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不本意な接待 (中)
「自分が馬鹿に思えてよ・・・」
通い慣れた居酒屋のカウンターに座り、文太は熱燗を煽っていた。顔は赤く、目はいつもよりも細くなり、完全に酔っぱらいの風貌だ。しかし、酒を煽る勢いとは裏腹にどこか意気消沈しているようにも見える。
「情けねぇよなぁ」
高橋涼介の来訪をOKしたものの、いざ明日に迫ってみればどうにも落ち着かない。拓海もそれは同じに思っているようで、藤原豆腐店の主とその息子はギクシャクした時間を過ごしていた。
あまりの居心地の悪さに思い余って、愚痴のはけ口を呼び出したのが2時間前のことだった。
「祐一、オレはどうすりゃ良いかな・・・」
「そりゃお前が断らないのが悪いんだからさ、あとは愛想良く笑ってるしかねぇだろうよ」
拓海がバイトしていた先の店長 立花祐一は、腕時計に目をやると肩で息を吐いた。突然電話で呼び出され、何事かと思って駆け付ければ”高橋涼介がメシを食いに来る”と鼻息荒く愚痴を言い出した。もう、2時間も前のことだ。
「大体なぁ、嫌がる拓海を見たいからOKしただなんて、お前の頭の中はどうなってるんだ? オレにはさっぱり、これっぽっちもわからねぇ」
つまみは食べ過ぎたし、酒もこれ以上飲めそうにない。愚痴の発生元は話を止める気配すら見せない。
(いつになったら帰れるんだ・・・)
祐一は今日何度目かの溜め息を吐いた。
「だってよぉ、口を尖らしてるあいつを見るのは面白れぇんだよ」
「だからって高橋涼介が来るのをOKするか? 自分の息子を貰いに来るかもしれないんだぞ!?」
祐一の言葉に一瞬の間をおいて、文太は顔を上げた。
「・・・やっぱ貰いに来るのか?」
「そうだろ、普通は」
落胆した文太は、反論もせずに口を噤んでしまった。
こんな顔を何度か見たことがある。娘の彼氏が挨拶に来るのだと、情緒不安になる父親のアレだ。テレビドラマなんかで見たことはあるけれど、実物を見たのは初めてのことだ。
それがまさか文太とは。
(親バカにも程があるぜ・・・)
酒臭い息を盛大に吐き、空になったお猪口になみなみと酒を注ぐ。飲み過ぎだと思うけれど、文太の気持ちを考えると無謀な手酌を止めることは出来なかった。・・・明日は我が身かもしれないのだ。
「それにしても拓海と高橋涼介がそんな仲だったとはなぁ・・・」
一年前の出来事を思い出す限り、拓海はごく普通の高校生だったはずだ。あの芸術的ドリフトを披露するまでは、だが。
「あ〜、でもな、やっぱ薔薇の花束を送ってきたあたり、高橋涼介は普通じゃなかったんだよな〜」
「薔薇の花束?」
「ほら、バトルの挑戦状と一緒にオレの店に送ってきたって言っただろ、真っ赤な薔薇の花束をさ」
「お前の店に?」
R32とのバトルの後だ、と聞いて、文太はようやく思い出したようだ。
「あ〜・・・そういやそうだっけな」
「そのころからきっと目を付けてたんじゃないのか? 拓海のヤツ、池谷やイツキと違って目立つからなぁ。なんか危なっかしいって言うか放っとけないって言うか・・・」
「あいつは男だぞ」
眉間に皺を寄せた文太に凄まれても、祐一は怯まなかった。
「ああ、男だ。でも、拓海には人を惹き付ける魅力ってもんがある」
「・・・そうかぁ?」
「ああ」
血は争えねぇみたいだ と、祐一は心の中で付け足した。
車にしても性格にしても、文太は昔から他人を惹き付ける何かを持っていた。本人にそんなことを言ったら大笑いされそうなので黙っていたのだが、やはり遺伝だろうか。拓海も同じような何かを持っているように見える。
「そういやぁ」
思い付いたように文太が言った。
「あいつの部屋に汚ねぇドライフラワーがあったっけな・・・」
「ははぁ〜、それはズバリ高橋涼介からの薔薇だな。ドライフラワーにするなんて、ひょっとしたら拓海もその頃から好きだったんじゃないのか?」
「・・・・・・」
「そしたらお前が出る幕なんか少しもねぇな」
「うーん・・・」
無精髭を人差し指で掻きながら、文太は力無く項垂れた。
(あ〜あ〜、こんな小さくなっちまってよ・・・)
落ち込む文太にどう声を掛けて良いのか分からず、祐一はそっと肩に手を掛けた。
そして翌日。
「ただいま」
時計の針が6時半を指した頃、ハチロクで出掛けていた拓海が戻って来た。その後ろにはえらく男前な高橋涼介が爽やかな笑顔を浮かべて立っている。血統書付き、と言う例えがぴったりの、あまり見慣れない人種を前に、文太は無意識に身構えた。
「お邪魔します。今日は無理言ってすみません」
こういう場合は『いらっしゃい』とか『ゆっくりしてってくれ』とか言うべきなのだろうか。しかし、心から歓迎はしていないし、正直言って長居されても困る。
(う〜・・・頭痛ぇ・・・)
おまけに二日酔いのせいで愛想笑いすら出来ない。
「・・・おう・・・」
結局、何と答えていいのかわからず引きつった顔をしたまま適当な返事をした。そんな文太に涼介はイヤな顔をせず会釈し返す。それがあまりにも自然体なので嫌味が全く感じられない。
なるほど、今まで拓海の周りにいなかったタイプだ。根が甘えん坊な息子がなつくのも良く判る。
「えーと、涼介さん、あの、狭くて汚いですけど上がって下さい」
「おい、こら、拓海」
狭くて悪かったな と続けようとしたけれど、祐一に『なるべく黙ってろ』と言われたことを思い出し、慌てて口を噤んだ。そんな文太を気味悪く感じたのだろうか、拓海が訝しげな視線を投げてよこした。
「オヤジ」
「何だよ」
「酒臭ぇからこれでも噛んでろよ。・・・支度できたら呼ぶから」
「・・・ああ。悪ぃな」
今日は7時で閉店だ。とりあえず残り30分、商売に没頭してれば、少しは気が落ち着くかもしれない。
(それに、この兄ちゃんは嫌いじゃねぇんだよな・・・)
拓海が差し出した板ガムを口に放り込んで、文太は二人に背を向けた。
つづく
哀愁漂うオヤジ達・・・。
収まらなかったので中編になってしまいました。 次回、後編で終わるかな・・・。
2004.10.18
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