な身体は求めて止まない。
意地の悪い囁きも卑猥な音も、本当は全然嫌じゃない。
触れ合うことで深くお互いを感じ合えるのだったらいつまでも溺れていたいと、拓海は思うのだった。





午前3時30分。
渋川の自宅に向かいながら、拓海はぼんやりと考え事に耽っていた。
彼を受け入れた体は怠い。怠いからこそ、思い出したくないようなことを考えていないと眠ってしまいそうになる。
(涼介さんにかかると金魚も小道具なんだよな・・・)
後になって考えてみれば水槽の配置替えは涼介の計画のひとつだったのだと気付く。
ピンクの蛍光灯もそういう意図があったのかもしれない。
(そのうち寝室までピンクの照明になってたりして。おまけにフリフリのカーテンとかに変えられてたら嫌だなぁ・・・)
涼介のことだから突然何をやり出すか予測がつかない。水槽でさえも小道具にしてしまうのだから、拓海が気付かない在り来たりな代物を楽しみに変えてしまうことも、この先きっとあるだろう。
はぁ と盛大な溜め息を吐いて拓海は自分の顔を叩いた。
ハチロクのバックミラーに映る自分の顔は、いつになくボーッとしているような気がする。
(こんな顔してたらオヤジが変に思うだろ・・・しっかりしろ、オレ)
「あーあー」
発した声はリビングで散々喘いだ所為で少し枯れている。
涼介の上に座る形で後ろから突き上げられ、あまりの刺激に何度も意識が途切れそうになった。これ以上はやめてくれと懇願したのに、涼介は涼しい顔をして一蹴した。
思い出すと腹が立つ。
(なにが”配達に支障がないようにする”だよ。涼介さんのバカ!)
一時も離れないで涼介と過ごせたらどんなに幸せだろう。
金魚の世話をしながらいつもそんな夢みたいなことを考えていたけれど、それは実現しない方がいいようだ。
大学や仕事がなかったら、涼介は何の心配もなくエッチなことをしてくるかもしれない。毎日毎日あんな事ばかりされては身が保たない。
狭い水槽の中2匹だけで泳ぐ金魚を羨ましいと思う気持ちはまだあるけれど、外に出て恋人の体温を思い出す楽しみがあるだけ人間の生活の方が数倍楽しいはずだ。
これから先、いつまで同棲生活が続くか解らないけれど、涼介と一緒に楽しく過ごしていければいい。
すれ違いが多くても、触れ合えた時に再確認することも多いはずだ。
(あんなエッチもたまにだったらいいかも・・・)
取り留めのないことを考えつつ、拓海は父親の待つ家へとハチロクを走らせた。



                                                        END







配達がなかったら拓海はもっとヤバイことになっていたことでしょう。(近いうちにそんな日がやってくると思うけど)
涼介って底なしのような気がするのですが。(48手体位全てを実行しそうだ・・・)

FC(彗星仕様)とハチロク(豆腐店号)が並んで駐車されているアパートなんて、良い物件ですね。
走り屋さんの密かな観光(笑)スポットだったり、追っかけが常駐しているのかも。
いいなー、私も張り込んみたいな。隣の部屋に住んで、壁に耳あててみたり・・・ん?妙な声が聞こえるぞ??


2005.02.17

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