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息子の観察





まだ空が暗い時刻、文太はハチロクに豆腐を積んでいた。配達時刻ギリギリまで起きてこない息子は社会人になったばかりだ。少しは大人になったような気もするが、単に学生服を着なくなったからそう思うのかもしれない。
(まだ寝てやがるな・・・)
文太は二階の窓を見上げ、タバコに火を点けた。
最近気になることがある。
無愛想で頑固で要領は悪いし、おまけに無趣味で暇さえあれば寝てばかりいる。そんな息子の最近の変化・・・おかしな行動を思い出すと文太は固まってしまう。
ぼんやりして寝てばかりいるのは変わらない。
テレビを眺めているのに時々顔を赤くしたり(しかも画面は大相撲中継だ)
電話を見ては落ち着かなかったり、いざ電話が鳴ると大袈裟なくらい驚いたり
部屋を度々掃除するようになったし(だからといって客は来ないが)
あれほど嫌がっていた洗濯もマメにこなしている。
おまけに安いTシャツとジーンズばかりだったタンスの中に、物の良さそうなメーカーものが増えた。
(・・・さてはあいつ、一人前に恋でもしたか・・・)
拓海はたった一人の大事な息子だ。
男だけれど、親として可愛いと思う。
いつかは女の子でも連れて帰って来るんだろうと思っていたけれど、どうにも文太には引っかかる点が多々あるのだった。



「おい拓海!電話だぞ」
二階に向かって声をかけると、部屋から顔を覗かせた。もう昼近いというのに、頭の寝癖と比例して声も相変わらず眠そうだ。
「誰だよ?」
「高橋って・・・アニキの方だ」
以前店の前に白のFCと黄色のFDを乗り付けたあの金持ちの兄弟は、どうやら拓海がバトルで勝った相手らしい。兄は大層な男前、弟の方は見かけがいかにも最近の若者って感じだが、二人とも礼儀正しかった。気取らない彼らを文太は気に入っている。
特に兄の方はハチロクのことを熟知していて侮れない。
プロジェクトDのリーダーとしてチームを引っ張っているだけのことはある。ハチロクに専用のメカニックを付けて、拓海の教育までしてくれている。
本人はまだ学生らしいが、一応信頼して息子を預けているのだが。
「オヤジは店にでも行ってろよ」
勢いよく階段を駆け下りてきた拓海は、文太を押し退けて受話器を手にした。
「もしもし・・・。あ、涼介さん・・・」
さっきの眠そうな掠れ声はどこに行ったのか。こそこそと話す拓海の声はまるで恋する乙女のように恥じらったものだ。
(・・・恋する乙女ねぇ・・・聞いてるこっちがこっ恥ずかしいぜ・・・)
父親として会話の内容は気になるが、盗み聞きする趣味はない。
「まったく・・・」
(オレが邪魔者みてぇじゃねぇかよ)
文太は渋々居間から出ていく。年頃の子供を持った親は誰もがこんなふうに感じるのだろうか。
「聞かれたくない電話なら5分以内に終わりにしろよ」
サンダルを履きながら拓海の背中に声をかけるが返事はない。水戸黄門の再放送が始まったら意地でも電話を切ってやろうと文太は思うのだった。



水戸黄門もいよいよクライマックスといったとき、外からアイドリング音が聞こえた。独特の重低音はおそらくFCのものだろう。
それから間もなく拓海が二階から慌ただしく降りてきた。
「オヤジ、ちょっと出かけてくる」
どこで買ってきたのか、淡い緑のギンガムチェックのシャツを着ている。
(・・・馬子にも衣装だな・・・)
文太はそう思いつつも、母親の面影を残す息子が自慢でならない。
そんなことは口にも出せず、背中を向けたまま言葉をかける。
「配達の時間には帰って来いよ」
「わかってるよ」
拓海は電話の時とは全く違う投げやりな口調で答えると、外に飛び出していった。
予想はハズレではないだろう。
(・・・やれやれ・・・まさかあの兄ちゃんが相手とはなぁ・・・)
ドライビングテクニックも敵なし、おまけに医者の卵だというあの男は見てくれも中身も、ケチの付け所がなさそうだ。さぞかしモテることだろう。拓海が兄に惚れる気持ちは分からなくもない。
が、拓海は男なのだ。恋と憧れを間違えてる可能性もある。
どちらにしろ息子の恋愛に口出すつもりは毛頭ない。けれど、父親として、孫の顔を見れなくなるのは寂しい。
(・・・ま、先はわからねぇし・・・)
母親がいない分拓海には寂しい思いをさせてきた。その分を埋めてくれる適任者に巡り会ってくれればそれでいい。文太は心底そう願っている。
(・・・オレもそろそろ息子離れしねぇと・・・)
文太は一人、唇を僅かに歪ませて笑う。
「あ、終わっちまったじゃねえかよ」
気付けばテレビからは水戸黄門のエンディングが流れていた。



                                                     END







サイト開設1周年記念、親父さんの部屋1作目SSです。
恋する息子を温かい目(細いけど)で見守る文太がテーマでした。



2004.08.09                              back