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オヤジの憂鬱
「まだ帰ってこねぇ」
文太はくわえタバコをしながら、秋の気配が漂う夜風に当たっていた。
余裕があるときは心地良く感じる鈴虫の音色も、待ち惚けをくらっている今はただうるさく感じるだけだ。
ここ最近、拓海の帰りが遅い。
チラリ と店の中の時計に目をやる。豆腐の配達時間まで少しの猶予は残っているが、落ち着かない。
今日はプロジェクトDとかいう県外遠征チームの活動は無いはずだ。ハチロクで出掛けられてしまっている以上、拓海が帰ってこないと配達には行けない。
(あの兄ちゃんが分かってねぇはずないんだがな)
拓海の帰りが遅い理由は『なんとなく』分かっている。年頃の息子が一人前に恋をしているらしいことも、温かい目で見守っているつもりだ。
けれど、拓海から報告されない以上は、頭ごなしに ああしろ、こうしろ と説教する気も更々ない。
文太は、息子が恋に落ちた相手を信用していた。
礼儀正しく、物事をわきまえた大人。高橋涼介には文句の付け所がない。イイ男を見つけてきたもんだと思っている。
(ウチの息子はまだ未成年なんだぜ・・・)
だからといってハタチを過ぎたら 夜更かし大歓迎 というものでもないが。
単純な息子は『配達だって夜中じゃねぇか!』だことの『無免許運転させてたくせに!』とキレかねない。
(そう言やバトルや配達は夜中だったっけな・・・ま、無免許も、兄ちゃんに巡り会えた今じゃ問題にはならねぇな。オレのおかげだ。文句は言わせねぇ)
文太は失笑した。夜の闇に白い煙が漂い、風に掻き消されていく。
何度目かの溜め息を吐いたとき、その音が聞こえた。やがて、眩しいヘッドライトと共に、家族に等しい愛車が文太の前に停車する。
(派手になったな・・・)
手塩に掛けて鍛えてきた愛車も、涼介と専属メカニックのおかげで一味違うマシンに変貌を遂げていた。拓海の腕は上がったし、こう見事にチューニングされれば悪い気はしない。
「遅せぇぞ、放蕩息子」
タバコを足で揉み消し運転席側に廻ると、そろそろと窓が開いた。茶色がかった頭がゆっくりと覗く。
「なんだよ、渋滞だったんだから仕方ねぇだろ」
「そんなの理由になるか」
悪びれない息子に一発、とりあえず殴っておく。
「グーで殴るなって言ってるだろ!バカオヤジ!」
「近所迷惑だ。ギャーギャー喚くな、バカ息子」
「・・・・・・」
口を尖らせて反抗的な目で睨まれても、痛くも痒くもない。
「心配しなくてもそれ以上バカにはなんねぇ」
「ったく、時間には間に合っただろ」
ブツブツ言いながら運転席から降りる拓海は、学生だった頃とは違う男らしさを漂わせていた。
母親がいない分大切に育ててきた息子が成長していく姿を見ているのは楽しい。教育方針を疑い悩む時期もあったが、今では上出来だったと自分を誉めることが出来る。
「なんだよ」
じろじろ眺めていると拓海が不満の声を上げた。
「またあの兄ちゃんとこに行ってたのか」
「え」
深い意味のない質問だったが、顔を上げた拓海の顔を見て、文太は一瞬固まる。
(なんてぇ顔しやがんだ・・・)
いつも無愛想な顔が、なんとも無防備であどけない表情に変わった。ここ数年見たことのない、何か隠し事がバレた時のような、子供らしい顔だった。ただ、両頬が赤く染まった点だけ違うけれど。
「行っちゃ悪いのかよ」
拓海の表情はすぐ元通りに、つっけんどんなものに変わってしまった。
文太は正直ホッとする。あんな顔をした拓海に、動揺しないで接する自信はない。
「悪くはねぇ。けど、もっと早く帰ってこい」
「・・・涼介さんにも言われた。帰れって」
俯いてポツリという拓海は、何か拗ねているようだ。
「そりゃそうだ」
文太は鼻で笑った。
どうせ思春期真っ盛りの息子のことだから『帰りたくねぇ』とかって駄々でもこねたのだろう。
(あの兄ちゃんも大変だな。子供相手によ・・・)
文太の推理は間違っていないはずだ。目の前の拓海は何事かを思い出して、ますます不機嫌な顔になっていく。
ガツッ
ハチロクに豆腐を詰め込もうとした文太の耳に、鈍い音が響いた。積み重ねた空のコンテナが崩れ落ちそうになっている。
その脇で、むっつりと拓海が立っている。
「こら、コンテナに八つ当たりするんじゃねぇ。そんなに元気があるなら運ぶの手伝え」
「ちぇっ」
「それとも新しいコンテナ買ってくれんのか?」
一睨みするとブツブツ言いながらも手際よく運び始める。
そんな息子の姿に、文太の細い目はますます細くなった。就職してから自主的に給料の一部を家に入れてくれるようになった。仕事で大変だろうに配達も続けてくれている。
ケチの付け所がない自慢の息子だと思う。お互い無口なせいもあって普段の会話は他の家庭より少ないだろう。けれど、親として見ているだけで微笑ましいと思うときもある。
(嫁に出すにはまだ早ぇ・・・)
拓海は男なので嫁に行くことはないのだが、文太は少し寂しい気がした。
END
親心子不知。
拓海みたいな息子だったら結婚させたくないな。涼介に嫁に来てもらうべきですね。
エプロン似合わない嫁だけど・・・笑。
2004.09.09
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