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不本意な接待 (後)
文太の予想に反して、男三人の晩餐は和やかなものだった。
涼介が持ち込んだ大きなホットプレートで各自それぞれ肉や野菜を焼いているせいか、会話に気を使うこともない。
それでも普段と違う息子が視界に入るものだから視線のやり場に困るし、落ち着かない。文太は目の前の光景を時折白い目で眺め、魚沼産コシヒカリを口に運んでいた。
初めのうちは文太と涼介に挟まれて落ち着かない拓海だったが、いざ食事が始まってしまうと文太を放置することにしたらしい。
涼介にべったりの息子を見ていると、妙な寒気がする。
(せっかくの米が美味くねぇ・・・)
居心地の悪さに毒突いても、涼介が持ってきた新米コシヒカリは美味しい。農家直送だというのだからさぞかし高い米なのだろう。
こんなモン貰っても拓海はやらねぇぞ とか どうせウチは貧乏だよ とか、嫌味の一言も吐きたい気分だが、大人げないからやめた。酒とタバコと米さえあればいいと常日頃から思っている文太にとって、魚沼産(しかも新米)という響きはとてつもなく魅力的なのだ。二日酔いを引きずっているせいで少し胸焼けがするけれど、滅多に食べれないシロモノを見逃すわけにもいかない。
「美味しいですか?」
文太の視線に気付いた涼介が訊ねてきた。
「ああ。あんたが持って来てくれなかったら一生掛かっても食べられなかったかもなぁ」
「オヤジっ」
素直に『美味い』と言うのも癪なのでひねくれた答えをする文太に、拓海が呻る。しかし、それだけ言って口を噤んでしまった。
愛しの涼介さんの前で地を出したくないのだろう、それ以上文句を言えないらしい。目だけが素直に文太を睨んでいる。
「喜んで貰えて良かったです」
涼介がにっこり笑った。
「お酒とお米が好きだって、拓海君から聞いていたんですよ」
「涼介さんっ」
余計なこと言わないで下さいよっ と拓海が小声で涼介に小突いている。その顔がほんのり赤いのはホットプレートの熱気のせいだと思いたい。
(うーん、居づれぇな・・・)
時々三人での食事を承諾したことを後悔しつつ、それでも文太が食卓から去らないのは、招かれざる客である涼介のおかげだった。
涼介は気が利く。無理に神経を使っているわけでもなさそうだ。
「どうぞ」
コップが空けばビールを注いでくれるし
「ほらよ」
「どうも」
文太が進めれば、嫌がらずにコップを空ける。商工会の寄り合いでもここまで付き合いのいい男はいない。最近の若い奴らは・・・が口癖になっている文太だが、涼介には閉口してしまう。
以外にも涼介のことを気に入っている自分に気付いて、文太は酒を煽った。
(懐柔されてどうするよ)
嫌いではないが、受け入れたくはない。最近の車を認めたくないと思う気持ちによく似ている。
「オヤジはもう酒飲むなよ! 昨日の酒だって抜けてないんだろっ。それに涼介さんにやたらと飲ますなよっ」
見かねた拓海が猫被りをやめて文太から瓶を取り上げた。
「子供じゃねぇんだから、兄ちゃんだって嫌なら嫌ってはっきり断るだろうが。なぁ?」
文太は悪びれずに涼介の顔を見る。涼介はキュウリの浅漬けを口に運びながら頷いた。
「まだいけますよ」
「ほらな」
「でも、明日は大学だし、夜はDの打ち合わせだし」
「拓海よー、お前、まるで兄ちゃんの付き人みてぇだな」
「そんなんじゃないよっ」
「じゃ、なんなんだよ」
シーン・・・と、食卓が静まり返る。返答に困ったのか拓海は口をへの字に曲げて黙ってしまった。
(変なこと聞いちまったか?)
この質問に意図があったわけではない、特に考えもせず、話の流れから口走ったことだ。今更取り繕うのは不自然だし、文太は拓海の答えを待つことにした。
「えーと・・・」
困った顔をして涼介の顔を見る。何かしら意見を求めているようだが、涼介は何も答えずに拓海を見返すだけだった。その唇の端がほんの僅か上がっていて、文太には楽しんでいるように見えた。
(ほー・・・)
文太はあることに気付いた。涼介の表情から、彼が自分と同じ感情を抱いているのだと直感的に感じたのだ。
はっきり言って、困っている拓海は可愛い。嫌だと言って口を尖らせる仕草も、それでも拒めずに逆ギレに近い形で前進する姿も、幼くて可愛いと思う。
おそらく涼介は、文太と同じに拓海で楽しんでいるのだ。
自分との関係を何て言えば良いのか真面目に考えている拓海。
バカ正直で嘘を付くことが苦手な息子。
父親と恋人の間で助け船も出されずにオロオロしているその様子は、はっきり言って面白い。
(適当に話題を変えれば済むのになぁ)
「兄ちゃん、もう一杯どうだ」
困っている拓海を充分堪能した文太は、同じく笑いを堪えている様子の涼介に瓶を差し出した。
「ところで兄ちゃんよ、あんた、メシ喰いに来ただけじゃねぇんだろ? 一体何を企んでるんだ?」
拓海が席を外した隙に、文太は思い切って口を開いた。訊ねなければ何事もなく時間は過ぎていくかもしれないが、このままやり過ごしたら後悔するだろうと思ったからだ。
「企むだなんて随分人聞きの悪いこと言いますね」
涼介は怯むことなく微笑んだ。負けずに文太も大きく構える。
「当たり前だろ、牽制しておきたいんだからよ」
「安心してください」
「ん?」
「拓海君をくださいなんて、今日の所は言いませんよ」
「・・・・・・あんた、イヤな性格だな」
一瞬『来たか』と心臓が凍ったけれど、文太は肩の力を抜いて大きな溜め息を吐いた。脇に置いてあったタバコに手を伸ばし、慣れた仕草で火を点ける。
(思った以上に大物だな。逆に牽制しやがったぜ・・・)
金持ちの息子にしては肝が据わってる。文太の直球を平然と交わすのだから、相当な場数をこなしているのだろう。伊達に走り屋のトップを務めていないわけだ。
紫煙を追っていたら涼介と目が合った。
あんたも吸うか? と目で合図を送ってみる。
「火、点けてやるからよ」
自分でも耳を疑うような言葉だった。
涼介もそう思ったのだろう。一瞬の間を置いてタバコをくわえ、差し出されたライターに顔を寄せた。
「あんたといると調子が狂うな」
困ったような文太の言葉に、離れていく端正な顔が笑顔を浮かべた。
「誉め言葉として受け取っておきますよ」
「誉め言葉?」
「お父さんを動揺させるくらいには認めて貰ってるようだから」
「・・・お父さんねぇ・・・」
「”おじさん”の方が良いですか?」
「そういう問題じゃねぇんだけどよ」
涼介の冗談に鼻で笑い返しながら、灰皿に灰を落とした。
完全に見透かされている。
確かに、ムキになればなるほど涼介の存在を肯定しているようなものだ。気に入らなかったら流してしまえばいいのに。
(俺も拓海と同じってことか・・・)
バカ正直なところは遺伝なのかもしれない。
「オレ達が付き合ってるのは既にご存じだと思います。でも、今日はちゃんとオレの口から拓海君との交際を報告したかったんです」
「はっきり言ってくれるぜ」
細い目がますます細くなり、涼介を見据えた。
「確かに、拓海があんたと普通の友達じゃねぇってのは薄々感ずいちゃいたけどさ・・・やっぱ男同士だしよ、信じたくねぇ部分も有るんだ。あれであいつは女にもモテるしな、嫁に苦労することはないだろうし」
「・・・・・・」
「あんたの覚悟は分かってるつもりだぜ。男同士だなんてリスクを背負うには、あんたは恵まれすぎてるからな。気まぐれや興味本位なんかでわざわざ苦労しようだなんて思わないだろ」
「苦労だなんて思いません。むしろ、救われているくらいです」
(本気の男は怖ぇな・・・)
涼介の目を見ていると、自分の若かった頃を思い出す。文太が睨んでも一向に目を逸らす気配はない。絶対に譲らないと、真摯に訴えかけてくる力強い決意。
こんな目をした男相手に反対したって、焼け石に水だ。
「俺は父親だからな、あいつのことは母親の分も併せて見守っていかなくちゃならねぇんだ。道を踏み外すような真似はさせたくねぇ」
ぷはぁ〜と紫煙を吹き出しす様子を、涼介は黙って見ている。
「けどよ、何かを好きになるのだけは止めらんねぇ。喰いモンにしても車にしても・・・恋人にしても、それはあいつの気持ちだからよ」
「・・・・・・」
「あんたに会ってあいつは随分変わったよ。車のことに関しちゃ負け無しだと思っていたが・・・腹が立つことに、俺よりあんたに教わる方が上達が早いかもしれねぇ。正直言って、ここ最近驚いてばかりだ」
「そうですか」
「勿論、車のことだけじゃねぇけどよ・・・」
ほら と灰皿を差し出す。涼介のタバコからは灰が落ちそうになっていた。
「なんだかな〜、一人前に俺のこと労りやがるんだ。年寄り扱いしやがってよ、まったく、調子が狂うぜ・・・」
子供だと思っていたのに、ふとした時に大人の表情を見せるようになった。涼介絡みだけではなく、日々の生活においても随所に見られるようになったのだ。
「どうしてあんたなんだろうな・・・。そんなこと俺が考えたって俺は拓海じゃねぇからわからねぇ。 けどよ・・・分かってやらなきゃ、親として失格だからな。あいつがあんたを選んだのなら、俺に邪魔は出来ねぇ」
「・・・・・・」
「それに、あいつが泣くのはもう見たくねぇからな・・・」
ハチロクのエンジンブローの時、乗り越えなければいけない壁だと仕向けたのは自分だった。分かっていたけれど、隣で肩を揺らす息子を見ているのは辛かった。もう、あんな風に泣かせたくない。
短くなったタバコを灰皿で揉み消すと、文太は優しく微笑んだ。
「あいつを頼むよ、涼介さん」
「・・・はい」
正座した膝の上に拳を作り、涼介は深々と頭を下げた。
◇ ◆ ◇
交際を許しただけで、先の話は考えていない。
と、文太は今更ながら考えていた。
文太にも大きな夢がある。
息子を持つ父親にとって重要な”嫁のエプロン姿”。世のオヤジ達と同じように拓海が小さい頃からそれを楽しみにしてきた文太である。
それなのに。
こんな形で期待が崩れていくとは思ってもみなかった。
台所で後片付けをしている二人はエプロンを着用している。拓海のエプロン姿は見慣れているから気にならないけれど、涼介には違和感を覚える。
(エプロンのせいか? それとも見慣れりゃいいのか?)
”嫁を貰いたい”夢を捨てきれない文太は、二人の後ろ姿を眺めながら想像することにした。
”涼介を嫁に貰ったら・・・”という設定だ。
風呂を沸かす涼介、洗濯を干す涼介、台所に立つ涼介、豆腐作りに精を出す涼介(店番を任せたら売り上げアップは間違いないだろう)・・・色々想像してみたけれど、気持ち悪い。とてもじゃないが『嫁』とは思えない。なにしろでかすぎる上に可愛くない。
小さくて目の大きなエプロンの似合う可愛い嫁・・・その理想像とはあまりにもかけ離れている。
(拓海の方がよっぽど嫁っぽいんだけどなぁ)
しかし拓海は息子なので”嫁”とは思えない。
こうなったら”嫁のエプロン姿”は泣く泣く諦めて、素直に”医者の婿”を貰ったのだと喜んだ方が良さそうだ。
「熱っ」
「大丈夫か?」
沸騰したばかりのヤカンを触ったらしい拓海が悲鳴を上げ、涼介が手を取って確認している。
(こいつらオレのこと忘れてんじゃねぇのか?)
目の前で繰り広げられるイチャイチャな世界に、思わず身震いする。
(兄ちゃんを貰うより、拓海を嫁に出した方がまだマシだぜ・・・)
こんな光景を毎日見せられたらたまったもんじゃない。一人でのんびり老後を迎えた方が長生きできそうな気がする。
(孫も息子も嫁もエプロンも諦めなきゃいけないなんてよ・・・恨むぜ、兄ちゃん・・・)
文太の悲しげな深い溜め息は、問題の二人に聞こえることはなかった。
END
お付き合いありがとうございました。
文太vs涼介の結果は涼介の完全勝利でした。(何故ってこのサイトが円満涼拓だから・・・笑)
親父さんには申し訳ない話になってしまいました。
しかも、シリアスで終わるかと思えばギャグだし・・・。ま、いっか。
備考>> 藤原親子は涼介に弱いということが判明。
2004.10.30
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