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星空の下で−7
拓海といると時間の経過を忘れてしまう。
一緒に居るだけでどんな場所も心地良い空間に変わり、手放せない存在だと思い知らされる。大学も最速理論もどうでもよくなってしまいそうで、そんな自分に戸惑う。
・・・藤原を・・・好きなんだ
PAからの帰り道、涼介は自分の気持ちを素直に受け入れた。
悩んだ末に決めた日帰り温泉は自分の気持ちを試す恰好の場だと思ったのだが、そんな所に行かなくても証明できた。拓海と待ち合わせをして、同じ時間を過ごすだけで心が躍る。これは恋でしかない。
認めてしまった以上、好きな相手と二人きりの空間で冷静でいられる自信がなかった。自覚さえしなければ、普通に会話が出来ただろうし顔も見れたのに。
・・・参ったな
拓海の提案で家に招いたけれど、拓海と離れて自室に戻り一人の空間に戻った途端、不安に襲われた。
玄関までの傘の中、触れる肩が熱かった。拓海の背を押す手が汗ばんでいた。冷静であろうと精一杯の自制心を稼働させたつもりだが、拓海に気付かれなかっただろうか。
・・・あいつのためにも、オレは道標でいなければいけないのに・・・
啓介と同じ、ダイヤモンドの原石のような才能。それを開花させる為には、この気持ちは邪魔なものでしかない。片想いにしろ両想いにしろ、どう転んでも拓海の未来を脅かすだけだ。
自分の身勝手な思いでこれ以上拓海を振り回すのはやめなければ。
まだ、自制心が働くうちに。
・・・この関係も今日で終わりだ・・・
群馬県下の峠を録画したビデオを手に、涼介はリビングに向かった。
「お待たせ」
リビングの戸を開けると、涼介の目にとんでもない光景が飛び込んできた。
拓海の右隣には啓介が座り、当たり前のようにオレンジジュースを飲んでいる。空いているはずの啓介の左手は、拓海の痩せた肩にまわっていた。抱きかかえるように伸びた手は、まるで所有物だとでも言うように二人の身体を密着させている。
・・・どういうことだ・・・
表情には出さないものの、一瞬にして涼介は不機嫌になった。
いつの間に啓介が現れたのか。
どうしてそんなに親しげなのか。
冷静になれば簡単に思い付くはずの理由さえ、今の涼介の頭には浮かばない。
仁王立ちして黙っている涼介を、拓海が困った顔で見上げた。
「あの」
「藤原に見せたいものってビデオだったのか」
何か言おうとする拓海を啓介が遮った。涼介が持っているビデオを興味津々に眺めている。
「何のビデオ?」
質問に答えない涼介を不審に思ったらしい二人は
「どうしたんだよ、アニキ」
「涼介さん、具合悪いんですか?」
と、口を揃えて言った。その間も二人の身体は離れなることがなく、その光景が、涼介の頭の奥深い場所で火花を散らすような感覚を招いた。
「いや。別に」
辛うじてその一言が口を突く。普段なら当たり前のポーカーフェイスも、保つのが精一杯だった。
「手、藤原が困った顔をしてるだろう。放してやれ」
一人掛けのソファに座ると、大きく息を吐いた。平静を装うのがこんなにも辛いことだったのだと、涼介は久しぶりに思い出した。
いざ冷静になって考えてみれば、こういう光景になった流れも簡単に想像が付く。
固まっている拓海の身体、その困ったような顔・・・。どう考えても、啓介が強引に触れているだけでしかない。
昔からそうだった。憎むことが出来ない素直で奔放な性格。初対面の人間でも、気に入れば真っ直ぐに手を伸ばす、自分に正直な弟。
口元の食べ零しに手を伸ばしたことに理由を付けなければいけなかった自分とは正反対だ。
「いいじゃん。アニキの彼女じゃないんだからさ」
啓介はあっけらかんと言った。
・・・チッ・・・
涼介は心の中で舌打ちした。啓介の言葉はキズを抉るような言葉だったが、キレても仕方のないことだと自分に言い聞かせる。
啓介が家にいたのは分かっていたし、拓海と接触があるだろうことも覚悟していたのだ。
けれど、まさかこんな光景を見せつけられるとは思ってもみなかった。
「で、いつまで藤原の肩に手を回してるんだ?」
「藤原が帰るまで」
「啓介さんっ! オレはホントに迷惑なんですよっ」
「怒った顔も可愛いな、おまえ」
「いい加減にして下さいっ!」
ずっと我慢していたのか、拓海はついに啓介の腕を強引に振りほどいた。仕方ねぇ とぼやきながらも楽しそうに、啓介は腕を降ろす。
「お前、以外に力があるんだなぁ」
「オレは男ですからね!!可愛いとか言われても嬉しくありません!」
「・・・だってよ、アニキ」
目の前で繰り広げられる二人の言い争いを部外者のように眺めていた涼介に、啓介の意味深なセリフが届いた。涼介の眉間に僅かなシワが寄る。
「どういう意味だ?」
「別に。 あ、アニキ、藤原がジュースお代わりだって」
涼介の質問を軽く流した啓介は、氷しか残っていないグラスを涼介の前に差し出した。
「・・・お前が飲みたいだけだろ」
イライラを誤魔化そうとコーヒーを口に運ぶ。温くなった液体は、苦みがじわじわと胃に広がるばかりで不味かった。
「そうだけどさ〜、可愛い弟にも入れてやってくれよ〜」
「・・・・・・啓介、気色悪い猫撫で声を出すな。大体藤原は客なんだぜ。お前が飲むのが間違ってる」
「藤原だって文句言わなかったし、だからいいじゃん」
「初対面に近いお前に、文句なんか言えないだろう、なあ、藤原」
「はぁ」
「あ、おまえアニキの味方すんのかよっ」
「そういうわけじゃ・・・」
啓介に絡まれながら、拓海はチラチラと涼介の顔色を伺っている。
・・・・・・やれやれ・・・
啓介に腹を立てても結局ペースに乗せられて、怒りさえも消えてしまいそうになる。弟の行動に他意があるとは限らない。誰にでも馴れ馴れしいのは啓介の美点だと無理矢理納得させるしかない。
とにかく、どうにか状況を打破しなくては。
拓海に余計な気を使わせるのはゴメンだし、これ以上啓介と埒のあかない言い合いをするつもりもない。
「とにかく、そんなに飲みたいのならオレのコーヒーでも飲め」
涼介はコーヒーカップを啓介の前に差し出した。
「風呂上がりにホットコーヒーなんて飲めるかよ」
啓介にとっては普段と同じただの軽口だったのだが、今の涼介には通用しなかった。
眉間の皺がますます深くなる。
その表情は思いっきり不機嫌なもので、拓海は驚いた。こんな涼介は初めて見る。あのバトルの日も冷静に見えたし、二人で会うときもいつも穏やかだったのに。
元々の原因は啓介の我が儘だと思うけれど、自分のジュースのせいで兄弟喧嘩に発展されては困る。
拓海は慌てて二人の間に割って入った。
「あの、涼介さん、オレ・・・やっぱ帰ります」
「どうして」
「だって・・・・・・」
言葉を濁らせ拓海は俯いて黙ってしまった。
その様子を見て平静でいられるはずがない。
今まで積み上げてきたモノが一気に崩れていくような気がして、涼介は声を荒げた。
「啓介!」
自分でも信じられないくらいの怒気を含んだ声だった。
「オレは藤原と話があるんだよ。・・・これ以上邪魔するな」
「・・・・・・わーったよ」
さすがの啓介もここは引いた方が良いと判断したのだろう。バスタオルを手にソファから立ち上がる。
「へいへい、邪魔者は部屋に退散させていただきます〜」
「出掛けないのか?」
「何だよアニキ、家にいたらマズイようなことでもするのかよ」
「啓介」
余計なことは言わず、ただ名を呼ぶその声が、涼介の心境そのものだった。
兄がこうなるともう閉口するしかないと、過去の経験から悟っていた。啓介は大きく欠伸をしながら拓海の前を横切った。
「じゃあオレ出掛けてくるわ。ったく、雨だってのについてねーや」
ドアの手前で立ち止まり振り返る。その目は、拓海に向かっていた。
「さっきの忠告、忘れんなよ」
啓介にウインクされ、拓海はチラリと涼介を伺う。その両頬はほんのり赤かった。その様子があまりにも不審で、涼介は拓海に詰め寄った。
「藤原? 忠告って何だ?」
拓海は慌てて顔を逸らすが、それがかえって涼介の勘に触ってしまった。勿論、涼介の怒りの矛先は啓介だ。
「啓介!」
涼介の叱咤に肩を竦めながら啓介は足早にリビングから出て行った。
つづく
涼介、情緒不安定・・・。
2004.09.06
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