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星空の下で−4






やばいかもしれない。

涼介は心の中で焦っていた。

・・・オレはこいつに恋愛感情を抱いているようだ

まだはっきりと自覚したわけではない。
食事の後は赤城峠に連れて行こうと計画していたのに、いざタイムリミットが近付いていると思った途端に こいつを家に帰したくない と思ってしまった。
それはつまり 自分にとって藤原拓海はいつまでも一緒にいたい相手 であるということで。
忙しい日常の中、拓海に会うためにわざわざ秋名に足を運んで。夜中でもバイト中でも、いろいろな藤原拓海を見たくて仕方なくて。
無意識に伸びる手の行方が涼介の疑問の答えだったのだと、今になって気付いた。
触れたくて。
どうあがいても自分の気持ちは誤魔化せない。
好きだなんだろう?
そう考えれば全てに対して答えが出る。
あまりにも簡単な答えが。

それでも簡単に認めるわけにはいかない。
好き の一言で片付けるにはあまりにも大きな問題が立ち塞がっているのだ。
男同士であるという事実。
どんな問題でも常に前進し続けてきた自分だったが、今回ばかりは事が重すぎる。

もし仮に自分の気持ちを認めて受け入れたとしよう。
藤原拓海を好きなこと自体は罪でも誰かに迷惑を掛けるわけではない。
重要なことはその先なのだ。
好きだったら恋人になりたいと思うのは当然だ。告白して、万が一両想いになったとして。
・・・オレは藤原の人生を背負う覚悟があるか?
自分の全てを投げ出す覚悟が出来ても、藤原を苦しめることしかできなかったら?

・・・もしこの気持ちが本物だったとしても・・・

小さいため息と共に隣に座る拓海を横目で盗み見る。
流れる景色をぼんやり眺めているあどけない横顔は、張りつめた涼介の心を和らげるには充分だった。

・・・壊したくねぇな・・・





「あの・・・やっぱ自分の分は払います」
カーゴパンツのポケットからカジュアルなサイフを出した拓海はステアリングを握っている涼介の横顔を伺う。
「遠慮するな。食事に誘ったのはオレの方なんだぜ」
「でも・・・」
「さっきからずっとそう言い続けてるな、藤原は」
涼介は楽しそうに笑っているが、拓海にとっては真剣なことだった。
生憎涼介の分をまとめて支払えるほどの所持金ではなかったのでレジに立つわけにもいかない。先に自分の分を渡しても良かったのだがそれも恥ずかしい。拓海の台所事情を知らない涼介は、今回も当たり前のように支払いを済ませた。店を出てからいざ『ワリカン』を訴えても、拓海の申し出は涼介の右手で軽く一蹴されてしまったのだ。
それからずっとこの会話の繰り返しだった。
「だって奢ってもらう理由なんて無いし・・・」
「気にするなよ。あまり恐縮されるとオレも困る」
「・・・スミマセン・・・ごちそうさまです・・・」
「ああ」
・・・・・・頑固なところは相変わらずだな・・・
涼介は苦笑した。
拓海に奢る理由なんていくらでもある。自分の方が年上だから、この店に来たかったから、一緒に食事がしたかったから、仲良くしたいから・・・。
さすがに後者を言えるわけがないので、涼介は話題を変えることにした。
「それより・・・藤原の家には門限があるのか?高校生だからあまり遅くなったらまずいよな」
「門限ですか?特にないですけど・・・。明日は日曜だし・・・」
父親と二人暮らしの拓海には特に門限というモノは存在しないが、それでも遅くなる場合は一言言っておかなければいけないだろう。あんな父親でも一人息子のことはそれなりに心配しているようで、遅く帰宅すると口より態度で嫌味を言われるのだ。
「これからどこか行くんですか?」
「・・・どこかな」
涼介は、らしくない曖昧な返事をする。
そう言われては拓海もそれ以上訊けず、FCの中は無言の空間になってしまった。



赤信号で止まった交差点で沈黙を破るように拓海は口を開いた。会話もないまま10分以上走っていてはどうにも落ち着かない。
「涼介さん・・・あの、そんなに遅くなるんですか?・・・遅くなるんだったら一応オヤジに電話しないと・・・」
流石に零時を廻ることはないよな、と思いつつ念のため訊いてみる。どこかに行くとしてもそんなに遠くではないだろうけれど。
「そうだな。申し訳ないけどあともうしばらく付き合ってくれ」
「はぁ」
「11時までには家へ帰すよ。それくらいなら平気か?一応連絡する?」
そう言って涼介はケイタイを差し出した。涼介に似合う白い携帯には余計なストラップは付いていない。
「だ・・・大丈夫です。池谷先輩とかとメシ喰ったりしてそれくらいの時間になるときあるし・・・」
・・・涼介さんのケイタイなんて悪くて使えねぇし
「そうか」
ケイタイをシャツの胸ポケットにしまう涼介の横顔は少し覇気がないように思えた。暗い車内だからだろうか。それとも何か気を使わせているのだろうか。
「・・・あの、涼介さん疲れていませんか?・・・さっきより元気がないかも」
思い切って拓海は訊ねてみる。
「オレが?」
涼介は一瞬驚いた顔をして、それからふわりと笑った。
「大丈夫だよ。心配してくれるのか?」
不意に涼介の左手がナビシートに伸びる。
それが拓海の髪に触れようとしたとき、後続車からクラクションを鳴らされた。信号はいつのまにか青に変わっている。
涼介は手をシフトレバーに戻すと何事もなかったようにFCを発進させた。
それでも拓海には聞こえてしまった。
手を戻す瞬間、涼介が小さく舌打ちしたのを。
・・・クラクションに腹立ったのかな・・・
拓海は涼介の横顔をしばらく見つめていた。




結局赤城峠には行かず、ただ闇雲に車を走らせて、気付けば秋名湖畔に車を停めていた。
沈黙を破るタイミングを失った涼介は、ナビシートを横目で伺った。どこか不安そうな拓海の様子にますます口が重くなる。
そんな涼介の気持ちを察したのか拓海が唐突に口を開いた。
「涼介さん」
名を呼ぶだけなのに相変わらず遠慮がちな声は、張りつめていた神経を優しく解してくれる。あまりにも心地良くて、涼介は返事さえし忘れてしまう。
「あの・・・大丈夫ですか?」
心配そうな顔が距離をほんの少し縮めてきた。それに驚いて涼介は慌ててしまう。
「悪い。やっぱり疲れてるのかもしれない。ちょっとここで休んでも良いか?」
「オレ、なんか飲み物買ってきましょうか?」
涼介の態度がどこかおかしいと思ったのか、拓海は近くで煌々と光っている自動販売機を指差した。手は既にドアにかかっている。
「いや、ありがとう。大丈夫だからここにいてくれ」
「・・・そうですか」
拓海はおとなしく座り直して涼介の様子を伺っている。
時計を見れば9時半。ろくにしゃべらず三十分近くも拓海を不安にさせていたのかと思うと涼介の胸が痛んだ。
・・・・・・考え込んでいても仕方がないな
涼介は一度深呼吸すると
「オレと会っててイヤじゃなかったか?」
とストレートに訊いてみた。
男が同性に対して質問するにはあまりにも変な内容だろう。けれど拓海は真面目な顔をして答えた。
「涼介さんと会うの・・・そんな、イヤなわけないです。・・・えと、メシ奢って貰ったからとかじゃなくて、メシとか抜きでも全然平気だし・・・」
夕飯が比較対照というのは笑えるが、涼介にとっては嬉しい返事だ。
「オレ・・・涼介さんに誘ってもらえて夢みたいだし・・・どうしてオレなんかってずっと疑問に思ってて・・・なんでオレを誘ってくれたんですか?」
そういう質問が返ってくるとは思っていなかった涼介は、一瞬言葉に詰まる。『お前のことが好きかもしれないから』と言うわけにいかず、動揺した口は勝手に動いてしまった。
「オレにも分からない・・・かな」
「・・・変な答えですね」
涼介の言葉を聞いた拓海はどう捉えたのだろうか。長い睫毛を伏せて笑っている。
狭い車内、手を伸ばせば簡単に抱きしめられるだろう。辛うじて我慢した涼介は、今がタイムリミットだろうと判断した。
「今度はいつ会える?」
「明日だったら空いてますよ。日曜だけど休みもらえたんです」
「じゃあ明日、藤原の家の前まで迎えに行くよ」
「わかりました」
さすがに涼介の誘いに慣れてきたのだろう。拓海は動揺することなく素直に頷いた。
「今日はもう送ってくよ。楽しかった」
涼介は満面の笑顔で拓海を見ると、FCを発進させた。約束を取り付けた涼介の心は、先程までのものとはうって変わって晴れ晴れしていた。




                                              つづく







涼介悶々・・・。
日曜日のデートはどこも混雑しそうですね。


2004.08.05
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