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不本意な接待 (前)
「なぁオヤジ」
拓海に呼び止められ、文太は店に向かう足を止めた。
「なんだ」
振り返り、ちゃぶ台の脇に座ったままの拓海の顔を見返す。顔は文太を見上げているけれど視線は泳いでいて、何か言いにくそうにしている。こういう顔をするときは頼み事がある時なのだが、今日はまた一段と余所余所しい。
(こりゃ普通の頼み事じゃねぇな)
文太は暖簾から手を離し、仕方なく畳に座り直した。
「カネならねぇぞ」
拓海が言いたいこととは違うだろうが、とりあえず言っておく。いつもの先制だった。
「そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ何だ。オレは忙しいんだ。用があるなら早く言え」
「今週の金曜日だけど・・・夕飯ウチで喰うよな」
「あ〜? 随分変な質問だな」
「いいから答えろよ」
拓海はイライラと急かす。一体何を切羽詰まってるのだろうか。
文太は何かとカレンダーに書き込むので、予定を確認したかったらカレンダーを見ればいい。わざわざ確認するということはよっぽど大事な用事なのかもしれない。
(それにしてもそれと夕飯がどう関係あるんだ?)
疑問に思うけれど、とりあえず質問に答える。
「その日は寄り合いもねぇな。まぁ急用が入らない限りはウチで食べるだろうよ」
「そう・・・」
拓海は力無く呟いた。
(なんだよ、予定があった方が良かったのか?)
細い目が訝しげに拓海を捉えるが、何か考えているのか文太の視線に気付かないようだ。溜め息を繰り返し、いつまでも要点を言おうとしない息子に、さすがの文太も苛立ちを押さえられない。
「で、だから何なんだよ」
「うー・・・」
不機嫌さを増した声にようやく拓海は口を開いた。
「あのさ・・・金曜日、涼介さんが来るんだけど」
(そういうことか・・・)
やれやれ、それじゃあ言い辛いわけだ・・・ 文太は思いっきり溜め息を吐いた。
「・・・なるほど、オレは邪魔だっていうわけか。じゃあなんだ、気ぃ利かしてどっか飲みに行けって言うのか?それともパチンコか?そういや駅前のパチンコ屋が新装開店したっけなぁ・・・ま、お前が軍資金出してくれるっつーなら考えてやってもいいけどよ」
一息に捲し立てる嫌味たっぷりな父親に、拓海は口を尖らせて怒鳴った。
「そんなんじゃねぇよ!」
「じゃ、何だよ。違うんだったらさっさと言え」
胸ポケットからタバコを取り出し、慣れた手つきで1本くわえる。続けて火を点けようとしたが。
「一緒に夕飯食べようって、涼介さんが」
「!」
親指に力が入らない。100円ライターは虚しく音を立てただけだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・(今、何て言いやがった?)」
「オヤジ?」
大きな目をパチパチさせて、拓海が顔を覗き込んでくる。文太は動揺を隠そうと、再びライターを点けた。
タバコの先に煙が昇る。一度思い切り吸い上げて、盛大に紫煙を吐き出した。
「・・・三人でか?」
「・・・うん」
文太の頭の中に、偉く整った涼介の顔が思い浮かんだ。顔と比例して頭の中の構造も完璧そうな息子の恋人(おそらく)が、ただ飯を食べに来るだけとは限らない。何か目的があるはずだ。
(なにを企んでんだ?)
今までだって家に上がったことすらないのに、いきなり夕飯を一緒に食べようだなんて。まさか『息子さんをください』と頭を下げに来るつもりなのだろうか。
文太の額にうっすらと冷や汗が浮かぶ。
「・・・するってーと、どこか料亭とか・・・か?」
「違う! こ・こ・で・メシ喰うの!」
「なんだ。こんな狭ぇトコでメシか。奇特な兄ちゃんだな」
なんで料亭なんだ!? とブツブツ言う拓海を横目に、タバコを吹かす。
(いきなりそりゃぁねぇか・・・)
付き合ってることすらいまだ報告がないのだ。いくら涼介でもそこまで突飛な行動はしないだろう。
タバコの助けもあってどうにか頭の中が落ち着いてきた。このまま店に戻りたいけれど、拓海の申し出はまだ片付いていない。いつまでも無駄話しているわけにもいかないので、文太は先を促すことにした。
「オレが嫌だって言えば、その話は無効になるのか?」
はっきり言ってこんな面倒なことはゴメンだ。拓海の恋人が女ならともかく、何が悲しくて男三人で皿をつつかなきゃいけないのか。気まずいことこの上ない。
三人で囲む食卓の風景が、文太の思考の中に寒々しく浮かんだ。
(笑えねぇ・・・・・・)
顔に『イヤだ』と出てしまったのだろうか。
「嫌ならいいんだ。じゃあオレ、部屋に戻るから」
と、これまでの態度とは裏腹に、拓海はあっさりと会話を切り上げてしまった。
どうやら拓海は涼介の提案には反対らしい。この話が実現したら、文太と涼介の仲介人的立場になるのだから当然だろう。
(面白れぇじゃねぇか)
この瞬間、拓海が嫌がるのなら受けて立ってやろうと、天の邪鬼な文太は決意した。
「オレは全然構わねぇぞ。ただし、準備とかはそっちでしろよ」
灰皿にタバコを押し付け、威厳を漂わせて、返事も待たずに店に消えていく。
「うそ・・・オヤジがオッケーするなんて思わなかった・・・」
残された居間で、拓海は絶望的な声を上げた。
つづく
続きます。が、長い話ではありません。
2004.10.06
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