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星空の下で−9
ドキドキと心臓の音が頭の中まで響く。
このまま死んでしまうのではないかと思うほど、拓海の体中の血管は熱く沸騰していた。
「藤原・・・お前が好きなんだ」
今、涼介は何と言ったのだろうか。
「うそ・・・」
涼介の両手は拓海の両肩に移動し、端正な顔が僅か頭上から覗き込んでいる。
こんなに近くで涼介のアップを見ていることも、肩に触れる暖かく大きな手の感触も、全てが涼介の言ったことと同じように拓海には信じられなかった。
放心状態なのか、大きな目を見開いたまま拓海は固まっている。
その様子に困ったように笑って、涼介は言い聞かせるようにもう一度言った。
「嘘じゃない。自分でも驚くくらい、本気でお前のことが好きなんだ」
「だって」
混乱しているのか、拓海の表情が困ったような笑顔に変わった。
「だってそんな、オレが期待してるからって気を使って嘘言わなくても、涼介さんのこと嫌いになんかなりませんよ」
・・・・・・どう解釈したらそんな考えになるんだ・・・
涼介は顔を顰めた。勇気を振り絞っての告白を、拓海は冗談だと思っているようだ。さっきは『女の代わりでもいい』などと言ってくれたのに。
「どうして信じてくれないんだ?」
「だって、夢みたいで・・・涼介さんがオレのこと・・・その、好きだなんて」
涼介は雲の上のような人で、誰もが憧れて止まない存在だ。そんな人が何を血迷って自分なんかを好きだというのだろう。期待していたのは自分の勝手だし、好きだと気付いた今でも『涼介と特別な関係になりたい』などという傲慢な考えは持てない。
いざ欲しかった言葉を聞いても、到底信じることは出来なかった。
「・・・そんなの、絶対ありえないです」
「どうしたら信じてくれるんだ?」
言い切る拓海に、涼介はイライラと言った。
好きだという気持ちを信じて貰えないなんて考えてもみなかった。拓海を傷付けるのではないかと告白を渋っていた自分が馬鹿みたいに思える。
けれど、告白した今、ここで諦めるわけにはいかない。
告白されることの方が多い涼介にとって、口説くことは初めてに等しい。どうすれば気持ちが伝わるか、考えても何も浮かばない。どうやら高性能な頭脳は恋愛に対して役立たずのようだ。
「言葉で無理なら行動でわかってもらうしかないな」
「え・・・」
強引に引き寄せて、噛み付くようなキスをした。謙虚すぎる拓海に苛立っていたこともあって、初めて交わすキスにしてはムードも色気もなく、唇の弾力と形を知るだけのキスだった。
「・・・っ」
唇が離れ、お互いの身体の間に隙間が生じると、ようやく拓海は状況を理解したらしい。
俯いている為に表情は判らないけれど、耳が赤く染まっていた。その様子を愛しいと思う自分はかなりの重症だ。
「イヤだったか?」
迷子の子供を安心させるような優しい声に、拓海はふるふると首を横に振った。
涼介の腕の中から逃げようとする気配はない。嫌われなかったことに、涼介はとりあえずホッとする。
「で、今も信じられない?」
「・・・わかりません」
「オレのこと、好きでもないヤツに平気でキスするような人間だと思うか?」
「そんな・・・」
拓海はほんの少しだけ顔を上げた。上目遣いの茶色い瞳が、長い睫毛の下で切なそうに揺れている。
「言っておくが、オレは目的のためなら平気で嘘を付くような人間だが・・・唯一、お前にだけは嘘をつけないようだ。一緒にいて思い知らされたよ」
「涼介さん・・・」
「お前にだけは嫌われたくないんだ」
言い終えて、拓海の不意を突くようにもう一度、唇を押し付ける。
少し厚めの唇は熱を帯びていて、舌が潜り込んだ先はもっと熱かった。
「ん・・・っ・・・」
歯列を割った舌は柔らかいものに触れ、絡め取るように動いた。拓海の身体は可哀想なくらい固くなり、押し返そうとする手は力無く涼介のシャツを握り締めた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「はぁ・・・っ」
拓海の身体から力が抜け、ぐったりしたところでようやく身体を離す。自力で立っていることすら辛いのか、拓海は涼介の胸に垂れ掛かった。
荒い呼吸が涼介の胸元を熱くする。
「好きだ」
襲いかかってくる欲望の波をどうにか押さえ付けて、涼介は拓海を抱きしめた。
厚い雨雲に陽の光は完全に遮られ、窓の外はまるで夕方のように寒々しい。気恥ずかしさもあって電気を点けることさえ出来ず、二人は薄暗いリビングの中、並んで座っていた。
こんなキスは初めてだったのか、いまだ拓海は放心状態だ。
「大丈夫か?」
涼介の問い掛けに拓海はコクリと頷いた。
何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせようとするけれど、隣に座る涼介を意識してしまって無理だった。
「信じてくれた?」
少しばかりの間をおいて、拓海は首を縦に振った。
多忙なのに会いに来る涼介、啓介の言葉に対する過剰な反応、その答えを知りたかったのは拓海自身だった。
少し冷静になってみれば、自分の知っている涼介は嘘を付くような人間ではないと知っていたのに。
「・・・涼介さん」
俯いたまま自分を呼ぶ拓海を、涼介はジッと見据えている。
「嬉しすぎると信じられないなんてこと・・・あるんですね」
そう言って、拓海はふわりと笑った。
何度目かのキスの最中、間延びしたような重低音が静寂を破り、二人は離れた。
「そういや昼飯まだだったな・・・」
笑いを堪えようと口元を手で押さえながら立ち上がり、涼介は腕時計に視線を落とした。時計の針は1時を有に過ぎている。
「ごめんなさい・・・」
穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。拓海はこれ以上ないと言うくらい顔を赤く染め、ソファの隅に小さくなっていた。
・・・・・・なんでこんな時に腹が鳴るんだよ・・・
素直になれない性格とは違って、自分の体内時計は呆れるほどバカ正直だ。
「そんな藤原も好きだよ」
どうにか笑いが収まったらしい涼介の目には、涙が浮かんでいた。
「恥ずかしいからやめてくださいっ」
こんな間抜けな自分を好きだと言ってくれる涼介に申し訳ない。拓海はいたたまれなくなってソファに転がっていたクッションで顔を覆い隠した。
その途端、涼介が堪え切れずに吹き出す。
「あ〜、も〜〜っ」
恥ずかしい。
どうしようもなく恥ずかしい。
実のところお腹の音はそれ程気にはなっていない。
それよりも、涼介に対する焦がれ。涼介の告白。涼介とのキス。つい先程までの出来事の方が恥ずかしい。思い返すと顔から火を噴きそうになる。
・・・やっぱ嘘みてぇ・・・
雨が降らなかったら、今頃は呑気に温泉に浸かっていたのだろうか。もしかしたら湯沢町に向かうFCの中で見ている夢なのかもしれない。
クッションの下でこっそり頬を抓ってみたけれど、痛いだけだった。
「雨・・・」
呟きにクッション越しに目を覗かせると、涼介はいつの間にかテラスに続く窓際に立っていた。
「雨、止まないな」
薄暗がりの中、カーテンに手を掛けて外を眺める涼介は妙に色っぽいように見える。
「もし、お前に何か伝えようとするなら、その場所はきっと星空の下だろうと思っていたんだが・・・こんな状況下とはな」
視線を外に向けたまま、涼介は楽しそうに笑った。
一歩踏み出す勇気はかなりのものだ。
四方八方が暗闇の中、踏み外せばどこまでも落ちていってしまうんじゃないかと思う。確実な道なんか存在しない世界で、手を差し伸べてくれたのは拓海だった。
あの告白の仕方からして、自分の気持ちをはっきり自覚してはいなかったのだろう。それなのに真っ直ぐな心をひるむことなくさらけ出した。
自分とは対照的なその姿にますます惹き付けられてしまう。
自分達はまだ始まったばかりだ。これからどんな困難が待っているか分からないけれど、全力で拓海を守っていけたらいい。
昼飯と呼ぶにはお粗末なトーストを食べた後、テレビを眺めていた拓海は無防備にもそのまま眠ってしまっていた。あどけない寝顔に涼介の口元が弛む。
またそのうち、夜の秋名を眠そうに駆け抜ける少年をこっそり眺めに行こうと涼介は思うのだった。
◆ ◆ ◆
「啓介」
「ん?」
冷蔵庫を物色しようと階段を下りてきた啓介は、朝食を済ませた涼介に呼び止められた
。
「昨日のことだが・・・・悪かったな」
「は?オレ、兄貴に怒られるならともかく、謝られるようなことしてねぇけど」
胡乱気な啓介の声に、涼介はシンクに皿とコップを片付ける手を止めた。
拓海にした忠告がバレて怒られるのだろうか。啓介は身構えたが、そんな心配は必要なかった。
「藤原と付き合うことになったんだ」
「え!?」
瞬間的に啓介は硬直し、照れ臭そうに笑う兄の姿をただ呆然と見つめた。
「お前がした忠告のおかげで、オレ達は両想いだって知ったんだよ」
「・・・・・・・・・・」
あんぐりと口を開け何も答えない啓介に
「ありがとう」
と世界中の女を悩殺するであろう笑顔で礼を告げると、涼介は足取りも軽く二階に続く階段を昇って行った。
「・・・なんだよ」
拓海の話から兄の心情を察したのだが、まさか拓海も涼介を好きだとは考えてもみなかった。
『変なことされるから二人きりになるな』と進言したのは、涼介に脅えた拓海があわよくば自分の所に逃げ込んでくればいいと、考えてのことだったのだが。
キッチンに一人残された啓介は、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと一人虚しく一気飲みをしたのだった。
END
お付き合いありがとうございました。
かなり現実的思考の強い涼介になってしまったので、ここまで持って行くのが大変でした。
連載始めて半年も掛かっちゃいました・・・連載って難しい・・・。
2004.10.01
後日談を書いてみました。(別リンクからどうぞ) back