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星空の下で−3
藤原拓海に嫌われていることはなさそうだ。
昨日の様子ではむしろ好意を抱いてもらっていると考えた方が良いだろう。
大学の研究室に一人佇み、昨夜の少年を思い出す。
すぐうつむくし赤くなるし動揺するし・・・マジで啓介と正反対だぜ・・・
考えてみれば今まで自分の周囲にいなかったタイプだ。だから余計に興味を抱くのだろうか。そもそもその『興味』がどんな種類のモノなのか自分にも分からない。
だからそれを突き止めようと藤原拓海に会ってみたのだが。
正直、混乱している。
同性の高校生に対して制服姿を可愛いと思ってしまった。夏服の半袖があのさらさらした髪と同じように、どこか幼い顔を引き立てていた。
・・・それにしても。
どうしてあんなふうに藤原の口元に手を伸ばしてしまったのだろうか。
しかも伸ばしてから自分の行為に気付き、収集がつかなくなって思わず口に運んでしまった。
驚く藤原に対して いつも啓介にしているのだと、そんなベタな嘘までつくなんて自分はどこかおかしいのかもしれない。
・・・あいつは気持ち悪く思わなかっただろうか?
ハタチをとっくに過ぎた男が弟にあんなことをしてるだなんて言ったりして・・・。
そう思うことさえも理解に苦しむ。
藤原に誤解されるのを恐れる自分。
なぜ・・・そう思う?
一定の鈍い音を立てている遠心分離器をジッと見つめたまま、医学部でも有名な男は一人出ることのない答えを求め考え続けた。
いつもにも増してしつこく付きまとう親友をまいた拓海は人気のない踊り場で深い溜め息をついた。
『あの高橋涼介がおまえを誘うなんてどういうことだよ!』
・・・オレだってマジでわかんねぇよ・・・
拓海は頭をかきむしりながら階段に座り込む。
ファミレスに着く前までは、池谷や健二のようにハチロクの中身を教えろとかそういう類のことを聞かれるのだと予想していたのに、涼介は全く関係のない話しかしなかった。
それはまるでクラスメイトのように、他愛もない日常的な会話。
だから余計に分からない。
自分が車に関して無知だと知っていたのだろうか。
・・・気を使ってくれていたのか?
知っていたとしてもどうして自分なんかを誘ったのか。
・・・涼介さんのことだからなんか考えがあるんだろうけど・・・
初対面に近い関係なのにいきなり、しかも高橋涼介が一人で自分を誘うなんて。
・・・本当はハチロクやレッドサンズに関することでも話したかったんじゃないのか?
拓海自信、涼介に誘われてからずっと考え続けている。けれど、こればかりはイツキに何度聞かれても答えようがない。涼介の本心なんて分かるわけがないのだ。
「今度はいつ会うのかな・・・」
別れ際に また会いたい と涼介は言った。
社交辞令か?・・・やっぱ嘘かもしんない・・・
そう思うけれど、あの涼介が嘘を付くとは思えない。それに、その言葉を信じて待っていたいと思う。
自分からはろくに話なんかできなかったけれど一緒に居た時間は心地良かった。あの顔を見て声を聞いて、同じ空気を吸っている自分がとても満たされていたように感じた。
そんなことを考えている自分の顔はきっとまた赤いのだろう。
両膝に顔を埋めて拓海はボツリと呟く。
「おれ・・・おかしいのかも・・・」
あの日から数日後、土曜日の夜に涼介は現れた。
「藤原?」
接客に出た池谷に給油を任せ、FCから降りた涼介は真っ先に拓海の近くへ歩み寄る。拓海は使用済みのタオルを洗濯カゴに入れながら、相変わらず真っ赤になっていた。
「あ・・・こんばんは、高橋さん」
「ふふ、高橋はよせよ。涼介でいいから」
「えと・・・」
「バイト、何時上がりなんだ?」
「・・・もうすぐ終わります」
「7時か?あと10分くらいだな」
「はい」
このタイミングの良さは偶然だろうか。いつもはもう少し遅いけれど、今日は早いシフトだったから7時にバイトは終わるのだ。
「丁度良かった。終わるまでここで待たせてもらうよ」
「え・・・でも・・・」
「何か予定があった?」
「いえ・・・こんな有名な車が止まってたら変な客とか来るかもしれないし・・・」
涼介の白いFCは群馬エリアでは有名だ。レッドサンズのステッカーがある限り、どこにいても走り屋の目を引く。
「そんな心配するなよ。この時間じゃそういう奴らも通らないだろ。ああ、でも・・・藤原が困るならどこかで時間潰してくるけど」
「いえっ困ることはないですっ」
「・・・そうか。じゃあオレは藤原のバイト姿を眺めて待ってるよ」
・・・恥ずかしいからやめて下さい!
などと突っ込みを入れることも出来ずに拓海はコクコクと頷いた。
「お待たせしました」
「ああ、ご苦労さん」
「えーと・・・今日も夕飯・・・食べに行くんですか?」
「腹減ってるだろ?スタンドは肉体労働だからな」
「ええ、まぁ」
「今日は俺が連れてってやるよ」
「・・・そう・・・ですか」
「なに?どこか行きたい所でもあった?」
「いえ別に」
・・・無茶苦茶高い店なんか行かねぇよな
バイトが終わって制服に着替えながら確認したサイフの中には2千円しか入っていなかった。銀行に行きたいなんて涼介に言ったら笑われるだろうか。
「じゃ乗れよ」
「はぁ」
助手席に収まった拓海をしばらく見て、涼介が訊ねた。
「・・・制服だと出かけづらいか?」
「あ・・・」
そいういえば今日も制服だったっけ・・・。
ファミレスで感じた気後れをすっかり忘れていた。けれど、今日も午前中は学校だったから仕方ない。
「どうする?一度着替えに戻る?」
ステアリングに頬杖を尽きながら自分を見ている涼介の顔を正視できなくて、拓海は視線を彷徨わせてしまう。
「でも・・・悪いです」
「気を使うなよ。この前・・・制服を気にしてただろ?」
「え・・・」
・・・どうして分かったんだ?
思わず涼介の目を見てしまう。その途端、思いがけないことを言われた。
「制服の藤原も可愛いけど、夜出かけるには都合が悪いかな」
・・・可愛いって・・・
顔が赤くなるのを止められない。涼介は気にした様子もなくさらりとしている。
「え・・・と・・・」
「私服の方がオレとしても都合が良いんだが」
そう言われたら遠慮する必要もない。拓海は赤い顔のまま頷いた。
「じゃあ、スイマセン。一度家に向かって下さい」
「OK」
池谷とイツキの、相変わらずの視線を浴びながらFCはガソリンスタンドを後にした。
涼介が向かったのは小さな喫茶店だった。
「一人で秋名に来たときここらへん走っててさ、ちょっと気になったんだ。あまり人目に付かないように看板が出てるだろ?」
「そうですね。オレも今まで気付かなかったです」
店を囲むように生い茂っている背高の木々から遠慮がちに覗いている看板は、地元に住んでいる拓海でも気付かなかった。その看板以外にここが喫茶店だとアピールするモノはなく、もし気付いたとしても通り過ぎてしまう人の方が多いだろう。
「きっと静けさを大事にしてる店なんだろうって勝手に思ってた。啓介と入るにしても、あいつの声はでかいし、周りの空気が読めないからな。一人で入るのもなんだし・・・それなら藤原を誘おうと思ってさ」
「ど・・・どうも・・・」
「それにしても思った通り静かだな」
ログハウス調の店内にはゆったりとしたジャズが流れている。インテリアも古さを感じさせるものばかりで趣味が良い。動くことはないだろう蓄音機は丁寧に磨かれて隅に飾られている。
・・・良かった・・・
メニューの殆どはパスタ類で値段もファミレスと大差ない。拓海はメニューに隠れてホッと息を吐いた。これなら自分の分は自分で払える。
しかし、それも束の間、飲み物をどうするか視線を移動して、意外な数字が飛び込んできた。
げっ・・・飲み物高ぇ・・・っ。コーヒー1杯が550円ってなんだよ!?オレンジジュースも600円って・・・オレ、やっぱ飲み物いらねぇ・・・
「ご注文はお決まりでしょうか?」
いつのまにかウェイトレスが伝票を片手に立っていた。
「ああ、オレは決まったけど藤原は?」
「えと、決めました」
注文を受けに来た店員は、この店のオーナー夫人だろうか。ウェイトレスと呼ぶにはほど遠い と言ったら悪いけれど、品の良い中年女性だった。前回のファミレスの若いウェイトレスは涼介の顔を見るなり固まっていたから、拓海は少しホッとした。
・・・何でホッとするんだよ、オレ!
自分に突っ込みを入れている間に涼介はオーダーしている。
「サーモンクリームのスパゲッティとブレンドコーヒー。藤原は?」
「あ・・・オレ、ナスのミートソース」
「飲み物は?コーヒーで良いのか?」
「いやっあのっ・・・オレコーヒーはあんまり・・・」
高ぇし・・・とは言えず、拓海は首を横に振った。
「じゃあオレンジジュースで良いな」
涼介は拓海に承諾も取らずに注文してしまった。
「あっ・・・・・・」
「かしこまりました」
注文内容を繰り返して厨房に戻っていく店員の後ろ姿を、拓海は恨めしく見送る。
ギリギリ2千円で足りるよな・・・
「どうした?」
固まっている拓海を不審に思ったのか、涼介が顔を覗いてくる。
「いえ、別に・・・」
「オレンジジュースが嫌いってわけじゃないよな?この前飲んでたから頼んだんだけど・・・」
キャンセルするか?
と訊かれて お願いします なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
それでも実物が来て一口口に含んでみれば、その美味しさに感動さえした。
「美味しい・・・」
「生ジュースなんだろうな。オレにも一口」
また・・・
男同士で同じ飲み物を回し飲みするのもどうかと思う。けれど相変わらず涼介は淡々としているし
「蜂蜜も入れてあるみたいだな」
などと冷静に味の分析をしていたりもする。
「そうなんですか?オレ、全然わかんなかった」
拓海には 今まで飲んだオレンジジュースなんか比べものにならない程美味しい 以外の感想が出てこない。
・・・ハチミツなんてわかんねぇ
きっと涼介のことだから美味いと評判の高級料理ばかり食べているから舌が肥えているのだろう。
「藤原らしくていいじゃないか」
涼介はオレンジジュースを返しながら笑った。
「バカにしてます?」
「誉めてるんだよ」
・・・ぜってーバカにしてる・・・
そんな風に思っても涼介に腹が立たないのは不思議なことだった。
食後に出されたコーヒーをゆっくり飲み干し、涼介は正面に座る拓海を ちらり と見つめる。
満腹感に幸せを感じているのか、窓から見える夜景に口元を綻ばせている。夜景と言っても木々の間から街灯の明かりが見える程度なのだが。
放っておいたら頬杖をついたまま眠ってしまうのではないかと思う。
・・・飽きないヤツだな・・・
前回よりもかなり距離感が縮んだようだ。藤原も結構気を許し始めてくれたように感じる。
・・・オレはこの後どうしたい?
空になったコーヒーカップに視線を落とすと涼介は前もって立てておいた今後の予定の確認を始めた。
つづく
どうする〜りょうすけ〜♪
っていうか、涼介の今後の予定は私にも分からない。
さて、どうしよう。
2004.06.01
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