back
マッサージ −1
「藤原」
「はい?」
涼介に呼び止められて、拓海はハチロクに乗り込むのをやめた。プロジェクトDの打ち合わせが終わり、メンバーそれぞれが帰宅するところだったのが。
FCとは離れたところに車を停めていたのだけれど、涼介はいつの間にか拓海の背後に立っていた。月明かりに照らされた涼介がとても綺麗に見えて、拓海は無意識に顔を赤くしてしまう。
「肩、どうかしたのか? おまえ、湿布薬を貼ってるだろ」
「あ・・・」
そう言えば確かに湿布を貼っていた。長時間貼りっぱなしなのですっかり忘れていた。
(でも)
貼ったのは丸一日も前のことだ。さすがに鼻につくほど匂いは残っているとは思えない。
「そんなに臭います?」
「ああ、プンプンしてるぜ」
拓海は肩を上げて匂いを嗅いでみるけれど、そんなに強い匂いではないように感じる。タバコの煙と同じように本人以外には不快なモノなのかもしれない。
「おまけに度々肩のストレッチしていれば誰でも気付くぜ」
「はぁ・・・」
言われてみれば肩や腕をまわしていたかもしれない。
「ここのところちょっと肩こりみたいで・・・」
「原因は?」
涼介の表情は真剣だ。リーダーとしてドライバーの健康が気になるのだろうか。
(ただの肩こりなのに・・・)
理由はどうあれ涼介と二人きりで話すのは滅多にないチャンスなので本当に嬉しい。
Dの活動中は常に涼介の周りには人がいる。涼介が一人でいるときは何か難しい考え事をしているらしく近寄れない。だから涼介と話が出きるのは、涼介に呼ばれたときだけだった。
リーダーとドライバーの関係は所詮そんなものだろうと半ば諦めている。
「えっと・・・オヤジの手伝いで豆腐造りを・・・」
「おまえ、そんなことまでしてるのか」
「はぁ。今年は猛暑だから豆腐の注文が多いらしくて、オヤジ一人じゃ大変なんです」
「藤原が豆腐造りするとは」
意外そうな声と感心したような眼差しに拓海は狼狽えた。
「いえ、あの、違いますよ。オレは作らせてもらえないんです。・・・っていうか作れないんで、パック詰めしたのを運ぶとか雑用をしてるだけなんですけど」
「ああ・・・そうか」
それならわかる と納得したのか、涼介は苦笑いを浮かべた。まるで自分がとろいヤツだと思われているようで腑に落ちないけれど、拓海は黙って涼介を見上げることしかできない。
「肩こりと言うより筋肉疲労って呼んだ方が正しいな」
拓海にとってはどちらも同じだ。そんなところにこだわるのは涼介が医大生だからだろうか。
「なるほど・・・今日のお前のタイムの伸びが悪かったのはそれが原因と言う訳か」
言われて今日のタイムを思い返した。
確かに調子が悪かったかもしれない。
数本測定したダウンヒルのタイムは走る度にセッティングを変えても伸びが見られなかったのだ。メカニックの松本の腕が悪いわけではないし、涼介の指示が間違っていたわけではない。どう考えても自分のミスだろう。
今年の夏は猛暑だ。夜なのに風は生暖かくて気持ちが悪い。そんなことを気にするタイプではないけれど、些細なことで集中力が低下することもある。豆腐の配達とは違い、タイムを計る場合はメンタル面が直接影響するのだった。
(でも、運転してるときは気にならないんだよな・・・)
そう考えるとやはり原因は肩こりしか思い当たらない。無意識に庇っていたのかもしれない。
こんなことで涼介に呼び止められてしまうなんて。涼介から注意をされるのは仕方ないけれど、単純に二人きりを喜んだ自分が馬鹿みたいだ。
「・・・・・・スミマセン」
すっかり意気消沈してしまった拓海に涼介は優しく言った。
「いや、家の都合だから仕方ない。仕事もしてるしな。だが・・・ちょっと心配だな」
「い、いえ、大丈夫ですっ。タイムのことなら次は頑張りますからっ」
「コラ、謝るなよ。オレはお前の体を心配してるんだ」
たかが肩こりで心配してもらうなんて大袈裟だ。こんなことで涼介に余計な手間を掛けるのは避けたい。それに、こんなことが啓介の耳に入ったら『自己管理がなっていない』と文句を言われかねない。
「でも、あの、ホントに大丈夫です。しばらくすれば豆腐の方は落ち着くと思うし」
早く話を終わらせて帰ろうと、拓海は後ずさる。
けれど涼介は気にした様子もない。それどころかややこしいことを言い出した。
「これを機会にこれからは定期的に健康チェックしようか」
「え?」
まさかそんなことを言い出すとは思っていなかった。病院嫌いな拓海はフルフルと首を横に振る。
「病院に行く訳じゃないから安心しろ。オレが診てやるから」
「涼介さんが?」
「ああ。一応医者を目指しているわけだし、ドライバーの健康管理だってオレの仕事だからな」
「だって涼介さん、忙しいんじゃないですか」
涼介の多忙な日常はDのメンバーなら誰でも知っている。昼は大学の講習やレポート、下手をすれば泊まり込みの実習、おまけにDのこともあるのだ。
出来れば涼介の手を煩わせたくない。自分なんかに構っていたせいで涼介が疲労でダウンしてしまったら・・・。考えただけで恐ろしい。
「遠慮するなよ。啓介にも定期的にしているんだ。もう一人増えてもどうってことないぜ」
「啓介さんも?」
(それならいいかも・・・)
啓介もマッサージを受けているというなら文句を言われる筋合いはない。
「それに、万が一事故られたら親父さんに顔見せできないからな」
確かプロジェクトチーム始動の前、Dに参加するにあたって全責任を負うと、涼介は文太の元に挨拶に来た。それは拓海の身の安全を保障するということだ。だからこそ拓海の健康状態にも細心の注意を払っているのだろう。
涼介の提案を蹴るということは、涼介に迷惑を掛けることと同じなのかもしれない。
(うーん・・・)
涼介の負担を減らす為にも、ここは素直に従うしかない。健康チェックと言っても簡単なことだけだろうし、涼介は医者の卵だから診て貰って損はない。
「・・・じゃあ、お願いします」
ようやく頷いた拓海に涼介も安心したようだ。
「よし。じゃあ、土曜日の予定は?」
「えーと、仕事は午前中だけなんで午後は空いてますけど」
「じゃあ土曜日にオレの家に来い。場所は分かるか?」
「はい」
高橋邸には松本の運転で以前一度だけ行ったことがある。憧れの涼介の自宅ということもあって、拓海はその道のりをしっかり記憶していた。
「くれぐれも無理はするなよ」
おやすみ、と涼介は身を翻してFCに向かって行った。
つづく
2004.8.15発行「マッサージ」より再録です。加筆修正なく、当時のままアップしました。
ので、文章が滅茶苦茶なのは軽く流してやって下さい。
当時、とにかくムズムズする拓海が書きたかったんです(笑) back