back




スワンボート





「どうしたんだ、スワンなんか真剣に見つめて」
涼介の声に、拓海はゆっくりと振り返った。いつの間に戻ったのだろうか。大学の友人からの電話だと携帯を片手にFCの所まで戻っていた涼介は、拓海のすぐ後ろで微笑んでいた。
闇夜に揺れるスワンボートに長い間見入っていたのを涼介に見られていたのかと思うと恥ずかしい。
「オレ、あれに恋人と乗るの夢だったんですよ」
秋名湖の休日、青空の下ではしゃぐカップル達がスワンを漕いでいる姿を、いつも羨ましいと思っていた。高い料金には納得いかないけれど乗りたいと思った。貧乏性な拓海だけれど、こればかりは金額の問題ではない。
「随分可愛らしい夢だな」
拓海らしくて可愛い と涼介は笑ったが、拓海は聞き流すことにした。拓海だけではなく、イツキだって池谷だって男はみんなスワンに憧れると思う。そう思わないのは涼介・・・冷めた大人くらいじゃないだろうか。
(乗りたくないならその方が良いんだけどさ・・・)
どこか安堵にも似た気持ちのせいだろうか、拓海は何気に話し続けた。
「でも、オレ、諦めたんです」
「どうして」
「スワンなんか普通は男同士で乗らないでしょ。それに、涼介さんと乗るのはもっと恥ずかしいし」
恥ずかしい の一言で、今まで穏やかだった涼介の眉間に皺が出来た。
「・・・心外だな。いくら恋人でも男のオレとじゃ嫌だってことか?」
不機嫌な声にようやく自分の失言に気付いた拓海は、慌てて顔の前で手を振った。
「違いますっ、そんなんじゃなくて! だって、スワンを漕ぐ涼介さんなんて格好悪いじゃないですかっ。それに、オレが見たくないっていうだけで深い意味はないんです・・・」
涼介の長い足がスワンのペダルを漕ぐ姿は、想像するだけでも恥ずかしい感じがする。それに、ただでさえ涼介は目立つのだ。公衆の面前でスワンを漕ぐ涼介に笑いかけられたら気絶してしまうかもしれない。確かに一緒に乗れたら嬉しい。けれど、恥ずかしさの方が勝るのだ。
(オレが女だったら良かったんだけど・・・)
チラ と涼介を見上げてみると、拓海ではなくスワンボートを睨んでいた。
「あの・・・涼介さん?」
返事はない。もしかして怒ったのだろうか。Dの遠征中の時と同じ、怖いくらい真剣な横顔。見ているだけでも心苦しいのに、話しかけることは到底出来そうにない。
気まずい沈黙がしばらく続き、唐突に涼介がそれを破った。
「藤原、ちょっと来い」
「えっ」
強い力で拓海の腕を掴むと、涼介はスワンが繋がれている桟橋に足を進める。
「ちょっと! 涼介さん!?」
訳が分からず身体を引こうとするけれど、涼介の力には敵わなかった。”営業終了の為立入禁止”と書かれた札を無視し、涼介はロープを乗り越える。ある一艘のスワンの前で立ち止まり、そこでようやく拓海を解放した。
「乗ろうぜ」
「え!?」
「この時間なら誰もいないし、別に漕ぐ訳じゃないんだからさ」
確かに、夜遅い時間なのでボートの管理人はいないし、それ以外の人影も全くない。ただ乗るだけだったら問題はないのかもしれない。
「でも・・・」
ダメと書かれているのだから、いけないことなのだ。躊躇する拓海を残し、涼介はボートに足を掛け、乗り込んでしまった。
「ぼやぼやしてる方がかえって目立つぞ。今日は満月だから見付からない保証はないぜ」
ほら、と手を差し出され、拓海は躊躇いがちにその手を握る。
「頭、気をつけろよ」
ぐい と引っ張られて、慌てて背を丸めた。
大きくボートが傾く。その所為で他のスワンがぶつかり合い、鈍い音を立てた。誰か気付いた人はいないだろうか。周囲を伺おうとした拓海に 誰もいないよ と涼介は笑った。
「頭、大丈夫だな?」
低い天井にぶつかりはしなかったけれど、自分の現状に気付いた拓海の顔は即座に赤くなった。
(うわ)
涼介の胸に飛び込んだ姿は、女の子みたいで恥ずかしい。いつまで経っても馴れることはない涼介との密着。
「あの・・・離して下さい」
「仕方ないな」
腕を突っ張り離れようとする拓海をあっさり解放し、涼介は楽しそうに笑った。
(なんだ、怒ったわけじゃないんだ)
先に座った涼介に習い、狭い席に座る。
「これなら恥ずかしくないだろ?」
不安定な揺れの中、念願のスワンに涼介と乗っている自分。青空の下で、というシチュエーションとは程遠いけれど。
(これはこれで、やっぱ嬉しいよな)
拓海は素直に頷いた。
こんな時間だからこそ男同士という恥ずかしさを気にする必要もない。涼介なりに拓海の気持ちを汲んでくれたのだろう。
(やっぱり涼介さんには敵わないや・・・)
こんな子供っぽい発想をするなんて、年下の自分の立場がない。立入禁止の看板を無視してしまう涼介の無謀ぶりは正直言って見習いたくないけれど、この強引さが大好きだったりもする。
繋がれているボートに乗っているのは少し虚しいけれど、夢が叶って幸せだ。口に出すのは癪に障るので態度で示そうと、拓海は涼介に寄り添った。





それからしばらく、二人は水の上という心地良い浮遊感を取り留めのない会話を交わしながら楽しんだ。日中暖かかったおかげで、夜だというのにさほど寒くはない。狭い空間に身を寄せ合っている所為かもしれないけれど。
初めてのスワンボートは、誰かの視線を気にすることもなく満喫できたと思う。名残惜しいけれど、いつまでもこうしてはいられない。
(なんかケツが痛いかも・・・)
固い座席と狭さに身体が痛くなり始めていた。
「そろそろ降りませんか?」
隣を見ると、難しい顔をした涼介と視線がぶつかった。
「涼介さん?」
「・・・・・・・・・・・・」
何も語らずジッと見つめてくる涼介を正視するのは、精神的にかなり消耗する。会話があればいくらか緊張も解けるけれど、見つめ合うのは苦手だ。
逃げるように視線を足下に落とした拓海は、不意に抱きしめられた。
「あのっ・・・」
「ここでお前を触りたいんだが、ダメか?」
耳元で引く囁かれて思考回路が一瞬停止する。
(えーと)
セリフを理解するのに十数秒要しただろうか。
「えーと、冗談・・・ですよね?」
引き吊った笑いを浮かべる拓海に、涼介は首を横に振る。
「冗談でそんなこと言わないよ」
「・・・・・・はぁ・・・」
ここで『嫌だ』なんて言っても、涼介のことだから絶対に引かないはずだ。次に二人きりで会えるのは二週間も先のことだし、配達の時間前には帰らなくちゃいけない。
それに、サヨナラを目前にして涼介の機嫌を損ねるのは、嫌だ。
涼介の言う”触る”がどこまでのことを言うのかわからないけれど、キスまでだったら構わない。拓海はぼそぼそと呟いた。
「・・・キスだけなら」
返答する時間さえ惜しいのか、涼介は飢えた獣のように素早く拓海の唇を塞いだ。
「ん・・・っ」
突然のキスに拓海は身を固くした。唇の感触を確かめる余裕もないキスは性急で、あっと言う間に拓海の咥内を探り始めた。舌に絡まる生暖かい感触に首筋が泡立つ。
どうしてこんなにキスが上手いのだろうか。たいした抵抗も出来ずに翻弄されてしまう自分が悔しいとさえ思う。
(あ・・・)
「もう、ダメですっ」
腰のあたりに痺れるような疼きを感じ、拓海は涼介を突き飛ばした。けれど、後頭部に廻っていた手のおかげで、唇が僅かに離れただけだった。
「んんっ」
角度を変え、何度も求めてくる激しさに、目の奥がチカチカする。
身じろぐ拓海を追い詰めるかのように、涼介の手が腰を撫でた。生じた快感が頭のてっぺんから足の先まで一気に駆け抜けて、一番敏感な部分に衝撃を与える。
「あっ・・・やだ、涼介さんっ」
息継ぎのために離れたスキを突いて拓海が抗議の声を挙げた。しかし、涼介は拓海を肩に引き寄せ更に身体を密着させる。
「静かにしろよ。誰かに見付かるぜ」
「うっ」
慌てて口を噤んだ瞬間、のし掛かるように体重をかけられた。ボートがぐらりと傾いだけれど、涼介は気にした様子もなく拓海のベルトに手を掛けた。何をしようとしているのか即座に理解した拓海は涼介を睨んだ。
「ちょっ・・・キスまでって・・・」
「こんなにしておいて何を言ってるんだか」
意地の悪い笑みを浮かべた涼介は器用にベルト、ボタン、ジッパーと外していく。狭い上に身体の自由が効かないので大した抵抗もできない。されるがまま、拓海の前面が露わになる。
外気は思いの外冷たく感じたが、涼介の手は更に冷たかった。布越しではない、いきなりの接触に、拓海は息を呑む。
「やっ」
狭い空間での抵抗はやはり無意味だった。誰もいないと言われても他人の視線は気になる。無人のはずのボートが揺れていれば不自然なことこの上ない。騒ぐことも藻掻く事も出来ず、拓海は逃げ道がないことを悟った。
「やっと諦めたか」
「・・・ひどいよ、涼介さんっ」
「お前だって嫌じゃないだろ」
「うぁ・・・っ」
触れていただけの手が根元から撫で上げて来る。それだけでざわざわと喉が震え、息が詰まった。
シャツを握り締める拓海の姿に、涼介は喉の奥で笑う。
「ここは素直だな。もう濡れてるぜ」
その言葉で自分の変化に気付いた拓海は全身を真っ赤に染めた。たった一度撫でられただけなのに、拓海の分身は固くなっていたのだ。
「ほら、こんなに」
先端を擦られて くちゅ と濡れた音がした。恥ずかしくて顔を上げられない。拓海は顔を隠すように涼介に縋り付いた。
「遠慮しないでイケよ」
空いている左手で拓海の髪を撫で、涼介はやさしく囁いた。
(強引なくせに優しいなんてずるいよ・・・)
苦情ならいくら言っても足りない。けれど涼介のもたらす快感を知っている身体は理性を裏切るだけだった。
首筋を甘噛みされ、ゾクリとする。緩慢な動きに吐息とも喘ぎとも区別できないような甘い声が漏れる。粘度の高い湿った音がボートの狭い空間に響く。
耳を塞げたらどんなにいいだろう。
そんな風に思いながらも、両手は涼介のシャツを握り締めたままだ。まるで快感を催促しているかのように。
「藤原・・・」
緩慢だった右手の動きが早くなり、やがて上下に動き出す。
「あっ、あっ・・・やだ・・・そんなっ・・・」
「イヤならやめるけど」
意地の悪い笑みを浮かべ、涼介は右手を止めた。
ここまでしておいてやめるだなんて、一体何を考えているのだろうか。やっぱり『涼介とのスワンはイヤだ』発言が気に入らなくて、未だに怒っているのだろうか。
理由はどうあれこんな中途半端な状態でボートを降りたくない。
拓海は潤んだ目で涼介を見上げた。意地悪な涼介を睨んだつもりだったが力が全然こもっておらず、どちらかと言えば懇願しているように見えた。
「わかったよ」
フフ と笑い、涼介は拓海の顎に手を掛け上を向かせた。
赤い唇が濡れている。
魅惑的な唇にキスを落とすと、拓海は自ら舌を求めて動き出した。キスの激しさに比例するように涼介の掌が拓海を追い上げる。力の加減、責めるポイント、拓海の弱いところを熟知した指技に、拓海の膝ががくがくと震えた。
「んんんっ・・・」
快楽の終点はあっと言う間に訪れた。
押し殺した嬌声は涼介の肩口に熱く響き、しっとりと濡らす。
意地悪な恋人の掌に精を放った拓海は、肩を上下させながら涼介にもたれ掛かった。



「オレは別に白昼堂々二人で乗っても構わないんだが」
いつ発進するのか分からないFCの中で、涼介は愚痴をこぼしていた。
拓海が放った体液は涼介の綺麗なハンカチで拭き取られ、彼のポケットに収まってしまった。衣類の乱れも殆どなく、先程までの行為の痕跡はどこにも残っていない。
(涼介さんは平気なのかな・・・・・・)
自分は気持ちよくイッたから良いけれど、涼介は大丈夫だろうか。好きな人のを触っていれば自分だって催すはずだ。固くなったアレが萎えるまでの辛さを思い出すと、申し訳ない気がする。勿論、同じことを求められたら絶対に拒否するつもりだけれど・・・。
(なかなかイッてくれないし、疲れるもんな・・・)
「おい、聞いてるのか」
夜の秋名湖を眺めていた拓海は、慌てて恋人を見る。
「あ、はいっ」
「恋人のオレがお前の夢を一緒に叶えたいと思うのは、お前にとって迷惑なのか?」
「そんな・・・」
「オレに漕がせたくないならお前が漕げば済むだろう」
「それはそうですけど・・・」
「そもそも男同士でスワンに乗ったって、誰も気にしねぇよ。観光地なんだからさ」
(この人は自分がどれだけ注目されるか自覚がないんだろうか・・・)
いつ終わるとも知れない愚痴に顔を顰めつつ、拓海は苦笑した。
拓海の気持ちなんて、きっと一生かかっても分かってもらえないだろう。
カッコイイ恋人を持った悩みなんて、きっと。
涼介から顔を背けて溜め息を吐く。
恋人と乗りたい。可愛い女の子とスワンを漕ぎたい。そして、イツキや池谷に自慢するんだ。
でもそれは、涼介という恋人がいる今となっては過去の夢でしかないのだけれど。
(まだ長引くのかな・・・)
涼介の愚痴はまだ続いている。
ここで水を差したら余計ややこしくなるかもしれない。拓海は相づちを打つふりをすることにした。
付き合うようになって判ったことなのだが、涼介は以外と子供っぽいのだ。ムキになるととんでもない計画を練ったりするからタチが悪い。 −−−つい先程までの出来事のように。
思い出して拓海の顔は真っ赤になる。
(恥ずかしいよな・・・)
ボートの中で身体を触られるなんて普通じゃない。あんな事に比べたら涼介とボートに乗るなんて、少しも恥ずかしくないように思える。
カッコイイ涼介なら何をやってもカッコイイわけだし、以外と絵になるかもしれない。せわしなく漕がずに、優雅に漕いでもらえばいいのだ。そんな貴重な姿を間近で見るのも悪くはない。
(今度、誘ってみようかな・・・)
拓海はぼんやりと月を見上げながら思ったのだった。





                                                      END






裏1作目です。
ホントはスワンに乗るまでの短い話だったんですけど、強引な涼介を書きたくて頑張ってみました。
まだまだ甘い裏小説ですね。精進します・・・。

湖に浮かぶ白鳥は人知れず水を掻く・・・とあるアニメキャラのテーマソングを思い出してしまいました・・・。


2004.10.25

                                           back